二対の汚物鳥
火山を登り始めてしばらく経ち、ようやく中腹辺りについたであろう頃に、アルは指を差した。鳥の巣のようなものがある。草木で作られたその巣には、すみにガラクタのようなものが色々と置かれていた。
「あれだ!あれだよ!あの中にあるんだ!」
「あれは……ハーピィの巣じゃないか!聞いていないぞ!そんな危険な場所に行くことなんて!」
「し、仕方ないじゃないか……でも頼むよ!あれがあれば……英雄は復活するんだ!なぁお兄ちゃん……あんた強いんだろ?見てたよ街での異郷者との戦い……お兄ちゃんならきっとハーピィたちに勝てるよ!」
ハーピィとは本来集団で活動するもの。幽斎の……ゆうゆうのコンサートを襲撃した個体はあくまで特例。ましてや此度はハーピィの巣である。住処を荒らされたハーピィは怒り狂い襲ってくるのは自明の理であることは明らかなのだ!
「あの時はイアソンと二人がかりでどうにかなったが……ふむ、此度はそれが複数体か。」
イアソン。ハーピィが作り出す風の防壁のほんの僅かな隙を狙い討つ槍の達人。いや、あの後の剣技の冴え渡りからして、ブシドーのように全ての武具に通じているのかもしれない。ともかく、彼のような異郷者とともに戦ったからこそ楽に勝てた相手であることは宗十郎は分かりきっていた。
ブシドーが臆することはない。しかし未知の相手。宗十郎はこの世界に来る前のことを思い出していた。自分は殿もマトモに務められなかった半端者。死は怖くない。怖いのは責務を全うできないこと。もしも……もしも自分が不慮の事故でハーピィ撃退に失敗し、ここにいる皆に危害を及んでしまったら……。
「何を余計なことを考えているシュウ。案ずることはないだろう、お主は一人ではない。」
肩にそっと手をあてられる。師匠の温かな手であった。
「師匠……どうか力を貸してもらえませぬか。」
「今更、何を云うかバカ弟子め。水臭い話をするのはよせ。」
不覚であった。傲慢であった。拙者は一人で戦う必要などなかったのだ。今は師匠がいる。カーチェもリンデも戦闘能力は未知数ではあるが、並の兵よりは力になると見ている。少年を護るのはあの二人で十分なのだ。ならば……自分はハーピィに全力を尽くすのみ。師匠とともに倒すのだと。宗十郎は黙って頷きサムライブレードを抜刀したのだ!
そして幽斎は心の中でガッツポーズを決めた!今のは愛弟子ポイントをかなり稼げたと自負している!此度、今まで大きく失った愛弟子から自分への好感度を一気に挽回したどころかプラスにまで向けられたと自負しているのだ!思わずニヤケ面になる!
「強敵を前に笑いますか師匠。流石です。そうでありますな……そのくらいの余裕を持ってこそ、戦場で生きるブシドーというもの!」
思わず出てしまった笑みも宗十郎は好意的解釈をしてくれる。確信した!今の宗十郎は自分に対してかつてと同じように敬愛の目で見ているということに!
「カーチェ!リンデ!万が一の時はアルのことは頼んだ!」
ハーピィの巣へと宗十郎と幽斎は駆け込む!何事もなく操舵輪を手に入れることができれば問題はなかったのだが、やはりそうはいかないのだ!巣に入った瞬間、まるでセンサーでもあったかのように、怪鳥の叫び声が聞こえた!二匹のハーピィが上空から怒り狂った様子で飛んできたのだ!
「やはり来たか!我こそは千刃宗十郎!貴様に恨みはないが、人を害する獣だというのならば、その命頂戴致す!」
「同じく我が名は……ほそ……ほそ……ユウって呼んでね☆こんよろ☆」
「師匠!?ぐほぉっ!!?」
豹変した師匠の振る舞いに困惑した宗十郎はハーピィの鉤爪の一撃をモロに喰らう!それだけではない!掴まれた上に遥か上空へと連れ去られてしまったのだ!悲しきはアイドルの性!名前を名乗れと言われたら、自己紹介を営業スマイルとポーズでアピールすることが身に染み付いているのだ!
