g.壊れた少女型ドール
ノックと同時に研究室に押し入ると、丸メガネの研究者は、腕を枕代わりに仮眠を取っているようだった。額をバチコンと指で弾くと、「んぎゃふっ!?」と悲鳴を上げて飛び起きる。
「何!? ーーああ、君かあ。遅くまでお疲れさまです」
「はいお疲れさん。ちょっといい?」
「ん? ーーはい。『また』面白いことでしたら、いくらでも」
「これの記憶野の中身が見たいんだけど」
文月は無表情で担いでいた袋をひっくり返すと、床に中身をぶちまけた。ゴトゴトと重い音を立てて落ちてくるのはドールの胴体だ。折れた両腕と引きちぎられた頭部もある。屋敷に眠っていた少女型の体だ。
「わあ……こりゃまた派手に壊しましたねえ」
「あたしが壊したわけじゃない」
「そうですか? ……そうですねえ、頭部があるので今回は可能ですが……」研究者が少女の頭部を持つ。
「えー……これ、桜井社のアンティークドールですね。30年ものだあ。にしては顔が人間臭い……イヤーカフがついてないですね。どこで手に入れたんですか? 犯罪沙汰は嫌ですよ」
「あたしが盗んだわけじゃない。依頼先の住居に眠ってたの。桜井社に確認したけど、現在盗難届が出てるドールの顔とは一致しなかった。この後警察に持ってくつもり」
「へぇ。それでは出荷前に盗まれたのでしょうかね……ああ、少々お待ちを」
研究者はドールの首から垂れ下がったいくつものコードを、パソコンの下から引っ張ってきたコードに繋いだ。パソコンの画面にウィンドウがいくつも出て、何やら情報をやりとりしているらしいと分かる。
「うーん? 記録野(純正ジュエリードールの記録を保存する場所)は空っぽですね。やはり出荷前って感じです」
「人間が入ってたわけじゃない?」
「は? はぁ……そうですね、違うと思いますよ。回路の摩擦がすごく少ない。多分一週間も起動させてなかったんじゃないですか?これ、見つけた時停止していたでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
「えへ、えへへ、そうでしょう?うふふふふ」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、あたしはこいつを警察に預けてくるから」
「ああ、大丈夫ですよ。どうせこっちに回ってきますから、僕の方で対処しておきます」
「そう? どうも」
文月は静かに頷くと立ち上がった。出入り口で待機していたターコイズがいそいそと上着を持ってくる。上着を受け取ると、恭しく頭を下げる彼女の頭をいつもなら一撫でしていくのに、目もくれずに研究室を出ていった。研究者は目を丸くさせて、小首を傾げた。