恋仲
「これは拙者の我儘です。あのヤグドールとやらの力、対抗できるのも治癒できるのもブシドーのみ。そして今、ブシドーは我らしかいないのです。大将首を師に先んじて弟子が取るなど無礼千万は承知の上です。故に拙者がカーチェたちと共にフェアリーたちの相手をして、師匠は総大将の首を取りに向かう。確かに正論です。ですが!師匠ならば!今、街で苦しむ多くの人々を、拙者よりも多く救えるはずなのです!どうか……!どうか!」
そう!師弟が同じ戦場に出たのならば、当然名誉ある大将首は弟子ではなく師に譲るのが至極当然の摂理!だが此度は違う!宗十郎は今、自分の意思で!より多くの人を救うために初めて、ブシドーの摂理を反するのだ!
それは道徳的正論!深く頭を下げる宗十郎を見て幽斎は弟子の成長に心震わせながらも複雑な思いであった!
「ぐ……ぐぅぅ……ぐぅぅぅぅぅぅ……!わ、分かった……そうだな。儂はカーチェらと共に下に降りよう。」
苦渋の決断だった!今までの宗十郎の好感度から逆算して、ここで無理に同行してもおそらくは愛弟子ポイントは下がることはない……だが!ここで弟子の我儘を聞いてやったという大きな貸しを作ることと、何よりも将来、重大な局面で自分の意見を聞いてくれないのではないか……と宗十郎に思われてしまうのではないかということが幽斎にとっては大きかったのだ!繰り返し言おう、苦渋の決断なのだ!
「師匠……ありがとうございます!」
「う、うむ……精進せよ。」
頭をあげてパァっと笑顔を浮かべる愛弟子の姿を見て、それだけでも価値があると幽斎は感じた。
「それでノイマンとやら、お主にはついてきてもらうが構わぬな?」
「はっはっはっ!待っていましたぞ宗十郎さん!既に私たちの準備は万端!さぁ共に五代表に天才的引導を渡しましょうではないですか!!」
「え、え、ぇぇぇ!?私たちって……それ、それ……わ、わたしも含まれているんですかぁ?」
「ちょっと待って?」
ノイマンとアリスが宗十郎の呼びかけに応えた時、幽斎は遮るように透き通った声で間に入った。
「む?師匠何か?」
「いやいやいや……おかしいでしょ。え、誰こいつら?あ、いやそこのインテリナルシストは良いよ、でもその隣りにいる女も連れてくのはありえなくない?」
隣りにいる女とは当然アリスのこと。アリスの目に希望が灯る。この女性は初対面だが、この地獄みたいな出来事に巻き込まれそうなのを助けてくれそうだと!
「失礼ですなぁ!アリスくんは私の助手ですとも!言うならば貴方がたのサムライブレードのようなもの!必要不可欠ですとも!」
お前の助手になってからまだ一日も経ってないのに、そんな大層な存在みたいに言わないで欲しい。アリスはそう突っ込みかけたが引っ込めた!今は無言が吉だと彼女の防衛本能が訴えたのだ!
「ん?助手……つまりぃ……恋人みたいなもの?」
話が変な方向に向かった。ノイマンを見る。相変わらず表情が読めない。
「恋人……ですか。いや恋人と言っても色々あってなんとも。ご令嬢のいう恋人とはどういうものですか?」
「え!?そ、それはぁ……一緒に手を握ってお出かけしたりとか……美味しいもの食べたりとか……好きなものを共有したりとか……?」
ノイマンは幽斎に伝えられた恋人の定義を整理し、アリスとの僅かな思い出を手繰り寄せた。
① 手を握ってお出かけ
これについてはここに来るまで、アリスの手を引っ張りここまでやってきた。つまり①の条件は満たしている。丸。
② 美味しいものを食べる
科学者にとって美味しいものとは即ち未知との遭遇、そして発見。オルヴェリンの臨時オペレーターとしてだけではなく、対ヤグドール薬品の実験にも付き合ってくれた彼女と自分は確かに美味しいものを食べたと言える。丸。
③ 好きなものを共有
②と重複している。この上ない共有を果たしている。自分も彼女も学者の筈なので同じ好きなものを共有していると言えるだろう。丸。
「そうだな。恋人かもしれない。」
この間、僅か一秒。ノイマンの高速回転した思考回路が導き出した天才的回答だった。
「ふぅーん……確かに……ブシドーサーチしても全然嘘ついてない……本心じゃん……なら……いいか。そこの女は何か感情ぐちゃぐちゃで読めないけど、まぁ……彼氏がこれなら分からなくもないか。」
幽斎は納得した様子でノイマンたちから離れる。
「師匠……?恋仲とか今、関係あります?」
「それは……それはその!馬鹿者!その二人は恋仲で、ここまで共に来たのだ!恐らくはそれなりの兵なのだろうが……そういった特別な間柄なのだから、いざという時は気を利かせるのがブシドーであろうが!!」
「!!!……た、確かに!師匠の心遣い、まるで理解しておりませんでした!やはり師匠は素晴らしい御方です!!」
同行者が恋仲というのは知っておいて損な情報ではないので嘘は言っていない。幽斎はポイント獲得の手応えを確認した。
「では儂らは市民たちを助けに急ぎ向かう!シュウ!お主ならば大丈夫だろうが……油断はするなよ!!」
そう言って幽斎はカーチェとイアソンを抱えて、窓から飛び降りていった。ブシドーならば二人を抱えて高層ビルから飛び降りることなど簡単なのだ!
「さて……ノイマンとやら。拙者はこの建物に詳しくない。五代表の逃げ先、案内してもらうぞ。」
「勿論ですとも。この建物はそもそも私が設計したもの!この世界で誰よりも詳しいのです!!……アリスくん?早く行きますぞ。」
アリスは顔を真っ赤にして俯いている!当然のことだった!こんな緊急事態に突然愛の告白を受けたのだから頭の中は最早無茶苦茶である!だが……別にノイマンはアリスのことを助手と思っているだけで、正しい意味での恋人とは微塵も思っていない!
今の幽斎とのやり取りは……単に幽斎が異世界からの存在だと知っていたが故に、恋人の意味が違うのではないかと確認し、幽斎の答えに合わせた回答をしただけだ!
だが、そんなことはアリスは知るはずもなく、もじもじとしているアリスに業を煮やしたのかノイマンはここまで来た時と同じように手を掴む。
───手と手が重なる。お互いの体温を感じて、ドクンと心臓の音が高鳴る。世界が一瞬止まったかのように感じた。
勿論、アリスだけが一方的にである!
そんな心情を宗十郎とノイマン、妙に息の合った二人は完全に無視して、五代表の追跡を始めるのだった!





