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言葉というナイフ


「累さんは、もっと人と関わった方がいい。貴女はとても魅力的で、その魅力を沢山の人に知ってもらうべきだよ」

 夕陽をバックに、私が友人と思っていた人はそう言った。私はその言葉を聞いた時、あからさまに嫌な顔をしていたと思う。

「なんで、私があなた達と一緒にならなきゃいけないの?」

 突き放すように私はそう言い、私は背を向けて逃げるように早足で歩く。

 背中から呼び止める声がしたけれど、私は一度も振り向くことはなかった。



 教室で、悲鳴のような声がした。

 ぼーっと窓の外を眺めていた私は、視線を悲鳴のした方向に移す。

 そこには、手の平から血を流して泣いている女子生徒がいた。

 ポタリ、ポタリと床へ滴る血の音と女子生徒の鼻をすする音が、静まり返っていた教室にはより強調されて聞こえた。

 焦った様子で近くにいたもう一人の女子生徒が、泣いている女子生徒の傍まできて背中をさすり始める。

「ごめんね、そんなつもりで言った訳じゃないの……」

 きっと加害者なのであろう、焦った様子の女子生徒は必死に弁明をしている。

「分かってる。大丈夫だよ」

 被害者の女子生徒は微笑みながらそう答えた。

 二人はお互いを気遣った口調で慎重に言葉を選びながら、その場を鎮めようとしている様子だ。呆気に取られて眺めているだけだった他の生徒達も被害者の女子生徒を慰めに集まっていく。


 大丈夫? 痛い? 気にすることなんてないよ!


 各々が被害者の女子生徒の元気を出させようと言葉を発し始め、被害者の女子生徒はうん、うんと頷いて答えている。少しすると、被害者の女子生徒の手のひらから血が止まった。傷口もすっかり塞がっているように見える。


 ――気持ちが悪い。


 その様子を遠目で見ていた私は思う。だが、その言葉を口に出すことは許されない。もし言葉にしてしまえばたちまち彼女らの心を傷付けてしまい、身体も傷つく。また、先生達は私に優しく細心の注意を払いながら、腫物を触れるように道徳を教えるのだろう。


 面倒だから、それだけは嫌なんだよね。


 相手の心と身体を傷付けないために、探り探りで様子を窺いながら話かけてくる相手が苦手だ。話しかけて来る度にビクビクして怖がって、だったら話しかけて来るなと思うから。

 私が唯一友人と思えた人も結局は、怖がりながらも一人の私が放っておけなかったその他大勢だった。

「結局、誰も私の気持ちなんて理解出来ないんだ」

 私はそう呟いた後、自分の席に戻って机に突っ伏して昼寝をする体勢に入る。

「累さん、ちょっといいかしら?」

 前方から声が聞こえる。これから気持ちよく一眠りをしようという時に誰だと、私は顔を上げて声の主を確認した。

「委員長じゃない、何か用?」

 委員長が目の前で腕組をして立っている。委員長はコホン、と一つ咳払いをして喋りはじめた。

「えっと、言いにくいけどね」

 ほら出た、予防線。それが鼻につくんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ、と私は思う。

「楓さんのお見舞いに行ってあげた?」

「……行ってないわよ」

「どうして?」

「どうしてって、そんなの私の勝手でしょ?」

「楓さんとは、仲が良かったよね?」

「……」

「私は昨日お見舞いに行ったんだけどね。楓さん、累さんのこと気にしてたよ? 気に障ることを言ったって、謝りたいって言ってた。だから、累さんも謝りに行こう? そしたら楓さんも元気になってすぐに学校へ来れるようになると思うし」

「お見舞いに行っていたのなら私が楓に会ってないこと分かってた訳よね?なんでお見舞いに行ったかなんて聞いたのかしら?」

 しまったという感じの表情を見せ、委員長は言葉に詰まっている様子だ。

「ひょっとして、私のこと試した?」

「……何のことかしら。話をすり替えないで、ね?」

「ふーん、そう。アナタ、中々の役者じゃない」

 委員長の表情が、段々と曇り始めた。

「アナタ、楓と私の関係を面白がっているだけでしょ? ただ楓と私が喧嘩したっていうことが面白くて、その原因なんて興味は微塵もないんだ。格好のつく言葉並べてさ、どうして喧嘩したのか理解もしていないくせに私を謝らせて解決させた気になって、私は偉いんだと思いこみたいだけでしょ?」

