微睡み(まどろみ)
【微睡む】しばらく眠る。うとうとする。仮眠する。
『きゃあああぁっ!』
世の中には、二種類の人間がいると思う。
困った時に誰かに助けてもらえる人間と、自力で切り抜けるしかない人間と。
モテ系女子の必須スキルと思われる黄色い悲鳴、残念ながら持ち合わせておりません。
栗色で手入れの行き届いた髪、ぱっちりした二重。怯えた顔でさえ、整っているのだから神様は不平等だと思う。
私はと言えば、顔を引きつらせて目を見開いただけのように思う。悲鳴と共に息苦しさがなくなり、深く息をつく。
先程の例えで言えば、前者であろう彼女が悲鳴を上げた訳です。
『び、びっくりしたぁ。急に目を開けるから・・・』
胸を撫で下ろす仕草が、どことなく小動物を思わせる。
「・・・それはこっちのセリフ」
先程の例えで言えば、後者の私が言い返した訳ですが。
寝ていた私の上に彼女が居たんだから、驚くのは私の方な訳で。
『え。なんてゆーか、波長が合ったんだと思う』
両手で頬っぺたを覆うようにして、はにかむように微笑んだ。
・・・ええ、とっても。
可愛らしいです。
ですが。
私は女なのでこのシチュエーションを楽しめそうもありません。
20歳までに幽霊を見なければ、一生見ない。あれは、デマだったのか。
鬼のような形相でのし掛かられたら、抵抗もするけど。
「なんでもいいけど。私から降りてくれる?」
私はちょっと投げやりに言った。寝起きは勘弁して欲しい。マジで。
『きゃっ。ごめんなさい』
慣れないのかベッドに沈むようにして、絨毯に降りた。
流石にコレを放置したまま、寝る気にはなれそうもない。
呪文だか、お経だかを唱えれば消えるんだったか。
残念ながら、無宗教で頭に何も浮かんでは来なかった。
上半身を起こして、仕方なく聞いた。
「私に言いたい事でもあるの?」
ぴくっと彼女は反応した。やっぱり、小動物っぽい。
『・・・でも』
彼女は制服のブレザーのリボンを、くるくると指先で触っている。
「聞くから、言ってみ?」
栗色の髪がはらはらと頭の位置に合わせて流れた。俯き加減なのか、顔に陰が出来る。
『未練・・・なのかなあ。でも、でもぉっ。許せなくてぇ』
彼女のすすり泣く声が、ただ響く。
『ずっと亜澄だけだって言ったのにぃ。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきぃ・・・!!』
両手握るようにして下ろしたまま、小刻みに震えている。
「ま。とりあえず落ち着こうよ?」
私は足を絨毯に下ろして、亜澄と言った少女と向き合う。
これはヤバい状況なのでは、と今更ながら思う。
「結果はどうであれ、彼氏居ただけ恵まれてると思うけどな。私は彼氏なんて居た事ないし」
皮肉を込めたつもりはなく、あくまで本音だ。
『なにそれ。あははははっ! マジウケる。あははははははははっっっ』
失礼な程盛大に、お腹を抱えるように前屈みのまま、笑い続けている。
ゆらりと顔上げて。
ニタリ、と口元を歪めて笑った。
『嘘つきなのは、お前だぁっ!!!!』
間近で、カッと目を見開くのが見えた気がした。
*
「前田センセー、顔色わりぃけど大丈夫なの?」
快活そうな学ランを着た少年は、自分の席から担任に声を掛けた。教壇の上で、センセーと呼ばれた前田は無表情のまま言った。
「嘘つきぃ・・・」
その声は高い。
「先生、どうした〜?」
「誰が嘘つきなん?」
からかうような声が飛び交い騒然とする中。
一人の少年が覚束無い足取りで、教室の後ろのドアから出て行った。
「アツシ・・・待って」
そう言い残して。前田も無表情のまま、アツシを追うように教室を後にした。
*
その後、アツシの姿を見たものは居ない。そして、担任の前田も。
誰もが駆け落ちしたと噂し合った。
そんな中、前田はネオン街の路上を千鳥足で歩いている所を目撃した警察官によって保護された。
嘘つきと絶叫し。
そして時折、泣き出し笑い出すと眠る。それを繰り返すばかり。
あまりの豹変ぶりに、迎えに来た家族はただただ絶句した。
*
私は微睡んで居たと思う。
心地好い眠りに、もう少し身を任せたい。
そんな時だった。
「前田センセー、起きてください」
聞き覚えのある声がした。
記憶から朧気に、浮かぶ姿。
私は学校で居眠りでもしていたのだろうか?
ぼんやりと考え、微睡みから覚醒した。
【覚醒】1、目がさめること。目をさますこと。2、迷いからさめること。3、自分のまちがいに気づくこと。
おう文社国語辞典引用。
※「おう」の漢字を私の携帯から変換出来ずに投稿させて頂いた事を、お詫び致します。




