k.ハーク
「え、無理ですけど?」
丸メガネの奥に瞳を隠し、寝癖でボサボサになった研究者は言った。文月が眉をしかめ目を細め、胸を曝け出していたドールが「どういうことですか!?」と身を乗り出す。
「だって、このロック・クリスタル、完全にハーキマーダイヤモンドの中に包まれちゃってます。というか、融合してます。割ったとしたらロック・クリスタルも割れますよ」
「削れば?」間髪入れず文月が言う。
「削ってもいくらかはロック・クリスタルも削れますよ。少しでも減らしたくないんじゃないですか? 文月さん」
「そうだな」
「は? ……つまり、どうむぐぐ」
ドールが首を傾げると、文月は口を塞ぎながら面倒臭そうに眉をしかめた。
「しょーがない、っか」
「んむむ!?」
「お前はあたしが所有する」
「むぐ!?」
「ロック・クリスタルが戻ってこないなら、こいつごとあたしが所有する」
「む、は!? 殺すって話は!?」
「殺す? え!?」
「死にたくないってあんた言ってたじゃん。よかったね、うちに置いてあげるよオジョーサン」
「いーー嫌だ!! 助けておにーさん! 私実は」
「はいはい帰ってからおしゃべりしよーね!!」
ずぼっと宝石を胸から分捕り、文月はドールを黙らせた。ガクッと倒れる体を片手で抱え上げ、研究者を嫌そうに見る。
「質問は受け付けない。ついでに、今の会話、他言無用だから。あんたは宝石を分離させる方法探しといてくれる?」
「……あはは、相変わらず強引ですねえ。それはいいですけれど……期待しないでくださいよ? ……それと、文月さん。何度も言いますけれど、あなたのロック・クリスタルには何のデータも入っていないんですよ? 純正ジュエリードールの記録は頭部にしか入っていません。だからうまく分離できたとしても、『あなたのドール』は戻ってこないんですよ」
文月はちょっと研究者を見ると、変わらず研究室の出入り口で待機しているターコイズのジュエリードールを見た。まぶたを閉じ微笑みを浮かべている顔を。純正ジュエリードールそのもののアルカイックスマイルを。
「……分かってるって。ただ、あたしが持ってたいだけ。付き合わせて悪いね、いつも」
研究者は眉を下げてにこりとした。
「いえ。それじゃあ、ターコイズ?お客様がおかえりだよ」
呼ばれたターコイズがいそいそと3人に近づいてくる。文月に上着を手渡そうとして、
「ああ、荷物でいっぱいじゃないか。かけてあげて」
研究者に命令され直し、肩に上着をかけた。「サンキュー」と文月が微笑みを浮かべる。ドールを肩に担ぎ、片手に透明な宝石をしっかりと握り込んで、文月は研究室をあとにした。早く家に帰ろう。珍しくそう思った。英雄の遺産のせいか、担いだドールの重さも感じない。
「そういや名前どうしようか……本名だと面倒だな。……ハーキマーダイヤモンド。……ハークでいいっか」
透明な宝石を空に浮かんだ月にかかげる。黒と黄色と白が歪んでごちゃごちゃになった中に、文月のロック・クリスタルが揺蕩っている。
「悪いな、ロック。お前の宝石、ちょっと借りるよ」
文月が呟く。その声を誰も聞いていない。