「そ、そんな私は!」

 委員長は何か言いたげな表情で手を強く握り、唇を噛みしめた。

「反論したいならどうぞ。私もちゃんとした話相手が欲しかったしね、ただ――アナタ、自分が思っている以上にとんでもない屑だよ」

 そう言い放った私の言葉が、委員長を切り裂いた。

 委員長の腕から勢いよく飛び出す鮮血に驚いた生徒達はどよめく。

「何だ、何の騒ぎだ!」

 鼻息を荒げながら、先生が教室へ入ってくる。

 先生は、教室の状況で察して私の肩を叩いた。

「付いてきなさい」

 私は小さく頷いて、先生の後をついていった。


 そこは、まるで自然の中でもいるような、緑色が強調された部屋だ。部屋には私と女性の先生が向かい合って椅子に座っているだけで、他には何もない。

「それでは、次の質問をします」

「……」

マニュアルを捲り、マニュアル通りに読み上げる女性の先生からは、怒りや悲しみなど感情の起伏など感じられない、淡々としている感じだ。

 この質問にどんな意味があるかわからない。いや、私がもうここに四回ほどお世話になっていることを考えると、この行為に意味なんてないのかもしれない。

 女性の先生の質問に私も淡々と答える。全部、前回連れてこられた時と同じ回答をしてやった。

「お疲れ様でした、もういいですよ」

「……はい」

 部屋を出る。ため息が思わず漏れた。時間の無駄、そんな感想しか湧かないからだ。

 教室の方へ戻ろうと一歩足を踏み出そうとすると。

「失礼しましたー!」

 と、元気な大きい声で隣の部屋から出てくる女子生徒が見えた。隣の部屋も今いた部屋と同じ用途の部屋だったと思うが、その元気な女子生徒が、何か問題を起こしたようには見えない。

 元気な女子生徒は、こちらの存在に気付いたようで、ニコニコした笑顔で私に近づいてきた。

「アナタ知ってる。問題児の累さんでしょ?」

 私はムッとする。

「いきなり失礼ね、私はアナタのことを知らないけれど?」

「ごめ~ん、あたし思ったことをそのまま口にしちゃうんだ。私の名前は咲、問題児同士仲良くしようよ」

「……」

 咲と名乗った女子生徒に手を差し伸べられたが、私は何も答えず、歩き出した。

「えー、無視? そりゃないですよ!」

 咲は、私の周りをウロチョロしながらねー、ねーと構って欲しそうにしているが、私は頑なに反応することはない。

 咲は面白くないのか、ハムスターのように口を膨らませた後、何か思いついたようで、小悪魔的な笑みを浮かべた。

「――貧乳」

 グサッと身体に痛みを感じ、思わず怯んでしまう。

「アハハ、やっぱ気にしてたんだー」

 自分の言葉が見事にヒットしたことが嬉しいのか、咲はクスクスと笑っている。

 少しムカついたので、言い返してやる。

「うるさいな、チビのくせに」

「痛ッ! ひ、酷いなー、胸ないくせに!」

 そこから火が付き、私達の他愛のない口喧嘩が始まった。その口喧嘩は、放課後のチャイムが鳴るまで続いた。

「くそー、やるなー累」

 咲は悔しそうに言う。どういう勝負か分からないけれど、私が勝ちということに収まったようだ。擦り傷でヒリヒリして痛む自分の身体を見る。痛いけど、何故かスッキリしている、不思議な感覚だ。

「……ふふっ」

 何故か笑みがこぼれた。久しぶりに、笑った気がする。

 そんな時、先生がこちらへ歩いてくるのが見えた。すり傷とは言え、こんな姿を見られたらまた、面倒なことになる。咲も、それは分かっていたようで。

「ねえ、累。アタシのとっておきの場所に連れてってあげる、ついてきなさい!」

 咲は強引に私の手を取り、走り出した。


 たどり着いた場所は、学校の屋上だった。

「ここって誰も来ないし、眺めもいいからアタシのお気に入りなんだー」

「……確かに、眺めいいね」

 ここからだと、自分の住んでいる街がよく見える。なよなよしていて、大嫌いな街だ。

「アタシはここで嫌なことがあったら、ウオーとかこんちくしょーとか叫んでるんだよ。滅茶苦茶気持ちいいよ」

「……私は遠慮しとく」

「知ってるー、しそうにないもん」

「なんだと」

「お、やるか?」

 お互いが肩を掴んで睨み合うが、二人とも吹き出して笑った。

 ここから、咲とはよく一緒にいるようになった。放課後になると決まって屋上にやってきては他愛のない話をする。そんな毎日を送っていた。

 

