優しい王様と穢された楽園
───この世界の地下深くにナニカが脈動している。気がついたのは遥か昔のことだった。
宗十郎はエムナから伝えられた、この世界の成り立ちと、真の敵。打倒すべき悪。
かつてこの世界では人々の命は平等だった。他の動物と変わりない。人も獣も平等に過ごした楽園があった。
だが例外があった。稀に生まれる存在。それらは希少種と呼ばれた。例えば馬から産まれた筈なのにその額には巨大な角が生えていたり、あるいは牛から産まれた筈なのに二足歩行で立ち上がり肉食性を示すものがいた。
もっともそういった者たちは寿命が短く自然淘汰されていく。その中には人間の希少種も当然存在する。
彼らは他と比べ外観に大差はないが脳が異常に発達していた。故にその寿命の短さを理解した上で、生存戦略を立ち回り、少しずつではあるが勢力を広げていく。
彼らは願った。死にたくないと。それは生物にとって当然の欲求。しかし寿命の短い彼らは他よりもその欲求が極めて高かったのだ。
そして彼らは一つの手段を導き出した。"悪魔"と呼ばれる存在をこの世界に喚び出すことである。悪魔との契約により、自分たちの寿命を延ばす。そんな夢物語を本気で信じ、そして性質の悪いことに、それを実現する知性があった。儀式の準備は整い、そのおぞましい儀式は完成した。異世界から、自分たちを救う救世主の降臨を信じて。
しかし、その儀式は失敗した。降臨したのは悪魔ではなかった。今はエムナと呼ばれる異郷者であった。そしてエムナは悪魔とは対極の存在、かつての世界で正義の代行者、人類の導き者として名を残した英雄であった。もっとも悪魔に近しい力を持ったエムナを見て、彼らはエムナを悪魔と誤認し称えたのだ。
エムナは自分が喚び出された理由をすぐに察し、そして彼らが邪悪な存在だと認識した。自分がここにいる理由は一つ。正しき世界のために彼らを皆殺しにすることだと確信したのだ。
だが、ことは単純ではなかった。彼らはエムナの敵ではないことは明白。問題は彼らを生み出した存在。即ち、"希少種"などという歪んだ存在を作り出しているものが、この世界に蠢いていることを知ったのだ。
それが他人事ならばエムナは無関心で貫いたのだが……その存在は実験をしていたのだ。この世界の生命体で、どれが一番自分の器に都合が良いかと。そしてそれは、"彼ら"……つまり希少種となった人類を見て決定づけられていた。
エムナはあらゆる人類を愛していた異郷者であった。それ故に、生前は全てを失うことになるが、決して恨み憎しみは抱いていない。彼の精神は人を超越し、通常の秤を越えていたのだ。人の負の側面も正の側面もひっくるめて、彼にとっては寵愛の対象なのだ。
故に許せなかった。例え異世界だろうと、人の生命を弄ぶ存在が。
故に決意した。この存在を討ち滅ぼすと。その名をヤグドール。無限の細胞生命体にして精神の支配者。外世界の怪存在である。
「■■■■さん!見てください、ついに出来上がりました!私たちの街です!」
気がつけば人々はエムナに付き従っていた。そして付き従う人々の数は膨れ上がり、一つの街が出来上がった。
「これからきっと、この街で多くの人々が産まれて育つんです。今までのように、恐ろしい怪物に怯える日もなく、ただ安寧な日々を……。そんなことすら知らない子どもたちが育っていくんです。みんな■■■■さんのおかげです。本当に、本当にありがとうございます。」
こうして生まれたのがオルヴェリン。人類最後の安息地。この世界に生まれた楽園。そしてその最初の王としてエムナは君臨した。
異郷者エムナは生前、王であったことから、その手腕は卓越したものであった。政治を知らない人々に政治を教え、道徳を教え、人が人であるらしさを、身につけさせた。
「王さま!見てください、今年は農作物が~」
「王さま、子供が産まれたんです。是非名付け親として~」
「王さま、この間は子供の遊び相手に付き合ってくれて~」
オルヴェリンの人々に笑顔が絶えることはなく。エムナは市民から、優しい王さまとして、慕われ続けた。
しばらくしてのことだった。
エムナの為政により安寧は続いた。だが……その安寧がいつまで続くか分からないと疑問を持つものがいたのだ。当然である。今の安寧はエムナあってのものであり、エムナがいなくなれば、また昔のように戻るからだ。一度得た安寧を失う恐怖は計り知れなかった。
そこで考えたのだ。エムナの力を奪ってしまえばいいのだと。自分たちのものにして、永遠のものにすれば、安寧はずっと続く。