「あぁ!シュウ!……あんだけ離れてたら……聞こえないよね……?……うん、よし。ハーピィ!よくもあたしの愛弟子とコンサートを滅茶苦茶にしてくれたじゃん!マジで許さないし!」
幽斎は身構える!ブシドーを練りもう一匹のハーピィと相対するのだ!武器は持たぬ、素手である!だが一流のブシドーならばサムライブレードなくとも、一定以上の戦闘能力を発揮できるのは明白!例えそれが異世界の怪物であろうと、眼前の敵を叩きのめすのには、造作もないことである!
展開されるは暴風の障壁!あらゆるものを寄せ付けないその嵐は、更にハーピィの吐き出す炎のブレスにより炎の渦となって寄せ付けない!だが此度のハーピィは巣を守るために戦うため、それを攻撃へと転じさせるのだ!即ち!炎の暴風が幽斎に叩き込まれる!
しかし既にご存知のとおり、幽斎もまた宗十郎と同じくブシドー、かつては共にサウナ温泉を巡った関係でもあるが故に、この程度の炎の渦などものともしないのだ!
莫大な熱波をものともしない、だが暴風により近づくことができない!宗十郎が戦った時に直面した問題である!あの時、宗十郎は風という概念そのものをブシドーエンチャントしたサムライブレードにより断ち切ったが、幽斎にはサムライブレードがない!手刀で概念を断ち切るには流石に限界があるのだ!
故に……幽斎は別の攻略法を編み出すのだ!迫りくる暴風、それはエネルギーの濁流に過ぎない。であるならば、そのエネルギーにブシドーを込めることで、そのエネルギーそのものを掴み取ることができるのだ!そう、先程火の妖精を掴んだ時と同じ要領である。
「この程度の風で、どうにかできると!」
そのまま風という概念そのものを掴みとり、その発生源となるハーピィを掴み取る。気づいた時には既に遅かった。ハーピィは既に、幽斎の手に間接的に掴まれているのだ!宙に投げ飛ばされ、そして地面へと叩きつけられる!ブシドーのテクニカルタクティクスの一つ、ジュードーの極意、空気投げである!ブシドーといえど、この極地に至ったものは数える程しかいない!
吐瀉物を撒き散らし苦悶の叫び声をあげるハーピィ!数Gとも言える力に加え、ブシドーの力を直接流し込まれたのだ、当然である!そして、その隙を見逃すほど幽斎は甘くないのだ!
「早いところ倒してシュウの助太刀をして、愛弟子ポイント稼ぐんだから……!」
正直な話、幽斎は焦っていた。今遥か上空、宗十郎が不覚をとりもう一匹のハーピィとともにいるのは紛れもなく、自分のせいだからだ!今、宗十郎が自分に対してどう思っているのか、考えるだけで背筋が凍る!故に!汚名返上の機会を得るためにも今は目の前の敵を瞬殺するべきと考えた!
───その焦りが、後の致命傷となるとは思いもよらず。
ハーピィとは……かつては高尚な生き物として神格化されていたが、いつしか人々に疎まれ、追いやられていった。その理由の一つとして……人間とは決して相容れぬ習性がある。通称「汚物鳥」「吐瀉物の擬鳥化」「飛ぶ公害」「くさい」などと散々な言われをされているのは伊達ではない。
そして此度のハーピィもまた同様である。トドメを刺そうと接近する幽斎に向けて首を向ける。何かが来る……幽斎は最大限の防御をした。多少の攻撃であればブシドーにより無力化できる。その推察は間違っていない。ある一点を除いて。
ハーピィはその口を開く!巨大な人の口!そして放たれたのだ!火炎!?否!違うのだ!放たれたのは吐瀉物!あり得ない量の吐瀉物である!まるで津波のように吐瀉物が流れ込み、幽斎に浴びせられる!無論ただの吐瀉物ではない!ハーピィの消化液が混ざったそれは、触れたものを溶かし、腐食させる、致命的な攻撃!
