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文月往人の透明な彼女  作者: 染井吉野
5.文月往人の透明な彼女
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a.3号級モンスター


 東京貴石研究所を飛び出して、文月は街に出た。避難していく人並みに逆らって、イヤーカフが告げるポップ予測地点を目指す。文月が履いている黒いブーツは手袋と同じ支給品の英雄の遺産で、矢の様に素早く地面を駆け、すれ違う人々は怯えた顔で彼女を見た。


 東京貴石研究所から出て20分も走らないうちに、道のそこかしこから黒い戦闘服に身を包んだハンターが何人も現れた。ドールの体に入った箕作の姿もある。全員が目指しているのは、中心市街地にある巨大な公園ーーいや、ポップ誘地だった。大侵攻では大通りに巨大モンスターが際限なくポップしてしまった。そのため破壊された都市を再建する時に、戦闘のため、巨大モンスターが現れられる広いポップ誘地と、小型モンスターしか現れられない狭い道だけの都市を作ったのだ。


 ポップ誘地に向かえと言われるということは、と、ハンター全員が考えた時だった。


 ヴォン、ヴォン、と音がどこからかし始めた。辺りの空気がざわつき始める。ポップ誘地の一番近くにいたハンターの眼前30メートル先で、空間が歪んだ。色とりどりの小さな光がいくつもシミのように現れる。


『ポップ予測範囲確定。誘地内南東を中心に半径100メートル。敵影散開。ポップまで5、4、3、』


 オペレーターが言う間にも、光は異界の文字となり、刻み付けるように宙に魔法陣を描き始めた。すぐに魔法陣は完成し、バキンと空間が『割れる』音がする。魔法陣が世界をこじ開けるようにぎゅるぎゅると回転し大きくなる。世界がソレに捕まえられ、固定化され、暴かれていく、破壊されていくような感覚。


「来るぞ!」


 ハンター達がそれぞれの武器を構えた。魔法陣の中央にまっすぐ縦の割れ目が走る。異界と繋がる『扉』が急速に開かれると、魔法陣一つから一体のモンスターが現れた。ぽよんぽよんと跳ね回る液体。


『ポップしました。敵数20。サイズ7号』


 小型モンスターの一種、通称スライムだ。誰かがほっとしたようなため息をつき、誰かが安堵したような顔で一応とばかりに舌打ちした。トウキョウシリーズは枯渇している。宝石を、大型モンスターを求めているのはなにも文月ばかりではない。


 ハンターやドールがモンスターに駆け寄って行く。箕作もアサルトライフルを構え射撃態勢に入った時、文月が剣先を下げ立ち止まっていることに気がついた。


「文月?」


「敵数20? 少なすぎるーーこの数で敵影2号にはならないーー」


 公園内に散らばったスライムの動きを見る。まるで液体を溢したように手前から奥に現れたスライムーーそしてはっとすると、一番最初に現れたスライムと正反対の方向へ大剣を向けた。


 突然、警報が鳴り響いた。


『ポップが検知されました。敵影3号。ポップまで5、4、3、』


 オペレーションを待つことなく、ガキンと空間が歪む。


 それは見たこともない巨大な魔法陣だった。金色の細々とした装飾の一つひとつがはっきりと見えるほど大きい。中心に真っ直ぐ線が入ると、陣は音もなく左右に割れた。


 尖った鼻先が陣から現れると同時に、それは身が凍るような合成音じみた叫びを上げた。


「あ゛、あ゛、ア、アあ゛あ、アあ゛あ゛ああア゛あ、ギャあ゛あああああ!!!!!!」


 バサリ。


 長い首、黄色い翼、鉤爪がついた手が現れ、最後に丸太のような尾を通して魔法陣が消えた。現れたのは翼竜だった。全身から黄色い液体を垂れ流している。それが端から端からスライムになっているようだった。スライムを産んでいること以外は一般的なエネミーモンスターの一種だが、その大きさがすさまじい。全長30メートルはあるな、とハンター達が叫びの振動に耐えながら慄いていると、彼らの中心をつっきって、銀色の閃光が走った。


