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文月往人の透明な彼女  作者: 染井吉野
1二つのクリスタル
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a.トップモンスターハンター文月往人


 バ、バ、バ、バ、バ、と音に合わせて、ヘリコプターの大きな影がゆらりと動いた。


 箕作昭みつくりしょうは辺りへさっと視線を走らせると、目標が全て沈黙したことを確認して、構えていたアサルトライフルを下ろした。つるりとしたまぶたを動かすと、完璧に丸く反ったアルマンダイト(濃い赤)色のまつ毛が上下に動く。視線の先には、四メートル程度の大きさの紫色の翼竜が何匹か転がっていた。翼は蜂の巣になっており、紫色の血を流し、絶命している。箕作達が殺したのだ。


 箕作と同じようにカラフルな髪色をした者達がわらわらと集まってきて、モンスターの絶命を確認した。全員が同じ黒い戦闘服を着ていて、左腕についた腕章には、自由を象徴する銀色の蝶が飛んでいる。


 モンスターハンターだ。


 カラフルな髪色をした者は全員、驚くほど美しい顔をしていた。まるで作り物のようにーーいや、作り物なのだ。その色は宝石のものだ。ある者はルビー、ある者はサファイア。全員が宝石の色を体に宿している。ジュエリードール、と呼ばれる、戦闘に特化したアンドロイドだ。もっとも、中身(意識)は全員人間なのだが。


 ハンター達は敵が全て死んだことを確認し終えると、武器を下ろし、ジ、と腕についた機械を見下ろした。モンスターへ与えたダメージに応じてハンターにはポイントが割り振られ、順位に応じて報酬が得られる仕組みになっている。討伐したエネミーモンスターの死体を先に獲得出来るのも、当然順位が高いハンターだ。今回の一位はーーと箕作も腕に目を落とすと、ハンターの一人が叫んだ。


「またか! 文月あやつき!!」


 全員の色鮮やかな視線が嫌な感情を浮かべて、一人の女へと集中した。


 夏の照つく日差しを黒々と反射する髪は背中まであり、ところどころ寝癖がついている。支給品の戦闘服は好き勝手に着崩され、その者のがっしりとした骨格を明らかにしていた。一人だけ輝きの薄い焦げ茶色の目をした女は、身の丈ほどもある両刃が潰れた大剣を地面に突き刺して、ぼんやりつまらなそうな顔で腕の機械を全員に見せた。


挿絵(By みてみん)


「あたしが一位。勿論貰うのは肝臓だ。文句ねぇな?」


 一位、二十四万五六百ポイント。機械にはそう書かれていた。竜胆色の髪のハンターがわなわなと両手を震わせる。


「ふっざけんな……! いつもいつもいつもいつも邪魔ばかりしやがって!! 「生身の」お前には宝石は必要ないだろ!? 金目当てで肝臓をとるんじゃねえ!!」


 足を踏み鳴らし銃を振るハンターを見て、文月以外の全員が哀れみの表情を浮かべた。灰色に濁り始めた彼の髪の毛と瞳を見て、だ。彼が、もう直ぐで死んでしまうと思ったから。宝石はジュエリードールにとって命そのものだ。その色が灰色に近づき始めたら、寿命が近いという証。機能がガクンと落ち始める。それは、人間が入っていても同じこと。


「俺には宝石が必要なんだよ!!! 金なら出す! だから……」


「端金だろ? どうせ。正規ルートで買える金があるならそもそもあたしに声なんかかけない」


「かっ、金の亡者め……! なんでお前みたいなやつがハンターになれたんだ……!」


「決まってるだろ? 強いからだよ。お前よりずっと強いからだ」


 文月の腕章にポツンとついているトウキョウダイヤモンドの星章が、夏の太陽光を反射させてキラリと光った。大剣にも同じ星章がついている。四年に一度開かれるモンスターハンターの武闘会で優勝した者のみに与えられる、栄誉ある星章だ。文月は第二十七回目優勝者だった。生身の人間が優勝するのは、実に三十五年ぶりのことだった。


「強いならまた一位がとれるだろ!? 俺の宝石はラベンダー翡翠(紫色)なんだ! 譲ってくれよ! 色が近いエネミーモンスターがいつ現れるかなんて分かんねえ。俺はまだ死にたくないんだよ!」


「お前の事情なんか知るかっての。文句あんなら強くなれば?」


「~~お前なんか、お前なんかなあ……!」


 男が銃を、続けて文月が剣先を浮かせた。周りで見ていたハンター達も武器に手を伸ばす。


 ガウン


 と、一発、銃声が空へ消えた。二人を遠巻きに見ていたハンターたちが振り返る。箕作だった。煙を吹く黒い銃口で、頭上で旋回しているヘリを指す。


「やめろ。ーー見られてるぞ。ハンター同士の私闘は禁止だ。お前ら豚箱に入りたいのか?」


「ねーさん」


 箕作がずんずんと歩いて来て、文月の剣先を蹴飛ばすと、文月は面倒臭そうに目を細めた。肩をすくめ剣を腰にしまう。頭上では、モンスターハンター協会のヘリがゆらゆらと成り行きを見守っている。まだ降りてくる気はないようだった。だが、いつまでも見逃してくれるとは思えない。


「歳下にねーさんは止めろと何度もーーまあいい。お前も銃を下ろせ、ラベンダー翡翠? 文月はもうしまったぞ」


「……地獄に落ちろ、ドール嫌いめ。次に戦場で出会ったらーー」


「おい!」


「お前もいずれ俺の気持ちが分かるぞアルマンダイト! いつまで文月の肩が持てるか、見ものだな!」


 男が銃を腰にしまい、二人に背を向ける。三人を見守っていたハンター達も肩の力を抜いて獲物をしまっていく。

ヘリコプターのホバリング音が近づいてきて、全員の耳につけたイヤーカフ型の通信機から平坦なオペレーターの声が聞こえた。


『目標の鎮圧を確認。敵影無し。回収を開始します』


 十数メートル上に降りてきたヘリから梯子が落とされ、するするとドール達が降りてくる。全員が同じアルカイックスマイルを浮かべた彼らこそ、純正のジュエリードール達だ。


 すらりと長い手足と首は細く枝のようで、華奢な肩と尻は性別を感じさせない造りになっている。顔はもちろん小さく人形のように左右対象に整っていて、人によっては気持ち悪さを感じるほどだ。服装は白い半袖シャツに短いセーラーパンツといった簡素なものだったが、場所が違えば何かのショーにでも見えそうなほど、目を引く美しさだった。


 文月はワラワラと地面に降り立った人形達が蟻のようにモンスターを回収して行くのをつまらなそうに見つめ、左耳につけた透明な宝石の入ったピアスを撫でた。


「あーあ、大物が来てくれればいいのに」


 焦げ茶色の髪の毛が風に飛ばされて口を隠し、その呟きは誰にも聞こえなかった。

 


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