c.私も
文月はハークを抱えたまま、来た道を全速力で戻っていた。あの場に留まってもドールと偽っていたハークを優先的に直してもらえるわけがない。そもそも医療部隊や回収部隊が来るまで時間がかかる。それよりだったら研究者が避難している東京貴石研究所の避難所まで20分走る方がましだった。
夏の熱い風が体に当たって暑いのに、身体中から出てくるのは冷たい汗と生暖かい血だ。文月は痛みと込み上がる怒りを吐き出すために叫んだ。
「ハーク、お前、待ってろって言っただろ!」
「ごめ、あやつき、ロックの体、」
「うるせえ動くな取り落とす!」
ハークはぎこちない動きで文月の腕を握り、そこが真っ赤に濡れていることに驚いた。
「怪我、してる? え、うわ、」
「お前のがよっぽどな怪我してるわ! 腹に穴空いてんだぞ!?」
「痛くない、から、分かんない。あれ、前が……よく、見えないな」
ハークが呟くのに舌打ちをかます。宝石は銃撃の衝撃で割れ、腹の穴からは絶え間なく液体が流れて黒い戦闘服をさらに黒々とさせていた。もうどれだけ内部の液体が流れてしまったのか分からない。速く、はやく向かわないと、また、
またあの日に逆戻りだ。
「くそっ!」文月は悲鳴のように叫んだ。「どいつもこいつも、なんであたしを庇うんだよ! 人間だからか!? ふざけんな! 壊れたら終わりなのはお前らだって一緒だろうが!」
「一緒じゃない……一緒じゃないよ」
「どこが!? ロックがロボットだからか!? お前が本当は一度死んでるからか!? 糞食らえ! お前は生きたいと泣いてただろ! なら人と同じ様に死ぬんだよ! 人と同じ様に生きてるだろ!」
「でも……文月に死んで欲しくないんだ……私も、ロックも」
「どうしてお前までそうなんだ! たった数週間の仲だろバグってんのか!」
「たった数週間、でも、文月が優しいのを、知ってるからだよ」
死にたいと言ったら殺そうと言ってくれた。
歩き方を教えてくれた。
服をくれ、居場所をくれた。
寂しい夜に傍にいてくれた。
仕事をくれた。
褒めてくれた。
頭を撫でてくれた。
本当に短い間だったけど、文月は家族でバディだった。
ぼんやりと目の前が暗くなると、ロックの微笑みが見えた。暗いところに一人で、あの微笑みを浮かべたまま立っている。
『君も往人が好きなんだね』
「ーーうん。わたしも、あやつきが好きだよ」
「ーーなんじゃそりゃあ!!??」
ハークの長い髪の先から液体が抜け、宝石の輝きが失われてきた。瞳もただのカメラのように無機質な色に様変わりする。もう何も分からない。だから、最期に言葉を願いを。
「ねえ、私が全部流れちゃったら、体を直して、また宝石を探してね。研究者さんはああ言ってたけど、きっとロックは目を覚ますよ。そうしたら、もう寂しくない」
「馬鹿言うな! おい、眠るなハーク!」
「きっとだよ」
ハークが微笑んだような気がした。
ガクリ、と力を無くすと、ハークは文月の腕に頭を乗せぐったり手足を伸ばした。体重が一気に重くなる。ぐ、っと一瞬速度を落とし、けれども走るのは止めずに、文月は駆け続けた。
目の前にはもう高いビルがある。
「頼んだぞ……!」
今は願うしかなかった。