他者の力を自分のものにするにはどうすれば良いか?簡単なことだった。その者の血肉を喰らえばいい。早く走りたいならば健脚の動物の血肉を、長寿を願うなら長寿の動物の血肉を。信じられない話だが、そんな迷信が、当時は当たり前のように信じられていた。
彼らは五人組で、意気投合した。彼らは皆、豪族で力のある者たちだったため、エムナには簡単に接近ができたのだ。そして迷いの欠片なく、エムナの食事に毒を混ぜた。
「王さま!王さま!ど、どうしたんですか!?」
食事を終えると、突然血を吹き出しエムナは倒れる。皆が混乱した。病に侵されていたのだろうと考えはしたものの、王さまの死はあっけないないもので、結局は王さまも同じ人間で、病には勝てないのだと人々は深く悲しんだのだ。
葬儀は丁重に行われ人々はエムナに対して黙祷を捧げる。そんな中、五人組はエムナの死体をすり替えて、誰もこない森の奥深くに陣取っていた。一人は周囲に人がこないよう見張っている。後で必ず分けると約束をして。
そして、エムナの死体をバラバラにして、その血肉を喰らい始めた。
それは、異様な光景だった。焚き火の前で、四人の男たちがバラバラ死体を無言で、嬉々として食べている。これでエムナの力を手に入ると、本気で盲信し、涎を垂らしながら、目は血走っていて、おおよそ正気のものとは思えない。
それが地獄の始まりにして全ての始まりだった。
当然ながらエムナの力は血肉を喰らっても手に入らない。食べても食べても一向に変化がない。気がつくと死体を全て平らげていた。見張り役の男は激怒したが、四人は力は手に入らなかった。きっと迷信だったのだと答え、見張りの男をなだめた。
だが彼らは言葉とは裏腹に信じ続けた。自分たちがエムナの力を手に入れられなかったのは、きっと器が悪いからだ。子を為して、育て上げれば、きっと第二のエムナが生まれると、そう盲信したのだ。
幸いなことにエムナの為政は自分がいなくともしばらくは持つように対策がいくつか施されていた。もっともそれは応急的なもの。人々はエムナの遺産に頼り切らず、自分たちの力で街を護ることを決意したのだ。
五人組は平然と自分の罪を隠し、嫁を探し後継者作りに励んだ。偶然なのか彼らの嫁は同時期に身籠り、安定期を迎えた。
そして出産。五人組のうち見張り役だった男は健康な男児が産まれ、大いに喜んだ。それを四人は祝福しながらも内心は、我が子はエムナの力を持っているのだから、あんなものではないと見下していた。
「ひ、ひぃぃぃ!ば、化け物!!な、なんなのこれ!!?」
───現実は違った。呪われた人生が始まるのだった。
産まれた子供たちは、自分たちとはまるで異なる外観的特徴を有していた。
エムナの脳を喰らったものは、耳が長くとんがり、肌の色が異様に白い赤子が産まれた。
エムナの胴体を喰らったものは、毛むくじゃらの身体に獣のような顔つきの赤子が産まれた。
エムナの腕を喰らったものは、まるで皺だらけの老人のような顔つきで髭の生えた赤子が産まれた。
エムナの脚を喰らったものは、背丈が異様に低く肌が緑色で耳と鼻がとんがった赤子が産まれた。
五人組は何かの間違いだと、多くの嫁をもらい子を為した。どれもどれも同じ特徴を持つ赤子だった。
エムナの血肉には確かに効果があったのだ。それはエムナの力を断片的に子孫に残す呪い。人の身に過ぎたその力は、人の肉体を変貌させなくては身につかないのだ。
豪族である彼らの跡取りは皆、奇妙な者ばかり産まれる。耐え切れなかった。血族の問題ではない。名誉の問題なのだ。自分の代で途絶えることが何よりも耐え難いものだった。そこで彼らは見張り役だった男に詰め寄る。
「お前の子供を俺たちの後継者として寄越せ。」
同じ豪族である見張り役の男の血ならば格も申し分ないと彼らは判断したのだ。何よりも見張り役の男もエムナ殺害の共犯である。故に渋々了承した。
産まれた多くのエムナの呪いを受けた子供たちは、森の奥深くに捨てられた。動物の餌になれば完全に隠蔽できると、彼らは侮っていたのだ。
彼らは諦めなかった。なんとかしてエムナの力を手に入れる。そこで着目したのが、エムナが極秘に話していたこの世界の地下深くに眠る存在、ヤグドールだった。彼らはあろうことか、ヤグドールに接触し、その肉体を捧げたのだ。
彼らはヤグドールの尖兵として、不老の力を手に入れた。そしてオルヴェリンの要職につき、歴史を改ざんし、自分たちが国を造り出したことを市民に広めていった。
そう、彼らこそが今に至る五代表。そしてヤグドールの指示でオルヴェリンに人々を集めて、都合のいい存在へと作り変えていった。人類の楽園は、人類の養殖場へと変貌したのだった。





