不幸を喚ぶ黒き烏
「ま、待て待て!貴様!見ろ!この様子を!お前たちに大義はない!それが今証明されたのだぞ!」
宗十郎の有無を言わさない剣に五代表は慌てた様子で先程のやりとりを話す。
「オルヴェリンの市民が解放を望んでいない……と?」
「そうだとも。宗十郎よ、お前たち異郷者を我々は評価している。もしもここで投降するのならば……。」
「何を莫迦なことを言っているのだ。この戦争、そもそもオルヴェリン市民が反対的なのは明白であろうが!立てカーチェ!貴様、よもや履き違えていないか!?その剣は誰のために振るうかを!!」
宗十郎は膝をつき心臓が止まったかのように愕然とし、瞳孔震わせ愕然としているカーチェを叱咤する。
この剣を振るう理由とは何か……そんなことを突然言われても頭の中で整理がつかない。
「忘れたのか、元よりこの都市は略奪を前提とした歪な社会構造!即ち、今までの略奪先がなくなれば次の略奪先が生まれるのは自明の理!即ち!それはこの世界に生きる弱者たちそのもの!お主の剣は、そういった弱者を救うためのものであろう!」
最初に宗十郎がこの都市で感じた違和感。だが今はそれが分かる。魔王のいた世界で略奪を繰り返していたが、魔王の態度からして彼のいた世界はいずれ無くなる。それはつまり。
「このオルヴェリンに住むことができず、外で生きることを余儀なくしている人々がいるのは知ってるな。初めてお主と出会ったあの村もそうだ。なぜあのような村がある?オルヴェリンは見る限り裕福だ。人を受け入れる余裕は十分にある。なのになぜだ?そしてなぜそれを誰も咎めない?」
「宗十郎!貴様、それ以上口にするな!!」
五代表は焦り激怒した様子で叫ぶ。だがそこまでだ。絶大なる力を持つ異郷者……ブシドーに彼らは力ずくで抑えることなどできない!
「それは……次なる略奪地として、都市維持の生贄とすること!そしてこの都市に住む人々にそれが当然のことであると差別意識を薄れさせるために他ならない!!亜人たちへの差別意識もそうだ!!彼らが人でないと、家畜と同じであるということが常識として刷り込んでいれば、その罪悪感、いいやそもそも、不信感すら誰も抱きはしないだろう!そうして少しずつ、常識をすり替え、正当化しようとしているに他ならないのだ!!つまるところこのオルヴェリンの行き着く先は格差社会!弱者は家畜のように強者に搾取され続け、それが当然のことだと誰もが疑問に思わぬ、この世の地獄他ならぬ!!」
宗十郎がこの世界に来た時に感じた違和感は二つ。一つはオルヴェリンの外に住む人々。彼らはゴブリンに襲われているのに、助けに来たものはカーチェ一人。故にはじめは前線基地の類と思っていた。軍隊ならば自分たちで対処できるはずだからだ。
しかしそれは違う。普通の村。宗十郎のいた世界でも、妖かし、野盗の類に村が襲われたと聞けば討伐隊を編成し複数のブシドーやニンジャが救助に向かったのだ。だというのにオルヴェリンは救けようとはしなかった。
亜人への扱いも同じである。宗十郎からすれば同じ人であるというのに、わざわざ亜人と銘打って明確に自分たちとは違うと線引きをしている。同じ人間ではない。即ち人権がない相手に対してならば、何をしても許される。
つまるところ、当たり前のように行われている差別を、当たり前のように社会常識であると浸透させているのだ。無論、常識とは国や社会情勢により変化する。だから最初は気にもとめなかった。だが……だが……今は違う!
「答えろカーチェ!貴様の持つ剣は、弱者を救う剣なのか!?それとも、この歪な社会構造を是とし、一部の者たちの幸福を願う剣だというのか!?」
───あの日、都市外の村を助けに言ったのは偶然だった。依頼で外に行く用事があった時に、たまたまゴブリンに襲われている村を見つけ、たまたま助けに向かっただけだった。確かに何故疑問に思わなかったのだろうか。あの場には自分以外の騎士はいなかったことに。誰一人、助けに向かわなかったことに。
「そうだ……私が感じていた違和感は……もっと根底にあった……。」
人は弱いからこそいくらでも残酷になれる。知らなかったという言い訳を立てて、洗脳も受け入れ、略奪を繰り返す。でもそれはただの一時しのぎで、いずれは崩れ去る砂上の楼閣。ジルは言っていた。だからこそ、導かなくてはならないのだと。
この剣は全ての人々を救う剣にはならない。時には人々を苦しめることを選択することになるかもしれない。綺麗事だけではすまされないかもしれない。だがそれでも……。
「ああ、そうだ宗十郎!私の剣は変わらない!弱者を守るためにこの剣を振るい続ける!例えそれがオルヴェリンの人々に非難されようとも……いずれ崩壊することが目に見えているこの社会を、見過ごすことなんてできはない!!それが……それが私に与えられた天啓だ!!」
立ち上がり、ジルの言葉を借りる。それこそが使命、それこそが天啓。罵詈雑言を浴びようとも、歪んだ道を、足元が今にも崩れそうなこの故郷を、見過ごすことなど最初からできないのだ!
