嵐纏う大怪鳥と金色の異郷者
コンサート当日。カーチェは仕方なしに興味のないアイドルコンサートに付き合っていた。当然のように宗十郎にはリンデが随伴している。宗十郎はこの世界の常識に対して無知。いわば赤子のような存在。リンデの狡猾な企てを阻止しなくてはならないと使命感に燃えているのだった。
「しかし凄い人の数だ……まるで戦場だ。この大群に飛び込み縦横無尽に戦ったものよ。」
時間通りに来たというのに、既に席は埋め尽くされており人で溢れかえっており、ゆうゆうの人気の高さが伺える。
ようやく席についたものの、そこは最後列。人混みでステージすら見えなかった。
「ううむ……これでは舞が見れぬな。」
「宗十郎、もう少し詰めてもらえないでしょうか。人混みで狭くて……。」
リンデはここぞとばかりに人混みに便乗し宗十郎に対して、ボディタッチをするがブシドーである宗十郎はリンデの行為に敵意のないことは既に分かりきっているため、なすがままに距離をつめる。
「おい、距離を詰めすぎだろリンデ。」
「不可抗力です。これだけ人がいるのですから、うっかり触れてしまってもそれは事故では？」
「宗十郎！私と席を替われ！」
時は既に遅く、席を替えるほどの余裕はない。すし詰め状態だ！後悔先に立たず、そんなやりとりをしているとゆうゆうの声がした！コンサートが始まったのだ！
ゆうゆうの歌声は会場に響き渡る。ファンは合いの手を入れて、その盛り上がり、ボルテージは最高に高まっていた。
宗十郎はアイドルソングなどまるで理解はできない。だがこれだけは分かる。舞踊でこれだけの人々の士気を高め熱狂させる。ゆうゆうなる者はとてもない達人であるということに！もしも武芸者であるのならば……是非とも手合わせ願いたいと心底思ったのだ！
コンサートは終わりを迎えようとしていた。会場はその終わりを惜しむ雰囲気だった。
事件はその時、起きた。上空より何かが飛来してくる。巨大な怪鳥のようだった。いや違う。怪鳥の身体だがその顔は女性の人面だった。一目で分かるその異様な容貌、通常の動物ではない。
「は、ハーピィだぁぁ！！」
前方のファンが叫ぶ。怪鳥ハーピィ。魔獣である。その特徴は数十メートルの巨大な肉体で自由に空を飛び、その巨大な鉤爪で人を捕らえ喰らう人食いの魔獣！風を操り暴風かまいたちを巻き起こして、荒らし回る旋風である！またその口からは炎を吹き出し、暴風を巻き込む炎の渦となるまさに怪物！だが最も変わった特徴は……。
歌声がした。ハーピィが歌っているのだ。ハーピィはとても嫉妬深いことでも有名である。自分以外の存在が、歌でこれだけの者を熱狂させていることに極めて妬ましく感じているのだ。
しかしハーピィの歌はただの歌に非ず。人々を狂わせ破滅させる精神破壊音波なのだ。
「皆の者、耳を閉じろ！ハーピィが歌っている！発狂するぞ！」
カーチェは即座に事態の異常性に気が付き叫んだ。だが既に遅い。厄介なのはハーピィの歌には催眠作用もあるということだ。一度聞いてしまえば最後。その歌を聞き続けたいと思ってしまうのだ。
宗十郎は迷わず飛び出た。跳躍しハーピィの元へと飛来する。ゆうゆうの姿はとうに無い！恐らくは避難したのだろう。そして見えるはハーピィなる怪鳥の全容！醜悪な外見であった。残飯と糞尿、吐瀉物で汚れた羽毛は生理的嫌悪感を思わせる。しかし！ブシドーの戦いにおいて、そのような策略は当然の如くよくあることなのだ。
「我が名は千刃宗十郎！ハーピィなる怪鳥よ！いざ参らん！！」
そのままサムライブレードを振り下ろす！一刀両断！と行きたいところだが、そうは許さなかった。急な暴風により宗十郎は吹き飛ばされ、狙いが逸れる。そう、ハーピィは風を自在に操るのだ！空中戦では極めて不利になること間違いない！
「矢避けのニンジュツのようなものか……なるほど中々小癪な手を使う！」
