エピローグ(前編)
オルヴェリンと亜人連合軍の戦いからしばらくが経った。
今、テープカットが行われ拍手が巻き起こる。永久発電装置の竣工式であった。
街に突如出現した謎の塔。ノイマンはそれを軌道エレベータと呼んだ。最上部は崩れたが、その塔は健在。
ノイマン曰く理論上あり得ない奇跡の上で成り立っていると興奮気味に語っていた。更に彼が興奮するもう一つの理由が、そんな大規模建造物ならば、オルヴェリンの人々を養ってなをもあり余るエネルギーを獲得できる装置が作れるというのだ。そして今、それが完成したというわけだ。
「久々の大仕事であったが……いやいや素晴らしい仕事だった!人類の夢!理論上無限のエネルギー!おまけにクリーン!五代表どの。貴方の残した遺産はこれから多くの人々を助けますぞ。」
式の参加者に対して如何に素晴らしい発明か意気揚々とノイマンは語る。
変わった日常といえばその多くの人々には亜人たちも含まれること。式には亜人たちも混ざって拍手をし、発電装置を興味深そうに見ている。
「本当に一段落ついてよかったです……それでそのノイマンさん。これを受け取ってくれますか?」
アリスはノイマンに封筒を手渡す。中に入っていたのは辞表だった。
「これは……。」
「やっぱり私にはこの仕事、向いてないと思うんです。最初は嬉しかったけど……今は晴れ晴れとした気分です。自分が本当に好きなのは何かわかった気がして。」
ただ憧れだけで中央庁に務めていたが、今回の件で自分には合わないと痛感した。自分のような地味な女は、田舎で農業の手伝いをして……適当な男の人とくっついて平凡な家庭を築くのが正解なのだ。
「そうか……君がそこまでの覚悟だったとは……知らなかった。本当に申し訳ない。」
意外だった。ノイマンは真面目な顔で、アリスに目を合わせて深々と頭を下げて謝罪した。
「か、顔を上げてくださいノイマンさん。あ、あのこれ私の住所です。田舎ですけど来れない場所ではないと思うので……たまには来てくれたら歓迎しますよ……。」
「おお、これは懐かしい。昔、肥料研究でよく行ったところか。ここの出身だったのか。空気と水が綺麗で、大地は豊かだった。良い場所だよ。」
「はい!覚えてくれてたんですね!昔は何もない田舎で嫌でしたけど、今は何ていうか……そういうのも良いかなって想います。」
「そうだな!それでいつ行こうか!?おーい皆!聞いてくれ!!アリスくんの覚悟を聞いたぞ!!」
ん?また何か変な話になってきているような気がする。
ノイマンの掛け声に人々が集まる。彼の研究チームだ。嬉しそうに語るノイマンに多くの人々はこちらを見る。朗らかな笑顔や、見定めるような表情……あと一人には何故か睨まれている。
「というわけで、改めて紹介しよう諸君!今日づけでオルヴェリン中央庁職員を辞任し、我々開発局に就職することになったアリスくんだ!なに私の助手として存分に働いてくれた!実績は他ならぬ私が保証するぞ!」
パチパチパチ。拍手。そして開発チームの人たちが和やかにアリスを取り囲み自己紹介を始める。
睨んできた女性はエミリーというらしく、何かやたらとこちらに対抗意識を見せていた。
「あ、あのあの……。」
「ちなみに彼女の出身は私が関与した農場でもあってだな!美味いものがたくさん採れるぞ!歓迎会の場所は決まったな!ああ、心配するなよアリスくん。ちゃんと食事代は払うつもりさ。だがとびきりのものを用意してもらいたいな!」
「いや、違くて私は助手も……。」
否定しようとしたところにエミリーが割り込んでくる。
「どういういきさつでノイマンの助手になったのか知らないけども、必ずその立ち位置は私が奪い取るわ。それまでせいぜい無様な真似はしないことねアリス!!」
真剣な表情でエミリーにそう宣言された。下手に辞めますなんて言ったら殺されそうな剣幕だった。
「う、うぅ……よろしくおねがいします……精進します……。」
周りの空気に断るにも断りきれず、そのまま再就職が決定したのだった。
「開発局は大盛り上がりだな。無理もない。」