 そんなある日、放課後に咲と沢山話し終え、家に帰ると、お母さんが仁王立ちで玄関に立っていた。嫌な予感がする。

「累、話があるんだけど?」

 私は、お母さんが苦手だ。

「先生から連絡がありました。二人のクラスメイトを傷付けたって」

「別に、お母さんには関係ないし」

 私がそう言うと、パンッとお母さんに平手打ちをされた。

「関係なくはないでしょ、アナタの母親なんだから」

 心も身体も傷付けることに一切躊躇のないお母さんが苦手だ。


 

 朝、起きると第一にズキズキと痛む、身体を擦った。

 結局、一晩中言い合いをしていた。沢山傷ついた。気分は、最悪だ。

 学校へ行く準備をして、居間に行った。居間にはお父さんがいた。お母さんがいなくて少し、ホッとする。

「おはよう……」

 挨拶をすると、新聞を広げていたお父さんは一旦新聞を置き、私の方を見る。

「おはよう。えらく酷い傷だね……」

「最低よ。お母さんは?」

「ああ、部屋にいるよ」

「そう」

 私はキョロキョロと周りを確認して、小声でお父さんに話す。

「ねえ、お父さんは何であんな女と結婚したの?」

 私の言葉にお父さんは盛大に吹き出す。

「ど、どうしたんだい急に?」

「だって、あんなに口の悪い女だよ。どこがいいの?」

「……口が悪いか。そうだね、お父さんも交際をしている時は酷く傷つけられたなあ」

「じゃあなんで?」

「なんていうのかな。傷つけられるのは痛かったけど、悪い気分じゃなかったのかな、嬉しいような」

「……お父さんってもしかしてマゾなの?」

「そ、そうじゃなくてな。お母さんは真面目に向き合ってくれるんだよ。人を傷つけるのも、人に傷つけられるのも怖がらずにさ。他の人はそれを怖がり過ぎている。累もそれが嫌だから学校で問題を起こしているんだろう?」

 私は何も答えなかった。

「お母さん、あんなんでも繊細なんだよ。でも、累の為を思って言ってあげてるところはあると思う」

「……行ってくる」

 私がさっさと家を出ようとした時、お父さんに呼び止められる。

「累はどこか、お母さんに似ているよ」

 お父さんは笑顔でそう言う。私はあっそう、と素っ気なく返して家を出て学校へ向かった。



 学校の放課後、私は咲といつも待ち合わせをしている学校の屋上へと向かった。

 屋上の扉を開けると、夕陽が見えて眩しい。

 咲は、私より先に屋上に着いていた。扉の開いた音で私が来たと気付いたようで、咲は遅かったねと言いながら、私の方へ振り向いた。包帯だらけな私の姿を見た途端に、咲は目をまん丸くして声を上げる。

「どうしたの、その怪我!?」

「お母さんと喧嘩したの、先生達が私の日頃の態度をチクったみたい。咲の方は大丈夫だったの?」

「……私の方の親はねえ、私には無関心って感じだから」

  咲は困った顔で、苦笑した。

「良かったね、面倒臭くない親で」

「そうかなあ、私は累の親の方が羨ましいかなあ」

「羨ましい、娘をこんなに傷付ける親が?」

 私の言葉に対して、咲は頷いた。

「だってさ。私が思うに、心の傷って愛情の証だと思うんだ。人間が前に進む為に、必要なものなんだよ。勿論、悪意のある攻撃はあるだろうけど、その傷は母親の愛の鞭だと思うな」

「……」

「ずっと優しくされるのは嫌。でも、無関心なのは、もっと傷つくな。面倒臭いけど、私って人間はそうなの」

 咲は私に近づき、優しく私の傷口を擦る。

「ねえ、累。私達はさ、この傷を大切にしようよ。これからも沢山喧嘩しようよ。痛いのを怖がらずに前へ進む為に」

「……うん」

 私は、咲の手を優しく払いのけてズカズカと転落防止柵に身を乗り出した。夕陽に照らされた私の街を

眺め、スゥーと息を吸い込む。

「バカヤロー!!」

 そして私は私の心の底からの本音を叫んだ。

「る、累?」

 咲は呆気に取られている。本気で私がおかしくなったんじゃないかと心配している様子だ。

「ふー、咲の言う通り、叫ぶのって滅茶苦茶気持ちいいわね」

 私はそう言った後、私と咲、お互い見合ってやがてケラケラと笑いあった。



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