第1話ーーお魚勝負ーー
やっと主人公初登場回です。
年齢的にも例の病気に侵されていてくれる筈なので。
若気の至りありきの主人公な感じで。
蒼い空、白い雲。
小川のせせらぎと樹々の合間を縫って飛ぶ小鳥の囀りが聴こえる。
小川の向こうには小さな白い花が所狭しと咲き乱れ、その見た目にそぐわずとても強い香りが春風に乗って僕の鼻を刺激する。
僕は木の桶と蓋を持って小川に駆け寄り、いそいそと水面を覗き込んだ。
其処には 白い肌に鈍色の髪、深緑色と紅色の瞳をした少年が 嬉そうな顔して僕のことを見ていた。
その少年から 少し川上の方を見ると 其処には少し腹を膨らませた川魚が流れに逆らって泳いでいる。
それを見つけた僕の顔は、またも とびっきりの笑顔だったことだろう。
スボンを脱いで 近くの木に引っ掛けてくると、木の桶の蓋を開けて川の脇に置いておく。
そして、僕は少しだけ助走をつけて川上側へ飛び込んだ。
バシャンッっと大きな音を立てて水面に吸い込まれた僕は、息を止めていた顔を水から勢いよく飛び出させた。
水深は僕の胸より少し低い程度。シャツも下着もびしょ濡れにして、僕は今日の獲物を探す。
見つけた。
僕の飛び込んだ水音に驚いたのだろうか、近くの岩陰に隠れて泳いでいる。
「冷寒を司る精霊フラウよ。キミの力を貸して欲しい。契約の元、アランが命じる。どうかこの声に応えておくれ。」
蒼白い光を放つ召喚紋が水面に拡がり、フワリと風がたつ。
「あらあら。また 今日もお魚の為に呼び出したのかしら?アランは相変わらずお魚が大好きなのね。」
召喚紋から 現れた彼女は 白銀の長髪に白い肌、尖った耳を持ち合わせた美女だ。
宙をふわりと舞い、川の水面に立つようにそっと降りてくる。そして淡い青色の瞳を細めて僕を見つめて微笑んでいた。
そんな彼女と視線が噛み合うと、つられて僕も笑ってしまう。
「ははっ、その通りだよ フラウ。今日もまた “お魚の為”なんだ。でも、今日はいつもと少し違うんだよ。なにせお師匠様の命日なんだ。お師匠様の好きな食材で好きだった料理を作る。それをお供えしようと思ってーーーだから、今日は“お師匠様の為"でもあるんだ。どう?手伝ってくれる?」
「えぇ。勿論よ。アランとクリスの為ならお腹いっぱいお魚を食べさせてあげるわ。だから、アラン。貴方はまだ死んではダメよ。人は直ぐに死んでしまう。とても儚い生き物なのだ「“だから 早く川から上がりなさい”、でしょ?もう何度も聞いたよ。大丈夫、人間って分かりづらいけどこれでも大きく成長した方なんだから。川に入っただけでは死ねないよ。それに何かあったらキミが助けてくれるでしょう?こう見えて、いつも感謝してるんだ。ありがとね。」
僕は彼女が言い終わる前に話をかぶせた。
彼女は少し寂しそうな笑みを浮かべながら僕の頬を両手で撫でる。
「そんな事気にしなくていいのよ。貴方は私の子供同然なの。貴方の為なら何でも、どんなことでもしてあげたいのよ。そう、それが例え“お魚”だとしてもね。」
「フラウが僕のお母さん?おばあちゃんの間違いでしょ。」
寂しそうな顔が一変して眉間に皺を寄せ、不自然な笑顔になってしまった。
そして、僕の頬を撫ぜていた筈の両手は力強く頬をプレスして、挟まれ潰れた唇はまるで鳥類の嘴の様に突き出てしまった。
「あら?こんなに美人で綺麗なおばあちゃんなんて居ないでしょ?お姉さんにしなさいな」
語尾にパチンと星が飛びそうなウィンクを添えた彼女と僕は見つめ合う。
「「、、、ふっあははははっ!!」」
彼女が噴き出した事を皮切りに2人でお腹が痛くなるほど笑いあった。
「ほら、アラン。いい加減お魚を捕まえなくては、クリスも呆れてしまうわ。暖かくなってきたからと言っても陽の時間はまだ短いのよ?急ぎましょう。」
「あー、フラウが変なこと言うからだよ。笑い過ぎてお腹痛いや。涙まで出てきた。」
「あら?私の所為にしたいのね?」
「え?フラウの所為でしょ?」
2人の間に沈黙の時が訪れる。
小鳥の鳴き声がやけに大きく聞こえた。
「…なら、お魚をより多く捕らえた方の所為と言うことにしましょう。“氷結”」
沈黙を破ったフラウが指差した方の水中からゆっくりと氷が浮かび上がり、川の流れに沿ってどんぶらこっこと流れていく。
彼女は水面から軽く飛び上がると氷の近くに着地し、その場にしゃがむと氷を川からとりあげた。
氷の中には目を開いたまま、身動きの取れない可哀想な魚(冷凍食品)がいる。
彼女は水面を歩くと、アランが用意しておいた桶の中にその魚を入れ、不敵な笑みを浮かべた。
「まず、1匹目。」
「あぁ!その魚は僕が狙っていたのに!!」
「あら?それなら私より先に捕まえなさいな。"氷結”」
