e.任務
オペレーターの案内に従ってたどり着いた民家は、民家というよりも屋敷に近かった。それも、小学生にお化け屋敷と噂されるような屋敷だ。名前の分からない蔦植物が地面から屋根に向かって壁を這い、窓は曇り、屋根は所々欠け、なんていうか、完全に廃墟だ。そりゃ家主もいないわけだ。分かる。
「本当に暴れてるの飼いモンスター? 誰が飼ってるんだよ飼い主誰だよ連れてこいよ」
呟いても、オペレーターからの返事はない。通報が来た時点で屋敷へ侵入する許可は出ているから、安心して入れることだけが救いだ。文月は支給されている手袋を深く嵌め直すと、ブーツを鳴らしてブロック塀に飛び乗った。
「よっ、と……さっすが英雄の遺産だな、この手袋。普通に塀飛び越えられるわ。ハンター免許剥奪されたら泥棒になろう……」
音もなく着地した場所は庭のようだった。背の高い草がぼうぼうと生茂り生温い夕方の空気を絡めとって停滞させている。片手を耳の後ろに当てジッとしていると、どこからかハッハッと浅い息遣いが聞こえてきた。
「……」
大剣を抜き、構える。モンスターは大抵が人間よりも動物に近い性能を持っている。嗅覚も聴覚も人間よりよっぽど優れているのだ。文月の位置なんてとっくにバレていると考えた方がいい。文月はできるだけ音を立てないように膝を曲げて屈み込むと、地面に落ちていた石をつかんで、音のする方に投擲した。
ガザっ! ガザガザガザザザザザ
「ガウッ!!」
石に向かって飛び出してきたのは、二股の尾を持った犬のような赤いモンスターだった。大きさは7号(200CM*200CM)相当で、飼いモンスターとしては大きな方だ。知性もそこそこあると見ていい。
文月はバットのように大剣を振りかぶると、モンスターの額に向かって斬りつけたーーといっても刃は潰れているので斬れたりはしない。ただ手袋、英雄の遺産のせいで相当な怪力になっているので速度も威力も相当なものになったようだ。ギャウン! と哀れっぽい悲鳴をあげてモンスターが吹き飛んだ。ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、窓を打ち破って館の中へ転がっていく。
「あっ。……しーらね! あたししーらね! モンスターがやったことにしよう……つーか、首輪してるな? あいつ」
長い毛に埋もれるように真っ赤な首輪が見えた。鎖がつながっていたのはそれだ。首輪がついてるってことは確かに飼いモンスターで、飼いモンスターってことは誰かが飼っているはずなのだが、ここはどう見ても廃墟だ。文月はぶっ壊れた窓に飛び乗ると、館の中を見回した。
モンスターはいなかった。代わりに、キラキラと埃が舞っている。逃げたらしい。足跡と鎖を引きずった跡がある。慎重に床に足を下ろし(前廃墟に入って床をぶち抜いたことがある)、片手で鼻と口を覆って足跡を見下ろす。
「あん?」
足跡を辿って行くと、途中で小さな人間の靴の跡を発見した。子供のサイズだ。一人分。どうやらあのモンスターにおいかけられ、逃げ出したらしい。子供の足跡は無事に玄関から脱出していた。
「オペレーター? 通報者はもしかして子供だったりする?」
『YES。保護済み。現在両親が説教中』
「はっはっは!ほんとにお化け屋敷だったか! 叱り終わったら褒めてやって欲しいものだな。死んでないだけ行幸だろ」
文月は目を細めると、子供の足跡を逆方向に辿った。コツコツとブーツが硬い音を鳴らす。モンスターを探すついでに、子供がこの屋敷で見た景色を見てみたいと思った。それだけだった。
そして、その部屋にたどり着いた。