第2話 ーーれっつくっきんぐーー
流し台の横に引っ掛けてある前掛けを腰で着ると、今度こそ、川に持ち込んだ桶ごと魚を流し台へ置いた。
「火炎を司る精霊サラマンダーよ。キミの力を貸して欲しい。契約の元、アランが命じる。どうかこの声に応えておくれ。」
「まぁ!サディーを呼ぶのね!!」
フラウは笑顔満開で姿勢を正した。
キラキラと目を輝かせ、手を伸ばして待機している。
何故ならーーー
「久方振りだな。元気そうで何よr「サディィイイイイ!!お会いしたかったわ!元気にしていたの?相変わらずとっても可愛いわ!」
ーー彼女はサラマンダーのサディを大が付くほど好きだからだ。
そのサラマンダーはふっと天井の召喚紋から落ちるように現れると、宙返りして僕の頭の上に着地した。
そして着地するや否やフラウは正面から僕ごとサラマンダーを抱きしめる。
僕の顔に押し付けられた豊満なおっぱ ゲフンゲフン なんてナイスバディなんだ。全くけしからん。しかもなんてフローラルな香りなんだ。最高じゃねぇか。もっとしてくれ。
至高のひと時はなんともあっさりと終わってしまった。
フラウはサラマンダーだけをぬいぐるみの様に抱きかかえ、頬擦りしてはニヤニヤとしている。
一方、サディの尻尾と後ろ足がダラリと垂れ下がっている。当然のようにサラマンダーのテンションもだだ下がりである。
僕の手によって召喚されたサラマンダーは、玄色(赤や黄みを含んだ深みのある黒)のボディーに黄丹の斑模様がなんとも言えない微妙なセンスの良さで配置されている蜥蜴の様な小さな竜だ。
小さいと言ってもそれこそぬいぐるみの様な手頃な大きさ(全長80センチ程度)はあるけれども。
確かにクリッとした可愛い目と爬虫類独特の愛らしい口元、ポコポコとした鱗は指に引っかかることなく滑らかで触り心地は良く、こんなぬいぐるみがあったら遠目に見ている分にはそこそこ可愛いとは思う。
だが、フラウのそれは少し異常だ。
頬擦りして、撫で回して、眼に入れても痛くないと言わんばかりの可愛がり様だ。
え?そんなに可愛いか?!見た目大きめのトカゲだぞ?!なんて、言えるわけがない…言えたらいいのに。
「あぁ、サディってば何でそんなに可愛いのかしら…好き、大好きよ!凍らせていつまでも眺めていたいくらいだわ!!」
サラマンダーに更に頬擦りして愛を語っているが、後半が何やら物騒な気が…しなくもなくもないような?
ふたりの頬同士がぺったりを通り越してべったりとくっついていて、押し付けられて事により押しあがった頬肉が、もちっとしていてそこは大層可愛らしい。
「はぁ。おい小僧!毎回毎回何故この娘がおる所に我を呼びつけるのだ。見よ、早々に捕まっておるではないか!」
宙ぶらりんになっている後ろ足達の谷間から長い尻尾が不機嫌そうに揺れている。
そして、俺の右頬をその尻尾が攻撃している。
ちょっと、サラマンダーさん?バチンバチンと何気に痛いんですけど…
「ごめん ごめん。ほら、フラウ。もう少し優しめにね?サディに嫌われちゃうよ?」
「えぇ。でも、サディが可愛いから仕方ないじゃない…ついつい構いたくなってしまうのよ。ちょっと抱っこするくらいはいいでしょう?サディ、許してね。」
彼女は少し遠慮が足りないところがあるが、まあ悪気があったわけでは無いのだからサディも許してくれるだろう。
なにせ、溜息をつきながらもそれ以上のことは口にはしないのだから。慣れな気もするけど…
ちなみにサディなんだが、初めて召喚した時はサラマンダーと呼んでいたのだけれど、何度も召喚する度にいちいちサラマンダーと長い名前を呼ぶのは、言いにくいし面倒くさい。
そこで僕が勝手につけたあだ名である。そのうちほかの精霊達も呼び始めた為にサディが諦めて今の状態に至っている。
閑話休題。
「サディ、今日も晩ご飯の準備を手伝ってね。」
「御主は我への認識が間違っておらぬか?」
サディからの冷めた目線は感じない事としよう。
僕は右側からの冷たさには気づかないフリをして手頃な大きさの魚を手に取る。さてと今日の献立を即席で考えようかなっと。
「よし!それでは今日の献立は 魚の塩焼きとタレ焼き、照り焼きに魚の香草焼き。それから 素揚げ魚に山菜のあんかけをかけるだけの簡単な一品に、後は旬野菜のマリネを焼き魚に乗せて南蛮焼きにして それに魚の唐揚げと魚の竜田揚げも用意しよう!それと…魚の刺身と魚のカルパッチョ風サラダも用意して、小魚は佃煮と天ぷらにしようかな…かき揚げも良いかもしれない!あ!それと大きめの魚は腹わたを出したところにハーブを詰めて衣をつけて揚げよう!…万歳白身フライ(師匠命名)だったかな?それ用のソースとマヨネーズも作ろう!揚げてばっかりだから師匠の好きな煮魚も良いな!後は煮こごりを作って、それから、魚を骨まですり潰して団子を作ってスープに入れるのも!あぁ!すり潰すなら蒸してはんぺんもどきも作った方がいいかも!!それから…