桶の側の水面から氷が顔を出した。
「もー!フラウってば喧嘩っ早いんだから!"氷矢"」
空気中の水分を魔力で氷に変え、10本の矢の形に生成すると、僕の上空から川下の小振りな魚の群れへ向けて打つ。
「まぁ!ズルいわ!アラン!あんなに小さなお魚ばかりを狙って!」
「1匹は1匹でしょ?これで僕の勝ちだね。」
僕が誇らしく微笑むと、彼女は溜息をついた。
「アランったら…そんな幼い頃の様な事ばかり言ってーーーアランがそのつもりなら、私にも考えがあるわ。」
ニッコリと微笑んだ彼女は“極零氷殺"と唱えた。
「あーあ、悔しいな。結局、フラウには勝てなないか…」
僕は残念そうにそう呟くと、ぎちぎちに魚の詰まった桶に蓋を閉め 着ていた下着とシャツの水気を切り、蓋の上に乗せた。
木に引っ掛けてあったズボンを履くと、帰り支度を済ませる。
ここから少し先の丘の上に建っている石造りの家は僕の家だ。
といっても、お師匠様から引き継いだものなのだが。
「当たり前よ!女性に対して失礼な事を言うアランには絶対に負けないわ!いい?女性は か弱く、繊細で傷付きやすいの。だから男は守らなくちゃダメなのよ!そして、傷付くのは見えるところだけじゃない。心の中にも傷は付くの。だから心の無い事を言ってはダメ。見た目が若い女性におばあちゃんなんて禁句よ!禁句!」
彼女はわざとらしく頬を膨らませて 拗ねたような態度をとる。
僕には然程怒っている様に感じないその態度が少しだけ心地よく感じた。
「あははは、ごめん。次からは気をつけて話すようにするよ、フラウ。」
「もう!アランったら!そんな蔑ろな態度で!女の子には紳士な態度で接しなさいよ!」
「はい!すみませんでした!」
僕が深々と頭を下げて謝罪すると、また、2人で笑い合った。
笑い声が木々の間に響く。
数匹の小鳥がその声に驚いたのだろう、ぴちちっと囀ると慌てた様に空へと飛び去っていった。
ふと、僕は川向うの花畑を遠目に見た。
彼女もつられたように僕の視線の先を辿る。
「もう、昔みたいに僕を叱ってくれるのはフラウだけしか居なくなってしまったのかもしれないね。」
再び、春風が花の香りを運び、僕の頬を撫ぜる。
「お師匠様の5回目の命日か…少し考えてしまうよ。自分のこれまでの事とこれからの事。本当にこれで良かったのかどうか。過去を悔やんでも致し方のない事だとは頭では理解していても、どうしても考えてしまうんだ。」
「アラン…あぁしたら良かった、あぁすればこうなったと思えるのはアランがその後どうなるのかを今は知っているからよ。その時は未来の事なんてわからない。なら、過去を悔やんで振り返った時にどうしたら良かったのか、そう思った事 感じた事を忘れないようにしなさい。そしてそれをこれからの未来にいかしなさい。過去を繰り返すのは唯の馬鹿者のする事よ。」
「ーーありがとう。」
フラウの言葉と春風に背を押され、軽やか…とははっきりと言えないが少しばかり軽くなった気がする足取りで帰路に着いた。
「よし!レッツ クッキングと洒落込みましょうか!」
僕は蓋の上にある下着とシャツを洗い桶に入れた。
「まぁ!アランったら!食事を作るのではなかったのかしら?」
フラウはクスクスと声を潜めて笑うと、宙に跳ねるようにして浮き上がり、まるでそこにソファーやベッドがあるかのように横になった。
「いや、魚を捌こうと思ったんだけど 桶の上に載ってるし、どうせ魚を洗うならついでに服も洗ってしまおうと思って。」
「ついでに?アランったら相変わらずなのね。まぁいいわ。なら、私はお手伝いいたしましょう。"流水"」
彼女が両掌を合わせお椀型にするとそこから水が溢れ出して来た。
手を傾けて、そこから溢れ出した水が真下の洗い桶に注がれる。
「ーー助かります。」
石鹸を使ってゴシゴシと布同士を擦り合わせ、泡が汚れを落としていく。
何度か水を変えて最後に固く絞って水気を飛ばした。
出来上がった洗濯物をリビング兼キッチンとなっているこの部屋のテーブルの上に皺のないのように広げる。
"即乾燥"
僕がそう頭の中でイメージし、魔力を流す。
するといつもの様に暖かい風が洗濯物を取り囲んで巡回し、数センチ上へと舞い上がる。
もう一度机の上に降り立った洗濯物は皺なく綺麗に乾いていた。
僕はいそいそとズボンを脱ぐと洗い終わったばかりの下着を履き直した。
また、ズボンを上げ、シャツを着る。
流し台の方へ振り返るとフラウがなんとも言えない微妙な顔をしていた。
何かと僕が尋ねると
「アラン。それ、異性の前では絶対にやらないで。次、私の前でやったら張り倒すわよ。」
さっき、川で脱いだ時には何も言わなかったくせにーーー解せぬ。
かっこいいはずが、ただの変態に…