第6話 ーー 出会い ーー
暫くすると轍が見えてきた。
砂や砂利でできたそのボコボコした窪みを踏み付けてみると、何だかよくわからないがウキウキする様な言葉に表し難い明るい感情がじんわりと湧いてきた。
ーームフフ。
ヤバい。思わず気持ち悪い声が漏れでてしまった。
このボコボコも懐かしいな…小さい頃、この窪みにククの実を入れて、馬車が通り過ぎるのを待ってたことがあったなぁ。
ククの実は、硬い殻に覆われていて子供の力では殻を割ることが出来ない。
大人でも鉄槌で叩き割るか、特殊な道具で穴を開けてそこから無理矢理こじ開ける方法しかないのだが、当時、鉄槌を扱えなかった僕は必死に頭を働かせて考えた結果、「轍に薄い石を敷きその上にククの実を入れて馬車がその上を通り過ぎたら割れるはずだ」と閃いて実践したことがある。
まぁ、結果は馬車が脱線し、転倒しかけ、お師匠様に大目玉を食らうという最悪な結末を迎えたんだけどね。
今思えば、信じられない事を子供の頃は平然とやってのけたもんだ。神経を疑うような事ばかりして考えが足りないというのか、なんというか…
やめやめ!黒歴史は解散!!頭の中をクリアにしよう!!
とかなんとか言いつつ、その後も悶々と脳内で黒歴史の公開劇ながら歩き続けていると、ふっと 人の気配がした。
立ち止まって顔をあげると、離れたところで荷馬車が停車しているのが見える。
ピューローロー
アルが僕の上で鳴きながら旋回している。
そっと腕を差し出すと帰ってきたが、特に威嚇する様子もない。
つまり、あの人達の武器の携帯はほぼほぼ無い様だ。
念の為にローブの下に隠した腰の短剣にゆびをかけ、警戒しながら近づいて行く。
目を凝らして視れば、あの荷馬車は二頭引きの様だ。人影は2人…いや3人か。
荷馬車の後方に2人。馬の側に1人。その他にいないか気配を探るが、視覚的にもあの3人だけの様子。
何やら後方の2人(服装や身長的に男女)は荷馬車の外で何か揉めている様だ。
声の聞こえるところまで近づいて少し様子を伺うと、「行くぞ!せーの!」男性の大声が聞こえた。
男女共に荷馬車に体重をかけて押しているようだ。
どうやら、荷馬車の左側の車輪が泥濘に嵌り、空回りして前に進めない様だ。
此方への敵意はない様にみえる。危険は少なさそうだ。
「大丈夫ですかー?!」
僕が大声をかけながら駆け寄ると、最初は怪訝そうな表情をしていた女性も男性も何処となく嬉しそうな顔をする。
男性は40代後半位、長身に程よい筋肉と赤茶色の短髪をしていて、グレーのシャツに黒のズボンを履いていた。
女性は40代前半程、小柄で目鼻立ちの良い美人。茶色い長髪を三つ編みにして前に流している。深緑の落ち着いたワンピースを着ていて、優しい目をしている人だ。
「こんにちは。大変そうですが、何か揉め事でも?」
「おぉ、こんにちは。旅人さん。実は荷馬車の車輪が泥濘に はまってしまい進めないのです。先ほどから何度も、妻と娘と一緒に引き揚げようとしているのですが…お恥ずかしいながらどうにも動かず、困っていたところでして。どうかお力をお借りできませんか?」
「私からもどうぞお願い致します。」
男性は藁の帽子を脱いで胸に当てて、頭を下げた。
女性も男性と同じ様に頭を下げる。
「僕で良ければお手伝いさせてください。」
「あぁ!ありがとうござい『お父さん、お母さん、どうしたの?』
男性の声に被せ気味の声の持ち主が荷馬車の横からひょこりと顔を覗かせた。
現れたのは母親に似て小柄で美人な、僕と歳の変わらないくらいの女の子だった。
肩より少し長くて緩やかなウェーブがかかったかみが、ふわりと風に揺れる。
