d.選択
ガンガンガン! と地面が震えるような足音が近づいてきた時、避難所にいる人々はついにモンスターがやってきたか!? と身を寄せ合って震えていた。けれどもそれが扉を蹴り開け入ってきた時に、どよめきは恐怖から不安に変わった。血だらけのハンターがドールを抱えてきたのだから。
「誰だ!?」
「文月往人だ」
「モンスターは?」
文月は疑問の全てを無視すると、大声で叫んだ。
「ドールを弄れる奴は出てこい! 頼む! 今すぐドールを直して欲しい! ていうか研究者いるだろ出てこい! 出てきてくれ!」
悲鳴にも似た声を聞いて、ぽつぽつと人混みから白衣を纏った人々が近づいてきた。その人たちをさらに押し除けるようにして、一人の男が前に出てくる。
「ちょっと、ちょっとすみませんねーー文月さん!? やっぱり! どうしてーーハークさん!?」
「液体がほとんど流れた。宝石も割れて、今はこれしか」
研究者が駆け寄って来る。文月はハークを床に寝かせると、胸を覆っていたコートを剥がした。胸の窪みには、親指程のハーキマー・ダイヤモンドの宝石が残っていた。中に入っているロック・クリスタルとあまり大きさが変わらないぐらい、小さくなってしまっている。
「あんた、ドールの記録は身体中にあるって言ったよな。言ったよな!?なら宝石がなくても復活させられるよな。直してくれ、お願いだ」
「直して、と言われても……こりゃ酷い、銃ですか? これは補填しないと」
「補填して」
「無茶言わないでくださいよ! 僕にドール修復の材料があるわけーーあるわけーー」
研究者は顎をおさえると、急に両手を打ち合わせた。
「ある! あなたが以前持ってきた壊れたハークさんの体! あれが僕の資料室にある!」
「とって来る! 他に必要な物は!?」
「ターコイズ!」
研究者が叫ぶと、ターコイズ色の髪の毛のジュエリードールが静かに現れた。研究者は彼女の手を取って掌にボールペンで何事か書きつけた。
「頼んだよ、君。彼女が分かってます! あと僕の研究室から透明に近い宝石を持ってきて! クリスタルはないけどやってみるしかない!」
「分かった! あんたは修復作業してて!」
文月がターコイズを背負って避難所を駆け出していく。その足音が聞こえなくなったと思ったら、今度は別な足音が、性急な様子で駆け込んで来た。
「文月往人はここにいるか!? ドールが搬送されていないか!?」
機材と宝石を持って避難所に戻って来ると、文月は辺りが血生臭いことに気がついた。自分一人の臭いではない。すわモンスターか、と思ってターコイズを後ろに下がらせ扉を開ける。そこにはモンスターではなく、箕作と十数名のハンター達が黄色い血塗れの格好のまま座っていた。
「お前ら何でここに?」
「ああ、文月、お前、やったぞ!」
箕作の叫びに駆け寄る。横たわったドールのとなりには、巨大な何かーー何かがあった。
透明な何かが。その周りの床には黄色い血で丸い円が出来ていた。
「これ、さっきの翼竜の肝臓だ! 透明な宝石だ! お前の血で透明になったんだよ、この肝臓は!」
「ーーーーまじか」
文月の手から宝石がこぼれ落ちた。誰も拾おうとする者はいない。避難所の全員が安堵と喜びにこそこそと言葉を交わした。研究者とターコイズが機材を組み立てる音ばかりがうるさい。
「これ、クリスタル?」
思わず呟くと、小さな双眼鏡のような物を肝臓に当てていた研究者が答えた。
「ーーはい、恐らくクリスタルです。これだけあれば圧縮して硬化させても宝石一つ分にはなる」
「じゃあハークは助かるんだな?」
「はい。いえ、多分ーー」
研究者は言葉を濁した。四角い大きな箱の様な物を開け、中に切り取った肝臓をポイポイと詰めていく。
「正直に言うと、分かりません」
「何で! 元の宝石が少ないから!?」
「いいえ、いいえーーハークさんの元の体があるんです。目覚めさせることは出来るでしょう。けれども、記憶に連続性があるかどうかが分からないんです。あなたの言う通り、なにせ元の宝石が小さいからーーそれに、あなたは選択をしなければならない」
箱の蓋を閉め、いくつかのボタンを押して、研究者は箱から離れた。壊れた全身をさらけ出しているドールの傍に駆け寄る。
「両方のドールは壊れている。お互いここまで破損しているとなると、二つのドールを組み合わせないと機能不全に陥ります。けれども、ハークさんの体にロックさんの体を移植すればロックさんの記録が、ロックさんの体にハークさんを移植すればハークさんの記録が、相手の記録に上書きされる可能性があります。……どうします?あなたが生き返らせたいのは、誰ですか?」
文月は目を見開いて、口をぎゅうっとつぐんだ。頭が真っ白になる。
「文月さん」
研究員は文月の両肩を強く掴んだ。眼鏡の奥に、誠実な目がしっかりと見えた。
「僕は4年前、あなたに『頭部を移植して欲しいドールがいる』と頼まれた時、聞きましたね? 何故顔を作らないのかと。現在の技術なら完璧に前と同じ顔が作れるのに、と。その時あなたは言いましたね? 『死んだ奴を起こす気はない』と。あなたにとってロックさんは生きている一人の女性だった。僕もターコイズを愛しているから分かります。あなたはロックさんを愛しているのでしょう? だから、寝かせてあげようと思ったのでしょう? あなたのその想いは尊いものだ。けれども、ハークさんが本来は死んでいる存在だということも事実です。ここでどんな決断をしようとも、僕は何も言いません。あなたの意思を尊重します」
「ーーなあ、ロックに、ジュエリードールに心があると思うか?」
「個人として言わせてもらえるなら」研究者はしっかりと文月に向かって頷いて見せた。
「彼らには間違いなく心があります。それが生まれるだけの土壌がある」
「じゃあ、やっぱりあたしは助けられたんだな」
あの時。
見慣れた微笑みのままロックは自然に文月を突き飛ばした。あれがロックの最期の行動。夢を見ると言ったハーク。優しい子だと言っていた、と。どうしてもっと真面目に話を聞かなかったのだろう?
ロックに会えるチャンスはーーでも、じゃあ、ハークはーー?
生きたいと泣いていたハーク。一人寝が寂しくてできなかったハーク。褒めると嬉しそうに明るい声を上げたハーク……
死んで良い存在なんていないっていうのに。どっちかしか助けられないだって?
「どいつもこいつも自分勝手にやりやがって……」
文月は宝石を握りしめた。
「決めた。いいや、決まってる。研究者、あたしが助けたいのはーー」