d.失敗
「ど~も~! お久しぶりです、文月さん! 覚えていらっしゃるでしょうか? ××雑誌の者です!」
凛と透き通った美声。耳のそばで揺れる黒髪は短く、どことなく男性的にも見える中世的な顔をした女性は、両手を広げて二人に近づいてきた。にこにことジュエリードールには浮かべられない類の機嫌の良さそうな笑顔を浮かべ、文月を見上げる。人間だ。朝に会った人物とは真逆なほど堂々としているのは、記者だからか、それとも性格だろうか。
「どーも。何? 帰るところなんだけど」
「お見舞いですよね? せいが出ますねえ! 箕作さんの容体はどうでした? ああいえ、仰らなくて結構! 今日も変わらずって感じですね。お元気そうで何よりです。明日になればまたお二人の勇姿が見られるんでしょうか、楽しみです!」
「はいはい。で、本当に何? 世間話ならノーセンキュー」
「ああいえ、そちらのお連れさまのことで少しお聞きしたいことがありましてね?」
ハークはびくりと体を動かした。とんとん、と文月が指先でハークの太腿をノックする。そう、「練習の成果」だ。箕作との「純正ドールを装う練習」の成果を見せなくては。膝の上で右手を下にして手を重ねる。かかとを二つそっと合わせて、背中が反らない程度に背中を伸ばし、真っ直ぐ文月の焦げ茶色の後頭部を見つめた。
「こいつが何? 顔がないのは今更気にすることじゃないでしょ? あんた、4年前もインタビューしにきたし」
「ええ、ええ、勿論存じておりますとも! ですが、その時は中身は空でしたでしょう? 今になって文月往人にドーリストの相棒が出来た、と、こっちでは話題になっているのですよ! 一刻も早く真実を確かめねば、と思いましてね」
記者がずいっと体を寄せ、ハークを見上げた。ハークは呼吸もしてないのに息を止めるような気分で、必死に声を出さないように固まっていた。
「悪いけど、そいつはちょっと話が違うな。そいつはただのジュエリードール。ドーリストじゃない」
「おやそうでしたか。いえ、いえ、ドールの方が面白い。なんせあなたは文月往人なのですから! 4年前武闘会に現れた時のことを今でも覚えていますよ。あなたは非常に強いーーのもそうですが、非常にがむしゃらだった。勝つことにね。けれども優勝してみてどんな願いがあるのかと思えば、望んだのは出荷前の状態のドールの頭だけ! 驚きましたね! あなたはそのドールに並々ならない執着心を持っているはずでしょう? 今まで寝かしていたのに、どうして宝石を入れようと思ったのです?」
「どうでもいいだろ。人に、記者に話すようなことじゃない」
「左耳のピアス、今日は空ですね? 宝石はどうしたのですか?まさか捨てたなんてことはないでしょう。貴重なトウキョウシリーズですもの! もしや、同じ宝石が見つかったのですか?ですが、文月さんの討伐したモンスターに血液が透明なものはいませんよね。先日のモンスターはアメシストだったようですし……トウキョウシリーズはとても手が出ない値段でしょう。どこで宝石を手に入れたのかも、非常に気になりますねえ」
文月は呆れた目つきで記者を見上げた。記者はにやにや笑いをしながら黒い目を細めて意味深に文月を見た。
「ああでもやはり、どうして、の部分が気になりますねぇ。どうして彼女を目覚めさせようと思ったんです?あなたのせいで死んでしまったというのに」
「ーーあのさあ」
文月が言い返そうとした瞬間、
どん!
記者がたたらを踏んで文月から離れた。ハークは記者を突き飛ばした自分に驚いて、そろそろと伸ばした腕を引っ込めた。文月がハークを見る。ハークの透明な目玉いっぱいに、(やっちゃった)と書いてあるような気がした。
「おっ……と。へえ? ドールが怒った。あは。やはりあなたは心のあるドールを生み出す才能があるのかもしれませんねぇ」
「……うちのドールが失礼。でもそっちも大分失礼なこと言ったんだし、これでおあいこでいいでしょ?」
文月がハークの腕を掴み、自分のそばに引き寄せる。記者は突き飛ばされたことなんて全く気にしていない様子でにこにこ笑ったまま、「ええ、ええ、勿論!」と言った。
「じゃあ、あたしらは帰らせてもらうよ。バイバイ」
文月は返事を聞かずに、ハークを引っ張って記者のそばを通り過ぎた。ハークは記者を見ようとするのをどうにか堪えて、じっと前を見つめたまま、文月の後ろについていった。