淡い桃色のワンピースがとてもよく似合っていた。
「ルカ。今、旅人さんにお力添えをお願いしていたのだ。旅人さん、娘のルカです。遅くなりましたが、私はジャン。こちらが妻のエーリアです。」
ジャンさんとエーリアさんは会釈をした。
対してルカはにっこり笑って小さく手を振っている。
「ご丁寧にありがとうございます。僕はアラン。コイツは相棒のアルです。」
「素敵…綺麗な鳥ね。アルはもしかしてエナーマリ?」
ルカさんは触れはしないけど、荷馬車から近づいてアルをじっくりと…舐める様に見ている。
「はい。そうです。……触ってみますか?」
「えぇ!!いいの?!私、実物をはじめて見ました!!本物はこんなに綺麗なのね!!」
ルカさんは目をキラキラと輝かせて僕とアルを交互に見つめる。
か、可愛い。
「やめないか!ルカ!アランさんも困るだろう!すみません、うちの娘が…」
ジャンさんが申し訳なさそうに何度も頭を下げてしまう。
「いえ、大丈夫ですよ!アルを触る時は背中を優しく撫でてあげてください。」
ピー
笛は短く。【静止】
指示としては、鳴かずに動くな。
この指示なら命の危険がある時や顔を撫でたりするなど、余程嫌な事をされなければ動かない。
余談だが、静止という指示でもあり、待機という指示でもある。
「ここを、こうやって羽の流れに沿って撫でてやってください。ほら、やってみて下さい。」
「わかりました!…ここですね…。」
ゆっくり、恐る恐ると伸びた細い指先は、ちょこんとアルの背中に触れ、動かないと解ると掌で優しく撫ではじめた。
「うぁあ!可愛いー!綺麗ー!かっこいいー!意外と硬い。」
何度も往復して撫でては顔を綻ばせ、心底嬉しいのだと顔面からひしひしと伝わってきた。
エーリアさんはおろおろと娘の行動に戸惑い、僕を見て、今一度頭を下げる。
「すみません。ありがとうございます。」
「いえいえ、お気になさらないで下さい。アルも喜んでますから!」
うちのアルくん、若い女の子は好きなんだよね。お師匠様からは“動物は育て主に似る"とは正にこの事だと言われたけど、絶対僕にはそんなとこ似ていないと、アルだけだと、そうだと思う。思いたい!思いたいな!
「アランさん、ありがとうございました。アルもありがとう。」
「いえ、お気になさらず。喜んでいただけた様で良かったです。と、すみません。話が逸れてしまいましたね。荷馬車を助け出さなきゃ!」
僕は右手の笛を手にすると、ルカがまたあの眼で見ている。
「これは 術笛と呼ばれる物です。これを使ってアルに指示を出すんですよ。」
「凄い…」
笛を2度吹いて【解除】の指示を出すと、アルはグローブの上でバサバサと翼を広げ、少し、立つ位置をずらす。
「うわぁ!今は何をしたんですか?」
「今、動いてもいいと指示を出しました。そしてーー」
少し助走をつけて左手を上に向かって投げる。
アルは大空へ羽ばたいていき、すかさず笛を鳴らした。
【周囲】【警戒】【威嚇】
「これで、アルは近くに危険な動物や人がいないか警戒してくれるんです。また、小さな動物を威嚇して近づかないようにして貰っています。」
「…凄い…かっこいい…」
それは、小さくて聞き取りにくい、思わず口から溢れた声だった。
僕に直接言った訳では無いのだけど、ばっちり聞こえた僕としては嬉しくて思わずニヤニヤしてしまっても仕方ないだろう。
僕を褒めてくれた訳じゃ無いのはわかっているんだけど、相棒を褒められると自分のことの様に嬉しい。
「よし!では、荷馬車の車輪を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
