c.東京貴石研究所
「今回もハズレですね~」
丸メガネをかけた男は言った。小さな望遠鏡のような機械を持っていて、紫色の肝臓ーーモンスターの肝臓をしげしげと見つめている。片手には採取した文月の血液が入ったスポイトを持って、シャーレには切り取った肝臓の一部を乗せている。研究者だ。見た感じやっていることは完全に理科の実験だが、こう見えてジュエリードール研究の権威の一人である。文月は名前を覚えていないが、思い返せば付き合いは長い。文月は半眼の無表情のまま、研究者の続く言葉を待った。
「これは確かに宝石で言うとクリスタル(水晶)ですが、アメシスト(紫水晶)です~。不純物の鉄イオンーーに該当する何かを含んでる。人間の血を混ぜても、ほらーーシトリン(黄水晶)になった。あなたが欲しいロック・クリスタル(無色透明の水晶)は作れません~それにサイズも足りないですし」
「じゃあ何色の何キロの宝石を持ってくればトウキョウ・ロック・クリスタルになるんですかー? あたしはあと何個肝臓を持ってくればいいわけ?」
「少なくとも3号級(モンスターの大きさの基準。数が少ない方が大きい)は欲しいですね……ですが、何度も言っているように、今の科学力ではトウキョウシリーズを完全に再現することは不可能なんですよ。何の血液がどんな割合で何度で混ざったのかまだ解明できていないことが多くて……申し訳ありませんがね。今回もお力になれずすみません。こちらの肝臓には鑑別書(科学的検査により、宝石が本物か偽物か鑑別するもの)をつけておきますので、」
「ああはい分かっていますとも。そっちに売るよ。研究を続けてくださいな。代金はいつもの口座に。今回もどうも」
文月は肩をすくめると椅子から立ち上がった。研究者が申し訳なさそうに顎を引く。
「研究は進んでいます。もう少し、もう少し待ってください。そうしたらきっと、あなたのドールの記録をーー」
「……」
「いえ、すみません。どうぞ、お帰りください」
ターコイズ(不透明の水色)のボブヘアーを揺らして助手のジュエリードールがそそくさと寄ってきた。文月が椅子にひっかけていた上着と大剣を恭しく手渡してくる。
「どーも、空色のオジョーサン」
「……」
ターコイズが無言で頭を下げる。安物のジュエリードールには発声機能が備わっていないことが多い。彼女もそうだ。文月も慣れたもので、返事なんか期待していない。つまらなそうなツンとした顔を少し綻ばせて、ぽむと彼女の小さな頭に分厚い手を乗せる。研究者は何も言わずに、丸メガネの奥からじっと文月を見つめていた。
「いい結果が出たらお知らせします。すぐに。それでは、また」
「ああ、また」
振り返ることもなく、文月が研究室から去っていく。研究者は肩をぐるりと回すと、「それじゃあ、研究を続けましょうか」とターコイズに微笑みを向けて、脳波がいくつも書かれた紙を手に取った。