「そういうお前も、エネルギー問題が解決したのだから肩の荷が下りたんじゃないのか?イアソン政務官どの?」
「堅苦しい言い方はよしてくれ。しかしあなたが騎士をやめるなんて意外だったよカーチェさん。」
イアソンは宣言どおり、五代表を失ったオルヴェリンに代わり政治に携わるようになった。人と亜人が交流するようになって毎日のように起きる混乱。彼が休まる時はほぼ無いと言っても良い。
「やめたと言ってもすることは変わりないさ。私のような旧体制の人間がいたら新体制には問題も大きいだろう。これからはフリーで人々の悩みを解決することにするさ。」
カーチェは今もギルドで依頼を受けて人々の為に働いている。そこには人と亜人の差もなかった。
式には亜人の代表であるリンデも参加していた。彼女とは後で合流する予定である。
イアソンもまた忙しいようで、カーチェと軽く話をし終えたあとは、ノイマンを取り囲んでいた各界のお偉方と話を始めた。
こうして式が終わり、カーチェとリンデの二人は約束の場所に向かう。
「しかしジークフリートさんや魔王さんは引き留めなくて良かったんですか?」
平和になったオルヴェリンの街を歩きながらリンデはそう尋ねた。
「あの二人が入れば確かに市民の悩みをよりよく聞けるとは思うが、異郷者だからな……無理に引き留められないし、この世界のことはなるべくこの世界の人たちが解決するべきだ。」
そんな話をしながら、辿り着いた場所は宗十郎の家。厳密には与えられた家。鍵を使い中に入る。室内は静かで誰もいない。
「そんなに時間が経ってないのに……何というか凄く懐かしい気がしますね。」
「……そうだな。思えば宗十郎と出会ってから波乱の毎日だった。だからだろう、一日一日が新鮮で……決して忘れない、忘れるはずがない大切な思い出だ。」
あの村で、ゴブリンに襲われた村で突如遭遇した異郷者。それから流れるようにこの家を与えられて……それから色々なことがあった。異世界にもいったんだっけか。
ゴソゴソと室内を漁る。探しものは……見つかった。
長蛇の列であった。たくさんの人々が並んでいる。その先に見えるのは劇場。オルヴェリンが運営する劇場である。
カーチェらは、そんな大勢の人々に面食らいながらも、関係者専用入り口から劇場の中へと向かう。入り口では入念なボディチェックを受けた。何でもここ最近は過激なファンも増えてきたので念のためだという。……仮に"彼女"を襲っても返り討ちにあうだけではないかと思いながら。
そう此度の演目はアイドルである幽斎のコンサートである。事態が落ち着き、また彼女はアイドル活動を再開したのだ。
楽屋の扉を開ける。彼女らは頼まれた忘れ物を届けにきたのだ。
「あ、おつ~。ごめんね下働きみたいなことさせちゃって。皆、忙しくて信頼できる人があなた達くらいしかいないから……。」
幽斎はメイクを受けながら申し訳無さそうに答える。
「気にしないでくれユウさん。今でこそ立場がまるで違うが、かつてはともに旅をして、戦った仲。今も思い出すよ、短かったが何よりも濃密な、何ものにもかえられない、かけがえのない日々。」
「あれから随分と時間が経ったもんね……。」
三人は物思いにふける。少しの間の沈黙。気まずい空気が流れた。
コンコンとノック音がした。カーチェは返事をして扉を開ける。
「かたじけない、両手が塞がっている故……師匠、贈呈品はここに置いて置きます。」
「ぷっ……す、すまない宗十郎、しかしなんだその格好は。」
両手にたくさんのプレゼント。幽斎に送られたものだった。それを宗十郎は代わりに受け取り持ってきたのだ。その格好はスーツ姿。昔の姿からはまるで想像できない。
「む、に、似合わぬか?仕方ないであろう。まねぇじゃあというのをするには、どうもこの世界での仕事着でなくてはならないと聞いている。流石にブシドー装束では場違いというもの。郷に入れば郷に従うというやつだ。」
照れくさそうに、宗十郎は自分の衣装がおかしくないか見回す。なぜ彼がこのようなことをすることになったのか、それを説明するために時間は少し遡る───。