アルの事を目で追っていたジャンとエーリアはハッとこちらへ眼を向けると、慌てて車輪の方へ案内してくれた。
僕は一言断って、車輪が破損していないか確認する。
「よかった。特に問題ありませんね!」
「では、私はこちらから持ち上げますので、アランさんはあちらを『いえ、ジャンさん。僕達で持ち上げますので、ジャンさん達は休んでいただいて大丈夫ですよ!』
「え?それはどういう事ですか?」
ジャンさん達ファミリーは頭にハテナが飛びかっている。
「こういうことです。……風を司る精霊シルフィードよ。キミの力を貸して欲しい。契約の元、アランが命じる。どうかこの声に応えておくれ。」
ふわりと風が舞う召喚紋から現れたのは、桃金色の髪の少女だった。
「アラン!久しぶりなの!会いたかったの!」
彼女は、僕の腰にギュッと抱きつくと、深藍色の瞳を細めて微笑んでいた。
金桃色の髪は毛先に近い程、桃色が濃くなっているグラデーションのかかった不思議な髪で、クルクルフワフワとしており、肌は色白。若葉色をした膝丈のフリルのたっくさんついたひらひらしたワンピースの腰には大きな白いリボンが付いていた。
真っ白ソックスに真っ白の編み上げブーツは、彼女が人間界で一目惚れしたものらしい。
見た目は人間の幼女の様だが、その背には人には触れることの出来ない羽が生えている。
いや、羽根とはまた違うのかもしれない。
くりくりっとした瞳と同じ色の まるで翡翠の様な結晶や宝石に近い、ガラス片の様な羽根…。
いつまでも見ていられる気がするけれど、その様を他人に見られたら終わりな気もする。
「久しぶり、フィー。いっぱいお話ししたい所なんだけど、先を急いでいるんだ。悪いんだけど、先に僕のお手伝いをしてくれる?」
フィーはプクッと頬っぺたを膨らませて、ムスッとした眼で僕を見る。
あぁ、拗ねてしまった。でも、可愛い。
ごめんねっと一言断って、頭を撫でる。
「フィー、頼むよ。」
「……お手伝いが終わったら、王子様のキスをして欲しいの。じゃなきゃダメなの。」
フィーは抱きついたまま、そう言うと僕の臍辺りにおでこをグリグリと押しつけた。
「わかりました。僕なんかでよろしければ喜んでいたしましょう。」
「約束よ?絶対なの!」
僕の気取った態度に、フィーと顔を合わせて笑った。
頭を撫でている手を両手で掴むと、ギュッと握り締めてキラキラとした眼で僕を見ている、、、可愛い。
「アランさん、そちらは もしや精霊様でいらっしゃいますか?」
エーリアさんは恐る恐るこちらを窺っている。
何故だろうか。何かまずい事でもしてしまったのか?
思わず、ジャンさんの顔を見たけれど、眉間にシワを寄せたすごい顔をしていた。
いやいや、大丈夫な筈なんだけど言ってしまえば僕はこの歳まで家から1番近い村にしか行った事なかったし…
あれ?お師匠様とラルゴも「外では精霊を召喚ぶな」なんて言わなかったから気にせず召喚んじゃったけど問題だったのか?やらかしちゃった?それとも宗教的な問題で精霊は召喚んじゃ行けなかったりするのかな?え?でもそんな宗教あるなんてお師匠様言ってなかったと思うんだけど。いやいや、お師匠様が何もかも全て存じているなんて事は無いだろうし。お師匠様が何でもかんでも教えて下さる訳でもないと思うし?いやでも、宗教的に精霊が駄目だった場合、知らなかったとはいえ罰さられる可能性も高いのでは無いか?え?僕が罰を受ける?不味いぞ不味い!それは不味い!懲役数年とかだった場合は成人の儀までに間に合わない!そんな展開お師匠様に顔向け出来ない!目も当てられない!そもそもそんな短い懲役で済めばいいけど、情状酌量の余地無し、懲役20年!なんて事だったらどうしよう!?手汗が凄い!!