ならば空中戦は出来ぬ。この地に足をつけて倒すのだ。来たるは無慈悲なかまいたち！コンサート会場をズタズタに切り裂くそれは鋭利な刃物そのものであった。
それを宗十郎は斬る、斬る、斬る！風を斬ることなど容易いことだ。ブシドーであるならば概念ごと切り裂けるというもの。むしろ問題は、高く飛翔するハーピィにどう攻撃するかである。
宗十郎はタクティクスを思案する。その時だった！槍がハーピィに突き刺さる。風の防護壁を突き破ったのだ！
「どこの誰かは知らないが協力感謝する！俺の名はイアソン！ハーピィならば倒したこともある！」
宗十郎は驚嘆していた。イアソンの投擲した槍。あれはブシドーエンチャントをしているわけでもなく、バルムンクのような特殊な武装でもない普通の槍である。即ち、イアソンという男はただ純粋な己の技量だけでハーピィの風の防護壁を打ち破ったのだ。
「拙者の名は千刃宗十郎！イアソンどの！さぞや名のある武芸者と見た！拙者がこの怪鳥の囮となろう！！」
故に宗十郎は即座に判断。此の場をもっとも早く納めるのは、イアソンの力を借りるのがベストであると。ブシドーは戦闘狂ではない。ブシドーとは戦闘の達人なのだ！
投げ槍により傷つけられたハーピィは当然の如く怒り狂った。目の前の戦士二人には自分の歌が通じない！マトモに聴いてくれないのだ！当然激怒するのは歌い手として当然のことである！であるならば実力行使！まずはその四肢をもいで必ず歌を聞いてもらうのだ。
まずもっての狙いは近くでちょこまかと動く男。そう、宗十郎である！ハーピィは風を展開する。周囲に風が巻き起こり大気は舞い上がる！
「退け宗十郎！ハーピィお得意の戦法だ！！」
イアソンは叫んだ！何度も見ているその戦い方！そう炎の渦である！風を操り暴風を展開し、その風に口から吐き出すは炎の吐息！その化学反応により、暴風は炎を纏った嵐となりて周囲を焼き尽くす！辺り一帯は焼け野原なのだ！その中心温度はゆうに数百度は超えて鉄をドロドロに溶ける灼熱地獄である！
「温い！この程度の熱など、ファフニールに比べれば冷水もいいところよ！」
だが忘れてはならない！ブシドーの国では温泉サウナが日常文化なのだ！炎の渦など子供でも耐えられる児戯にも等しいそよ風！ファフニールの放った超高温ブレスと比べればまさに石の上にも三年なのだ！
宗十郎はサムライブレードにブシドーを込める。放つ技は風を切り裂く剣！その名も風車である！切り裂くは吹き荒れる風そのもの。正一文字に構えを取った宗十郎は、そのブシドーを解き放つかのごとく、サムライブレードを振り払った！蓄積されたブシドーが螺旋状に回転し、サムライブレードの刃を展開！風だけではなくその一閃は炎も切り裂き、完全なる無風状態を作り上げる！風がなくなったということは……ハーピィもまた地面に堕ちるのだ！
「今こそ好機！イアソンどの！追撃の時である！」
炎の渦を耐えるだけではなく、その渦を斬るなどという異次元の技。イアソンは驚嘆していた。恐るべきは宗十郎という男、まるで神気を感じさせない。人の力のみで到達したその力、敬意を払うに相当する芸当である。
本来であれば、何本か投げ槍を放ち弱った所でトドメを刺す手筈だった。だが不要。宗十郎の作り出した絶好の好機。これを活かさないのは男とは呼べない。
腰に携えた剣を引き抜くには十分な時間があった。完全無防備状態のハーピィに対して刃を向ける。イアソンは剣士ではない！だがその実力は、そこらの剣士を遥かに凌駕する。得意の風を打ち破られ、隙だらけになっているハーピィを両断するなど、造作もないことだった。
首を撥ねられたハーピィの動きは止まる。巨大な音を立てて倒れたのだ。見事なワザマエである！
「お見事！イアソンどの！天晴である！素晴らしい太刀筋であった！」
「宗十郎こそ素晴らしい剣技だった。ヘラクレスが見たら、きっと興奮気味に教えを乞うていただろう。」
会場の者たちは正気に戻る。幸い犠牲者はいない。迅速な対応が功を奏すのだ。