「く……くっ……ど、どういうことだ……エムナやノイマンの話と違う!異郷者とは……異郷者の多くは戦闘しか脳のない連中ではなかったのか!永きに渡り続けてきた安寧と都市システムを、こんな簡単に崩されるなど……。」
「ノンノンノン、私が言ったのは"確認されている"異郷者ですぞ、五代表どの?人の発言を都合よく解釈するのはやめて頂きたいですなぁ!」
聞き覚えのある声がした。ノイマンもまた五代表のもとへとやってきたのだ。
「ノイマン!い、いいぞ!今はその無礼な発言は許そう!早くこいつらを殺せ!我々が生きていれば、まだ立て直せる!」
パァン!
───銃声。ノイマンの手には拳銃が握られていた。そしてその銃口は……五代表へと向けられている。
「か、カーティス!お、おのれノイマン!貴様、裏切ったか!!アリス!!貴様もか!!ノイマンの隣にいるとはそういうことなのだな!!!??」
カーティスと呼ばれた五代表の眉間に穴が空いていた。即死である。
「え!!?え!!?ち、ちちちがい、いやちがくなく……いやちが……の、のノイマンさんいきなり何してるんですか!!?」
当然アリスの耳にはこんなこと入っていない!困惑しかないのだ!そして今、天秤が脳内で激しく触れている!五代表に従うべきか、ノイマンに従うべきか!彼女の一世一代の選択肢なのだ!!
「はっはっは!裏切り?何を言うのかと思えば、裏切ったのはそちらが先ではないかな五代表どの?私、エムナさんから全てをお聞きしていますよ?ふふ、凡人とは……何とも浅はかな選択をとるものですなぁ!」
「……!あの男……!そうか、外でヤグドールの反応が一気になくなったのも……ずっと狙っていたのか!!」
「アークベイン!素晴らしい力でした!エムナさんも待ち続けていた甲斐があったと喜んでいましたよ。」
「ぐ……ぐぬぬ……ふざけるなッ!!お前たちに!!お前たちに何が分かるといのだ!我々がどれだけ時間をかけて、この安寧を維持し続けたか!それを部外者の、異郷者の貴様らが全て台無しにするなど!!許されない!!」
断末魔の如く叫ぶ。だが最早、戦況は絶望的。オルヴェリン側に残された唯一の戦力であったノイマンも裏切り、残されたのは無力な権力にしがみついた老人たち。最早、勝ち目などなかった。
「宗十郎さん、積もる話はありますが今は彼らを始末しますぞ。大方エムナさんから話は聞いているのでしょう?」
「……ああ。安心せよノイマン。この者たちは、俺の手で斬る。慈悲はない。」
宗十郎は五代表に歩み寄る。介錯である!今、ここに確実に葬り去るためにブシドーをもってして断ち切るのだ!
五代表たちも万事休すか抵抗らしい素振りは見せなかった。宗十郎はサムライブレードに介錯ブレードをエンチャント、そして放つ。その時であった。
ガラス窓が突然ぶち破られる!巨大なエネルギー!何者かが侵入してきたのだ!その殺気に宗十郎は思わず身構える!まだ……残された強敵がいたのだと!!
「はぁ……はぁ……くく、間に合った。間に合ったぞ!五代表様!ご無事でしょうか!?」
ぶち破られたガラス窓とは反対方向から息を切らした様子でオズワルドがやってくる。五代表の秘書官である。そして馴れ馴れしい手付きでガラス窓を破ってきた者に近寄る。
「いやぁよくやってくれました。長い間、目障りであったエムナの殺害。今こそ、我々の悲願が成就するときです五代表様。」
その侵入者の顔をここにいる全員は知っていた。当然だ。つい先程まで行動を共にしていた。知らないはずがないのだ。見覚えのある黒く長い髪。それは不吉を喚ぶ烏を彷彿させるとドラゴンの代表リリアンは言っていた。
そう、ガラス窓を破り、弾丸のように突入してきた侵入者の名は……細川幽斎。
彼女の姿は紛れもないものであった。