「アランさん?」
「………あの、僕は今まで森の奥に住んでいたので世情に疎いのです。もしかして、精霊を呼び出すのが違法行為だったりしますか?」
たらりと汗が背中を流れた気がした…
ジャンさんは両眼を見開き、とんでもない!と首と両手を振った。
「いえいえ、そう言った意味の質問では無くてですね。この辺りの村なんかじゃとてもじゃ無いが精霊様なんて、御目見する機会も無いものでして。私も産まれてこの方見た事なかったんですよ。お目にかかることができてとても幸栄です。」
あ、良かった〜。一安心。
でも、ジャンさんの歳で見た事ないなんて。
僕の中の常識は、森の外では通用しないのか。
今後は人目を気にして召喚出したほうが良さそうだな…トラブルの元になりそうな予感しかしない。
「綺麗…まるで絵本の中のお姫様みたい…」
僕の心配事を他所にルカさんが先程よりも光り輝く瞳でフィーの事を見ている。
フィーも満更でもない顔でふわりとルカのそばに寄った。
「ねぇ、フィーのことをなんて仰ったの?」
「お、お姫様みたいです。とっても綺麗で、可愛いくて、まるで御伽噺に出てくるお姫様の様です。」
「そう。」
フィーは、右手の親指と人差し指で輪を作るとその間へ息を吹きかけた。
そこから生まれた吐息の風が、ルカの足先から髪の先まで纏わり付く様にふわりと舞い上がった。
不思議なことに宝石でも砕いた様な細かなキラキラとした何かが風の中に確かに合ったはずだが、その輝きは触れることができず、気が付いたら、風に乗ってどこかへ消えてしまった。
「あげるのよ。感謝なさい。」
フィーがしたり顔でそういうと、僕のローブの中へと隠れた。
耳が真っ赤になっているから、今度は照れているみたいだ。
可愛い…
「あ、あの、今のは一体…なんだったのでしょうか。」
思わず触れられない光り輝く何かに手を伸ばした彼女は、目をパチクリさせて自身の手や、裾や袖を触っている。
「加護…と僕らは呼んでいます。フィー達精霊は、人や動物へ特別な力を与えることがあるんです。その力は誰にでも授ける訳では無いのですが、ルカさんの事をフィーが気に入ったみたいですね。」
フィーの頭を右手で撫で撫ですると頭頂部から生えている桃金色のくるりんとした触覚のような髪がぴょんぴょんと跳ねていて、とても可愛い。
「こ、これが加護…?え?わ、私なんかにそんなッ」
「ルカさん、こういう時はただ一言だけで良いんです。ね?フィー。」
「ん。」
わたわたと手を動かして動転していた彼女は、ローブから出てきたフィーを見ると顔を綻ばせて、手を握りしめた。
「あ、ありがとうございます、フィー様」
「別に。かまわないの。」
フィーも言葉とは裏腹に表情は嬉しすぎるからか、頬が緩みまくっている。
まるで僕たち2人とヒトリの間にだけ温かい空気が流れているみたいだ。
例えるなら、目に見えない花がポンポンと次々と咲き乱れる様な、仔猫が戯れ合っているのを見ている様な、年寄りが孫を見ているときの様な、そんな感じだ。
誰の事が年寄りなのかとかは気にしたら負けだ。
そう、誰とは…いえ…ない…。
断じてまだ僕は年寄りではない。
フィーの口調、ワガママなお姫様風にしたくて、でもちょっと癖のあるキャラにしたくて、、、
悩みに悩んだ挙句4回ほど修正を入れました。
そのうち訳がわからなくなっていって…現在の様な話し方に。
ちょっと作者は未だに悩んでいるので、また修正を入れるかもしれません。