だがそこはブシドーの達人、幽斎!肉体はおろか服すら多少、溶けた程度で無傷!天晴である!しかし……。
「な、なにこれ!?く、臭い!!ふ、ふざけんなよこのクソ鳥!!こんなの……こんなの……シュウはおろか人前ですら出られないじゃん!!」
いくらブシドーでも匂いまでは無効化できないのだ!毒ガスの類であれば体内に取り込んでもブシドーを活性化させ燃えたぎる血液が生命力を活性化させ浄化させることができる!だが!匂いまでは!不可能なのだ!!
激怒した幽斎はそのまま怒りに任せハーピィに鉄拳!そしてそこからブシドーを叩き込む!流れ込んだブシドーはハーピィの全身を駆け巡り爆散!木っ端微塵となりハーピィは息絶えたのだ!
吐瀉物はハーピィの最後の悪あがき!断末魔にも似た一撃だったのだ!しかし、それは痛恨の一撃であり、確かにダメージを与えたのだ!主に精神的に!!
それとほぼ同時期、上空で斬撃音が聞こえた。宗十郎がブシドーによりサムライブレードを展開して断ち切ったのだ!まさに一刀両断!哀れハーピィの死体はバラバラとなりて地上に降り注ぐ!それを足場に宗十郎は落下位置を制御してハーピィの巣に降り戻ったのだ!
「手間をかけたが一対一ならば一度は見た相手!倒せぬ道理は……うっ。」
汚物まみれとなったハーピィの巣で流石に宗十郎は顔をしかめる。その中央に同じく汚物にまみれた幽斎がいた!思わず目をそらし、操舵輪を探し出したのだ!
「えっ!?ちょっ……。」
ショックを隠しきれなかった。シュウが、あの愛弟子が……目をそらしたのだ。完全に愛弟子ポイントがマイナスに振り切れている。幽斎は確信した。やはり先程の名乗り口上はまずかったのだろうか……落ち込みながらもガラクタを漁る。
「見つけたぞ!これが操舵輪!間違いないかアルよ!」
しばらくするとガラクタの中から宗十郎は見つけ出したのだ。アルは遠くで叫ぶ。それで間違いないと。
「お兄ちゃんありがとう!やっぱり凄く強いんだね!」
アルは目を輝かせて宗十郎に御礼の言葉を伝えた。
「あ、あの……アルくん?あたしは……?」
幽斎がアルに近づこうとすると避けられる。そう、未だに幽斎には悪臭がこびりついていて近寄りがたいのだ!しかしそれに幽斎は気づかず、涙目となる!
「アル!貴様、師匠にも礼を言わないか、無礼であるぞ!!それが命をかけて大切なものを取り返したものに対する態度であるか!!」
「シュ、シュウ……。」
激怒し叱責する宗十郎。それを受けてアルは幽斎に対して同じく礼を言う。
宗十郎のそんな姿を見て幽斎はやはり勘違いだったのだと確信し直した。師弟の絆は……そう簡単には失われない!感極まり思わず抱擁しようと両手を広げつかもうとするが躱された。
「な、なんでぇ……?」
突然の愛弟子の裏切りに幽斎は涙声となった!最早その姿にブシドーの威厳は微塵もない!
咳払いをして宗十郎は答える。
「し、師匠……その……まずハーピィの吐瀉物でしょうか?その影響でとてつもない、根の国の底をひっくり返したような悪臭が漂っております。沐浴で穢れを落としましょう。それとお召し物も一部溶けている様子。着替えの必要がございます。」
そう!ハーピィの一撃は予想以上に深刻なダメージを与えていたのだ!その悪臭凄まじく、例え宗十郎といえど近寄りがたいのだ!というよりも、すぐ隣に宗十郎がいるのがまだマシな方で、カーチェもリンデもアルも、とてつもない距離をとり更にその上で鼻を覆っている!それくらいの悪臭なのだ!
「ここは火山地帯です。ゴブリンのつてですが、無人の温泉施設がありますのでそちらを利用しましょう。」
鼻を抑えてリンデはそう伝えた。温泉ならば十分すぎる。
「えー温泉?僕苦手なんだけど、臭いし暑いし……。」
「簡易的な施設なので休憩室もあります。アルさんは入りたくないのであればそちらでお待ちしていれば良いですよ。」
こうして一同はリンデに案内され温泉へと向かうのだった。





