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文月往人の透明な彼女  作者: 染井吉野
4.選択肢
27/32

d.実験


 文月はその白いドアを見つけると、「失礼」と鋭く言うと同時にドアノブをひねった。鍵がかかっていたようで、英雄の遺産である手袋がドアノブをねじ切った。メキメキ!と物騒な音が灰色の廊下に響く。文月はそれを無表情で見下ろすと、床に落としてから拳を握った。


「ちょっ! ちょっと待ってくださいよ~!」


 部屋の中から研究員の悲鳴が聞こえた。ガタン、と何かにつまずいたような音が続く。


「あたしのドールを持ってるな? このまま立てこもるようなら窃盗罪で通報するぞ」


「今開けますから勘弁してください!」


 ガチャガチャ、と慌ただしい音が聞こえたと思ったら、扉が恐る恐る開いた。文月は隙間が見えたと思った瞬間にそこに手を差し込んで、思いっきり押し開けた。ドアノブを握ったままの研究員が、バンと壁と扉に挟まれる。


「ふぎゅぅぅ~」


「ハーク。ハーク?」


 文月は応接室のようになっている部屋を通り過ぎ、奥の、機材ばかりの研究室に踏み入った。ターコイズのジュエリードールが壁際に楚々とした様子で突っ立っている。奥にはさらにカーテンがかけられた一角がある。


「そっちにいるわけ?」


「……」


 文月はアルカイックスマイルから目を離すと、片手を大剣の柄にかけて、カーテンを開けた。


 ベッドには頭のないドールが寝転がっていた。




 服装は袖にフリルのついたシャツと、スキニーの鮮やかな青いズボン。型は成人女性。シャツの前が開かれていることと本来頭があるはずの部分に宝石が循環する管がつけられていることを除けば、それは見慣れたドールそのものだった。


「……」


 ちらりと目線を部屋中にやれば、ベッドのすぐ側の籠に、タオルにつつまれた頭があるのが分かった。傷はない。相変わらず露出したままの透明な眼球が電灯に照らされピカピカしていたが、起動していないとどこか味気なく感じた。


「おい研究者。人のドール分解して何してんだ」


「ドールじゃなくてドーリストでしょう? ハークさんには許可もらいましたよ」


 文月が声に振り返ると、後頭部をおさえた研究者が部屋に入ってきたところだった。文月が眉尻を上げる。


「だから、許可もらって何してんの? って言ってんだけど」


「じゃあやってみましょうか」


「は?」


 文月のドスの効いた声にも反応せず、研究者は懐から真っ黒な宝石を取り出した。ドールの胸元を開け、何も入っていないそこに宝石をはめ込む。


「はっ? おい、宝石はーー」


 文月が怒鳴りかけた時だった。


 ぎし。


 音がした。


 ドールから。


 文月は研究者から目を外してドールを見た。首から生えた管に黒い宝石が流れていき、気味の悪い触手が生えているように見えた。ドールはゆっくりと体を蠢かせると、体の使い方が分かっていないかのような歪な仕草でベッドに座った。


「なんだ、これ」


 文月が大剣を抜く。シャラララという硬い物が擦れる音に反応してか、ドールが文月の方をぐらりと見た。身を乗り出して手を伸ばし、そしてーー


「   」


 転んだ。


「…………おい、動かないぞ」


「あー、やっぱり体の記録だけじゃ動けはしないんですかね。もしくは、やはりロック・クリスタルじゃないと….」


 乱れた黒髪を掻いて、研究者が呟いた。文月がドールから距離をとりつつ剣先を研究者へ向けると、「すみません」と彼は言った。


「文月さんに頼まれていた、融合した宝石を分離する方法なんですが、今のところ無理っぽいんですよ」


「ああそう。で、これは?」


「ええ、これは。他の方法でロックさんを取り戻せないかと思った研究の結果です」


 研究者はドールの傍にしゃがみ込むと、胸を開けて宝石を摘んだ。ぐ、と頭の部分にあった管から色が抜け、宝石を研究者が手に取って見せる。


「これはモリオン。黒水晶です。勿論ドーリストではありません。人工トウキョウシリーズです」


「そんなことどうでもいいんだけど」


「では結論から申し上げます。ハークさんーーハーキマーダイヤモンドの中に入っている人間の意識を消せば、あなたのロックさんは戻ってきます」


 文月は三拍待った。研究者が冗談だと言うのを待って。けれども何も言わなかったので、無言で大剣を下ろした。研究者は、それを関心と受け取った。


「ドーリストは宝石を変えれば無限に生きていくことが出来るとされています。その生を外部から終わらせるーー記録を消去することは、法律で認められています。僕は資格も持っている。あなたが望むなら、いつでもロックさんを取り戻せます」


