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文月往人の透明な彼女  作者: 染井吉野
5.文月往人の透明な彼女
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d.選択


 ガンガンガン! と地面が震えるような足音が近づいてきた時、避難所にいる人々はついにモンスターがやってきたか!? と身を寄せ合って震えていた。けれどもそれが扉を蹴り開け入ってきた時に、どよめきは恐怖から不安に変わった。血だらけのハンターがドールを抱えてきたのだから。


「誰だ!?」


「文月往人だ」


「モンスターは?」


 文月は疑問の全てを無視すると、大声で叫んだ。


「ドールを弄れる奴は出てこい! 頼む! 今すぐドールを直して欲しい! ていうか研究者いるだろ出てこい! 出てきてくれ!」


 悲鳴にも似た声を聞いて、ぽつぽつと人混みから白衣を纏った人々が近づいてきた。その人たちをさらに押し除けるようにして、一人の男が前に出てくる。


「ちょっと、ちょっとすみませんねーー文月さん!? やっぱり! どうしてーーハークさん!?」


「液体がほとんど流れた。宝石も割れて、今はこれしか」


 研究者が駆け寄って来る。文月はハークを床に寝かせると、胸を覆っていたコートを剥がした。胸の窪みには、親指程のハーキマー・ダイヤモンドの宝石が残っていた。中に入っているロック・クリスタルとあまり大きさが変わらないぐらい、小さくなってしまっている。


「あんた、ドールの記録は身体中にあるって言ったよな。言ったよな!?なら宝石がなくても復活させられるよな。直してくれ、お願いだ」


「直して、と言われても……こりゃ酷い、銃ですか? これは補填しないと」


「補填して」


「無茶言わないでくださいよ! 僕にドール修復の材料があるわけーーあるわけーー」


 研究者は顎をおさえると、急に両手を打ち合わせた。


「ある! あなたが以前持ってきた壊れたハークさんの体! あれが僕の資料室にある!」


「とって来る! 他に必要な物は!?」


「ターコイズ!」


 研究者が叫ぶと、ターコイズ色の髪の毛のジュエリードールが静かに現れた。研究者は彼女の手を取って掌にボールペンで何事か書きつけた。


「頼んだよ、君。彼女が分かってます! あと僕の研究室から透明に近い宝石を持ってきて! クリスタルはないけどやってみるしかない!」


「分かった! あんたは修復作業してて!」


 文月がターコイズを背負って避難所を駆け出していく。その足音が聞こえなくなったと思ったら、今度は別な足音が、性急な様子で駆け込んで来た。


「文月往人はここにいるか!? ドールが搬送されていないか!?」




 機材と宝石を持って避難所に戻って来ると、文月は辺りが血生臭いことに気がついた。自分一人の臭いではない。すわモンスターか、と思ってターコイズを後ろに下がらせ扉を開ける。そこにはモンスターではなく、箕作と十数名のハンター達が黄色い血塗れの格好のまま座っていた。


「お前ら何でここに?」


「ああ、文月、お前、やったぞ!」


 箕作の叫びに駆け寄る。横たわったドールのとなりには、巨大な何かーー何かがあった。


 透明な何かが。その周りの床には黄色い血で丸い円が出来ていた。


「これ、さっきの翼竜の肝臓だ! 透明な宝石だ! お前の血で透明になったんだよ、この肝臓は!」


「ーーーーまじか」


 文月の手から宝石がこぼれ落ちた。誰も拾おうとする者はいない。避難所の全員が安堵と喜びにこそこそと言葉を交わした。研究者とターコイズが機材を組み立てる音ばかりがうるさい。


「これ、クリスタル?」


 思わず呟くと、小さな双眼鏡のような物を肝臓に当てていた研究者が答えた。


「ーーはい、恐らくクリスタルです。これだけあれば圧縮して硬化させても宝石一つ分にはなる」


「じゃあハークは助かるんだな?」


「はい。いえ、多分ーー」


 研究者は言葉を濁した。四角い大きな箱の様な物を開け、中に切り取った肝臓をポイポイと詰めていく。


「正直に言うと、分かりません」


「何で! 元の宝石が少ないから!?」


「いいえ、いいえーーハークさんの元の体があるんです。目覚めさせることは出来るでしょう。けれども、記憶に連続性があるかどうかが分からないんです。あなたの言う通り、なにせ元の宝石が小さいからーーそれに、あなたは選択をしなければならない」


 箱の蓋を閉め、いくつかのボタンを押して、研究者は箱から離れた。壊れた全身をさらけ出しているドールの傍に駆け寄る。


「両方のドールは壊れている。お互いここまで破損しているとなると、二つのドールを組み合わせないと機能不全に陥ります。けれども、ハークさんの体にロックさんの体を移植すればロックさんの記録が、ロックさんの体にハークさんを移植すればハークさんの記録が、相手の記録に上書きされる可能性があります。……どうします?あなたが生き返らせたいのは、誰ですか?」


 文月は目を見開いて、口をぎゅうっとつぐんだ。頭が真っ白になる。


「文月さん」


 研究員は文月の両肩を強く掴んだ。眼鏡の奥に、誠実な目がしっかりと見えた。


「僕は4年前、あなたに『頭部を移植して欲しいドールがいる』と頼まれた時、聞きましたね? 何故顔を作らないのかと。現在の技術なら完璧に前と同じ顔が作れるのに、と。その時あなたは言いましたね? 『死んだ奴を起こす気はない』と。あなたにとってロックさんは生きている一人の女性だった。僕もターコイズを愛しているから分かります。あなたはロックさんを愛しているのでしょう? だから、寝かせてあげようと思ったのでしょう? あなたのその想いは尊いものだ。けれども、ハークさんが本来は死んでいる存在だということも事実です。ここでどんな決断をしようとも、僕は何も言いません。あなたの意思を尊重します」


「ーーなあ、ロックに、ジュエリードールに心があると思うか?」


「個人として言わせてもらえるなら」研究者はしっかりと文月に向かって頷いて見せた。


「彼らには間違いなく心があります。それが生まれるだけの土壌がある」


「じゃあ、やっぱりあたしは助けられたんだな」


 あの時。


 見慣れた微笑みのままロックは自然に文月を突き飛ばした。あれがロックの最期の行動。夢を見ると言ったハーク。優しい子だと言っていた、と。どうしてもっと真面目に話を聞かなかったのだろう?


 ロックに会えるチャンスはーーでも、じゃあ、ハークはーー?


 生きたいと泣いていたハーク。一人寝が寂しくてできなかったハーク。褒めると嬉しそうに明るい声を上げたハーク……


 死んで良い存在なんていないっていうのに。どっちかしか助けられないだって?


「どいつもこいつも自分勝手にやりやがって……」


 文月は宝石を握りしめた。


「決めた。いいや、決まってる。研究者、あたしが助けたいのはーー」


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