d.文月とロック
結局、ハントを終了した文月が戻ってきたのは、夕方になってからだった。モンスターハンター協会で着替えてきたのか、擦り切れた黒い戦闘服を身に纏っている。病室の扉を潜るとポケットから手袋が一つこぼれて、床に落ちる前に素早く文月が拾い上げた。
「ずいぶん急いで来たな」
「んなこたないよ。ハーク、大人しくしてたか?」
「してました! 子供扱いしないでよ!」
文月が左手でハークの頭を撫でるのをハークが片手ではたく。口角だけ上げたゆるい無表情でそれを流す文月と、ハントの様子をおずおずと聞き出そうとしているハークを見て、箕作はひっそり目を細めた。
「今日は?」
「もちろん1位。肝臓はハズレ、研究所行きよ」
「そうか……お疲れ様。よし。文月も帰ってきたし、今日は帰れや二人とも」
「あっ、そうですね。随分お邪魔してしまって……」
「あーいいからそういうの。置いてったの文月だし。それじゃあ詳しい授業の日程とかは後で連絡するから」
「おう。じゃあ帰るぞ、ハーク。……ハーク?」
文月が帽子をハークに被せた。ぼうっとしていたハークがびくりと頭を上げる。文月の焦げ茶色の眠そうな目を見つめた後、ぎこちなく頷いて立ち上がった。
「それじゃあ、箕作。またな」
「またな、文月」
「お邪魔しました……その、箕作さん」
「ん?」
「ありがとうございました」
帽子を押さえて、ハークが深々と頭を下げる。箕作は苦笑を浮かべると、片手を振って応えた。
「いいって。ほら、早く帰れよ。街はいつまでも明るいが、夜は30年前と変わらず危ないからな」
病院の白く明るい廊下を歩く。夕焼けが大きな窓から赤い光を差し込んでいるが、ハークにはとても夕方には思えなかった。これからお見舞いなのか、殿茶色のジュエリードールを連れた人達とすれ違う。ハークは出来るだけ顔を見られないように俯いた。
そっと、文月の左耳を見上げる。籠のようなデザインの、でも空っぽのピアスを。そして、箕作から聞いた話を思い出す。文月と、彼女のドール、ロックの話を。
『ロックって名前のドールだったらしい。ロック・クリスタルのロック。安直だよな。文月が子供の頃に買われたとかで、付き合いは長かったらしい。今の文月よりちょっと若いぐらいの顔で、優しいお姉さんって感じだった。ドールだから当然だけどな。ジゴ袖の白いシャツがよく似合ってて……姉妹みたいに仲がよかったらしい。ドールと仲がいいってのも変な言い方だけど。
文月が18歳の時だな。モンスターが近くでポップしたらしくてさ。それで文月が狙われて、ロックが庇って、頭が無くなった……純正ドールの記録は頭に保管される。だから、お前が入ってるそのドールはもうロックじゃない。けど文月は、……4年前かな。急に武闘会に現れて優勝したかと思ったら、出荷前の顔のないドールの空っぽの頭を要求して、ロックにつけたんだ。何が目的かは分からないけど……お前の宝石の中に入ってるロック・クリスタルの欠片だって、ずっとピアスにして身に付けていた。多分、ずっと吹っ切れてないんだよ。
お前を見つけたのが文月でよかった、って俺は思うよ。お前には迷惑だろうけど。ロックの体に人間が入ってくれてよかった、って。だって、ドールは機械だ。機械にずっととらわれてるなんて、呪われてるみたいだからな』
「呪われてる、か……」
文月の猫背を見下ろす。強引で、いつもつまらなそうで、かと思ったら人が悪い笑みを浮かべるこの女が、誰かに執着するようには思えなかった。けれど、
『今日も一位』
と当たり前のように言った横顔が、どこか頼りなく見えてしょうがなかった。この時代ハンターの順位と言ったら戦闘時のダメージ量の順位らしい。あちこち煤けたーーところどころ破けてもいるーー戦闘服を見る限り、接敵して戦っているように見えた。文月に銃というのも想像できない。それは生身の人間にとっては、命がけと同じことだ。
(それを、毎回、一位だって)
それは、どれだけーー
「わぷっ」
俯きながら考え事をしていると、文月の後頭部に、ハークの平らなおでこがぶつかった。前髪が乱れる。顔を伺い謝ろうとすると、そっと広げられた左手に阻まれて隣に並ぶことが出来なかった。文月の横顔はまるで彼女が人形かのようにのっぺりとしていて、剣呑なようにも、警戒しているようにも見えた。
「練習の成果、見せろよ」
「えっ?」
文月が後ろ手にハークに深々と帽子を被せた。その時、女性の甲高い声が真正面から近づいてきた。