「何?あんた、ハークの話でも聞いたわけ? 夢に出てきたって」


「それは初耳ですがーー恐らく本当でしょうね。夢というか、意識が交信したと言うか、なんともぼやけた言い方になってしまうのですが」


「純正ドールの記録は頭部に記録される。頭部がなければ記録もない」


「最近の一部の研究では、そうでもないという見解もあるんです。論文、見ますか? 僕のではないですので安心してください」


 研究者が机の引き出しから紙束を取り出すと、文月は無言で受け取った。大剣の柄をわきに挟み、題名を見る。『ジュエリードールに分散する記録について』と書かれていた。表紙をめくった。研究者が文月の視界に一枚の紙を差し出す。


「ドールの記録は体にも宿ることがある。これはこのドールの感情値の測定データです。大きな揺れがハークさん、小さな波がロックさんです。あなたのドールには心があり、また、起動するには至らないものの、記録も有している。もし、ハークさんの記録だけをハーキマーダイヤモンドから消すことが出来たら、あのハーキマーダイヤモンドには人間の脳のシステムだけが残ることになるはずです。元々ドールは人間を模して作られたロボットだ。ハークさんの脳のシステムとロックさんの記録を結びつけることは出来るでしょう……文月さん、ハークさんは、普通のドーリストではないですよね?あなたがモンスターハンター協会へ問い合わせた記録を見ました。彼女は30年前に死んでいるんです。ハークさんは」


「ハークは死んでなんかない」


 文月は大剣を掴むと、研究者に向けた。顎で籠に入っているハークの顔を指す。


「早く戻せ。あたしが言いたいのはそれだけ」


「……分かりました」


 研究者はドールの首から宝石循環用の管を抜くと、ドールの頭と首をくっつけた。


 文月はドールに近づくと、研究者に手を差し出した。その上に、研究者が宝石を置く。無色透明な宝石の中には、小さな気泡のような宝石がもう一つ入っていた。


 宝石をドールの胸に入れる。ぐいっと引っ張られるような感覚があり、宝石が透明な髪の毛の中に流れ込んでいくと、露出した眼球が動いた。


「……最後のお別れのために起こした、ってわけじゃなさそうだね」


 文月は右手の手袋を投げ捨てると、ハークの頬を張った。研究者が後ろで慌てて機材にぶつかる。


「お前、全部聞いたの?」


「だいたいは聞いた……私がいなくなれば、ロックが戻ってくるんでしょ? なら、私なんていなくてもいいじゃん。文月にとって私なんて、ロックの宝石を飲み込んでるだけの宝石でしょ? 『お前は法的にも、物質的にも、人間じゃない』そう言ったのは文月だよ?」


「お前はあたしが所有してるんだ。どうするかはあたしが決める」


「ロックがいることは聞いたでしょ? 取り戻せるんだよ、文月。ねえ」


 文月は声を発しているハークの首を握りしめた。ぎらりと焦げ茶色の目を尖らせて、


「黙れよ、ハーク。そんなに死にたいなら殺してやろうか? 最初に言った通りによぉ」


「やめて! 壊さないで!」


 ハークの宝石に手を伸ばした時だった。


 ウー!ウー!ウー!ウー!


 研究者が天井を見、文月がハークを離して手袋を拾った。「警報だ」という、怯えたような声を研究者が漏らす。

『緊急モンスター警報。ポップが検知されました。敵影2号。近隣の住民は至急避難してください。ハンターは武装許可。直ちに現地へ集合せよ。繰り返す、緊急モンスター警報』


「2号!?」


 研究者が驚きの声を上げる。手袋を嵌め直し、文月が大剣を背負った。ハークを立たせている研究者へ、人差し指を向ける。


「前にあんた言ったよな。宝石一つ作るなら、3号級以上のモンスターが必要だって。証明してもらうぞ」


「文月さん!? 2号級の影は6400×6400センチメートル以内! もし本当に2号級が出てくるんだとしたら、生身のあなたでは相手にはなりませんよ!?」


「別に殺そうってわけじゃない。ちょっと久々にポイント1位をとるだけよ」


「無茶だよ!」


「それに、ただの宝石ではロックさんはさっきのようにちゃんとは目覚めない可能性がーー」


「うるせえ! 誰かを犠牲にして何かを得るよりよっぽどいいだろ! ハーク、お前はここにいろ!」


 文月は研究者を突き飛ばすと、研究室から飛び出した。サイレンが鳴り響く中、ハークは後を追う他になかった。


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