「ちょ、ちょっと!ちょっと!待ちなさい!アラン!一体どれだけ作るつもりなの!?それこそ、1日がかりだわ!馬鹿なこと言ってないで、必要な分だけ作りなさい!残りは凍らせたままにして明日食べればいいの!」
ぺちんと僕の手がフラウに叩かれて、魚が流台へ落ちた。
人差し指で僕の額を小突いて叱言をいっているその姿は、生前のお師匠様を想い起こす。
あぁ、そういえば小さな頃にも こうやってお師匠様にお叱言を受けたな。あの頃は何をやらかしたのだったか。はっきりとは覚えていないけど、叱って貰えるなんて今思えば贅沢な事だったのかもしれない。
フラウとお師匠様が重なってみえて、何故だか笑いが込み上げてきた。
「はぁ、御主は阿呆だのぅ。特に食への拘りが強すぎて二の句が継げぬ。」
するりとフラウの腕から逃げ出したサディは、僕の肩へと飛び乗った。
「そうね、サディ。私も叱っているのにこの態度は流石に呆れてものが言えないわ。怒られているっていうのにゲラゲラと笑ってるなんて。」
「あー 笑った、笑った。じゃ、今日はシンプルに焼き魚にします。」
笑いも収まってきたから、改めてレッツクッキングと洒落込みましょうか!洒落てんのかは別としてね!
僕はナイフを片手に魚へと立ち向かう。
フラウに絞められた魚をサディの息で解凍してもらった。4匹程。
布で魚が滑らない様にして抑え、鱗を剥がし内臓を取り出して中を洗う。
次に塩水に漬け込んで置く。
その間に汁物の用意をしよう。
鍋に水を入れて、そこに先日作った小魚の干物(頭を割り、身も半分に割いて内臓を捨てて干した物)を手でバリバリと割り入れる。
そのまま鍋は放置して、家の前の畑から根野菜と葉物を少し収穫。
帰宅して洗って切っておく。
地下の貯蔵庫に燻製した肉がまだ残っていたっけ。
「ごめん、フラウ。悪いんだけど、貯蔵庫の肉を持ってきてくれないか?」
「えぇ、かまわないわ。いつものやつね?」
フラウはふわりと降り立つと、トコトコと歩いて貯蔵庫に向かっていった。
…あんなにしっかり歩いているところは初めて見たかもしれない。
思わず凝視してしまった…
最早何もいうまい。
「小僧。いつも通りならそろそろ鍋に火をつけても良い筈だが、どうじゃ?」
「うん、よろしく頼むよ。」
サディは口から赤いシャボン玉を作り出した。
シャボン玉はフワフワと鍋の薪まで飛んで弾けた。
そこから小さな火が上がり、パチパチと音を立てて燃え広がる。
ちょうどいい火加減だ。
人の手では再現は難しい魔法の火。何度見ても凄い。
鍋の中にさっき切った根野菜を入れて、沸けるまで待つ。
待っている間に塩水に浸けて置いた魚を取り出して切り込みを入れ、酒をかけて軽めに塩を振る。
鉄串を二本突き刺せばこれで準備完了。
お師匠様が生前作ってくださった魚を焼く専用の陶器の蓋を開けた。
この陶器の中には沢山灰が入っていて、この灰の上に炭を置いて使うのだ!まぁサディに着火して貰わなきゃ意味ないんだけどね。
「サディ、お願い。」
サディはさっきと同じ様にシャボン玉を作り出して着けてくれた。
僕は4匹の魚を陶器の上に横にして置く。
そうすると、陶器の口に鉄串が乗って、魚だけが炭の上に横になるのさ!
火の当たらない部分は、鉄串をくるくると回して当てていく。
「ただいま戻りましたわ」
フラウがニコニコして帰ってきた。
帰りはいつも通り、浮いて…飛んで来たみたいだ。
お礼を言って、肉を受け取るとフラウは嬉しそうな顔をしてサディをひょいと抱き上げた。
えへへーとニコニコしながら、嫌そうな顔のサディの頭を撫でている。
燻製した肉を一口大にして鍋の中へ。
コトコトと煮込んで、最後に葉物と香り付けにハーブを少し。
葉物に火が通ったら、火から上げてハーブを取り出して捨てる。なぜなら後から苦味がハーブから出てしまうので!
一方その頃、お魚さんはフラウとサディがくるくるしていました。良い焼き加減にサディもご満悦の様だ。
お魚って本当に何しても美味しいですよね。
私はその中でも特に寿司が好物です。
小さな頃から良く食べてましたが、寿司の中でも特に苦手だったのが、大将が酔っ払いすぎて原型をとどめていられないお寿司です。
多分、あれは握ったとは言えないと思います。
触った。そう!触ったお寿司です。