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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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稲富祐直

作者: 小城

 パラパラと雨が降っている。稲富祐直は山野の洞窟で夜を明かしていた。既に、関ヶ原の戦いは勝敗が決着していた。もとより、祐直は関ヶ原には参戦していない。主の細川忠興が参戦している。祐直は大坂の細川屋敷で、忠興の妻ガラシャの警護を小笠原松斎、河喜多石見と共に任されていた。細川屋敷には案の定、石田三成の手勢がガラシャを人質にしようと攻め寄せて来た。ガラシャは石田三成の手にかかることを拒んだ。彼女はその修義から自害は禁止されていたので、代わりに我が身を家老に槍で突かせ、生涯を終えた。しかし、その場に祐直はいなかった。細川屋敷が石田の手勢に包囲される前に姿を消した。祐直がガラシャに殉じることはなかった。後に、そのことを知った忠興が祐直に追捕の者を差し向けることになる。

 祐直は丹後国の忌木城主稲富直秀の子として生まれた。彼の祖父、直時は、鉄砲名人と言われた佐々木少輔次郎義国より砲術を学び、それを祐直に伝授した。さらに祐直はそれに工夫を加えて、砲術の一派を作り上げた。1543年。種子島に鉄砲が伝来して以来、瞬く間に、この火器は日本全国に広がった。やがて、その保有数はヨーロッパをも上回ることになる。鉄砲の普及とともに、その鉄砲の使い方である砲術も生まれた。そのもっとも有名なものが、祐直の稲富流である。

 雨が大ぶりになった。地面に敷いた筵からは水滴がこぼれている。激しい雨音を聞きながら、このとき祐直が考えていたことも、また、鉄砲のことであり、砲術のことであった。やがて、雨音は鉄砲の炸裂音に代わり、祐直の耳に入ってくる。彼は、主君の夫人であるガラシャに殉じることを良しとしなかった。彼の頭は常に合理的で自然科学的に物事を見ようとしていた。もちろん祐直はガラシャを見知っていた。隠れて教会へ行く、ガラシャの姿を見た祐直は、自分の中になぜか中空から広がる得体のしれない力を感じたが、ほどなく、それは霧散した。今の雨音を聞いている祐直はそのときの感覚を思い起こそうとしているが、その感覚は再現することはできなかった。代わりに、この世の生と死についてのことが思われてくる。この頃の日本人の多くは仏教徒であったので、祐直もそうであった。般若心経では、この世のすべては空であるという。雨が落ちてくるということと、鉄砲の玉がはじき出されるということは同じである。そこには何か得体のしれない力が働いているのだと祐直は思っていた。ガラシャは夫の足手まといになりたくなく果てた。そして、家老の河喜多石見と小笠原松斎はガラシャに殉じた。それは役目の不手際からなのか、それとも、個人の感覚からなのかは分からない。ただ、祐直は今、この激しい雨音を聞いている瞬間は、それらの煩わしい戦国武者たちの事象から逃れることができた。そして、彼は自らの思想を享受し、体験してくれる仲間を欲していた。そのために、彼は得体のしれない感覚たちを捨てて、今、この洞窟で寝ているのである。

 祐直はその後、忠興の追っ手から逃れて、井伊、浅野、徳川といった大名のもとを頼り、その先々で自慢の鉄砲の技を教え、伝授した。彼は、そのときだけ、件のモヤモヤとした煩わしさを忘れることができたのである。しかし、やがて、どんなに弟子たちに鉄砲の講義をしていても、いつもモヤモヤがついて離れなくなった。彼は出家して、一夢と名乗った。彼は、子どもの頃、祖父から教えてもらった鉄砲というものに夢を見ていた。そのために世の中の煩わしさから離れることができたし、自ら離れた。しかし、彼も気がつかないどこかでそのモヤモヤはいつもついていたのかもしれない。そして、それに嫌気がさして、自らを一つの夢であらんとした。祐直は慶長16年(1611)の三月に、60歳でこの世を去った。その瞬間、祐直は例のモヤモヤから離れられたのかどうかは分からないが、祐直の亡くなったその日は激しい雨が降っていたという。

この小説は創作であり、一部、歴史的事実とは異なる部分があります。

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