「文月!?」


 金属が打つかる甲高い音が尾を引き、箕作が叫んだ。文月は一足飛びで後ずさると、斬りつけた翼竜の腕を見た。


「ヒュー、刃が潰れているとはいえ、傷もつかないか。やるじゃん、モンスター」


「馬鹿! 生身が相手できる奴じゃないぞ!」


「んなもんやってみなきゃーー」


 ぐわ、と翼竜は左腕を上げると、文月に向かって振り下ろした。重たく鋭い鉤爪の一撃を、文月は避けることなく大剣を構えた。鈍く甲高い音が鳴り響くが、両手足の英雄の遺産で受け止める。地面に数センチ足がめりこんだ。とてつもない重さだった。


「でも刃は欠けない、か。流石、英雄の遺産!」


 文月は大剣で前足を押し返すと、思い切り飛び上がり前足の関節に刃を叩きつけた。


 ゴキン、と手応えのある音がした。


「アあ゛あ゛ああア゛あ!!!!」


「てー!!!」


 文月が退がると同時に振り上げられた右手に、箕作達銃火器持ちの弾幕が炸裂した。翼竜の黄色い鱗が弾け飛ぶ。同時に黄色い血がボタボタと落ちて、空気に冷やされ軟体になった。


「ジュエリードール、ゴー!」


 ハンターの一人が叫んだ。鉤爪ロープを持った幾人ものドール達が戦線に躍り出た。優しげな微笑みを浮かべたままロープを振りかぶり、折れた左足や翼に鉤爪を引っ掛ける。翼竜が忌々しげな叫びを上げ身を振るが、ドール達が固くロープを握って地面に貼り付けて離さない。


「今だ! 翼を撃て!」


 箕作がアサルトライフルをぶっ放した。ダダダっと銃弾がレモンイエローの飛膜の一枚を貫通する。翼竜は悲鳴を上げると同時に尾を振り回した。長い一振りが箕作のところまで届く。


 文月が間一髪駆け込むと、その一撃を大剣で弾き返した。


「すまん!」


 箕作の怒号をあげながら文月に当たらないように銃を撃つ。尾が再度振りかぶられる。翼竜は長い首を捻って箕作を睨んでいた。よほど飛膜を破られたのが頭にきたらしい。ターゲットは完全に箕作に移っていた。


「くそーー俺が引きつける! 無茶するなよ!」


「あんたもな!」


 文月は箕作の側を後にして、反対側、翼竜の背中の方に回っていた。箕作が翼竜のヘイトを稼ぎつつ、他のハンター達(スライムを処理している奴らも当然いるため、全員ではない)が銃や爆発物で硬い鱗を剥がしにかかっている。だが、何も決定打にはなりそうにない。このままでは自衛隊が出張ってきて、ポイントどころではなくなってしまう。


(翼竜の弱点は確かーー)


 文月は箕作を狙って地面すれすれまで下がっている首を見た。あれだ。翼竜に限らず生き物っぽい奴全員の弱点。文月はそろそろと暴れまくる尾のところまで静かに下がった。それが苛立たしそうに地面をバチン!と叩いた瞬間、太い尾に飛び乗った。


「文月!?」


 ぐらり、と揺れる。尾に大剣を突き刺して杖代わりにし、背中まで一気に登り詰めた。ブーツの下でガリガリと音がする。翼竜も背を登る存在に気が向いたのか、長い首を背に向けた。大剣を両手でしっかりと握る。


「ほら、来るぞ!!」


 大剣を鋭く突き出すと、翼竜が鋭い牙の生えた口を大きく開けた。それが大剣を噛み砕こうとした瞬間、横っ面に大量の銃弾が飛んできた。


「あア゛あギャあ゛ああああ!!!!」


「ありがとさん、よお!」


 ぐらついた頭のすぐ下、長い首の付け根に向かって、文月は大剣を突き刺した。パリンと黄色い鱗が飛ぶ。そのまま横に力ずくで大剣を動かすと、首が半分に千切れた。聞き苦しい悲鳴を上げて翼竜がぐらつく。


 文月が背から飛び降りるのと、翼竜が倒れるのは同時だった。ドオ……と地響きと土煙を上げて翼竜が横倒しになると、引っ張られてジュエリードール達が立て続けに転んだ。彼らに見向きもせず、ハンター達は全員が止めを刺すためにわれさきに翼竜に接近した。



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