Grace
真冬の訪れを告げるかのように、淡雪が降り続いていました。
白く曇った窓を軽く擦り、私は、延々と外の景色を眺めていました。茶色い土の地面に純白の雪が降り積もっていく様は、さながら濃厚なガトーショコラに甘い甘い粉砂糖を振りかけているかのようです。私の住むロンドンでは滅多に雪など降らないだけに、普段よりも気持ちが高ぶっていました。
「グレース、見て見て! 雪が降ってるわ」
私の実家___キャンベル家に仕えるメイド・グレースは、燥ぐ私を見て朗らかに笑います。私は、彼女の笑顔が好きでした。
グレースの容貌は、雪の妖精と見紛うほどに美しいのです。闇の中でも煌めく白金の髪。硝子細工のように繊細な肌は、氷雪の色。柔和な瞳は、薔薇柘榴石のような深い赤紫。姉のアガサは、グレースの現実離れした人形のような容姿を不気味だと言って顔を顰しかめましたが、私はそうは思いませんでした。
「ふふっ そうでございますね。こんなに雪が降るのは、もうあれこれ三年振りでしたか……」
暖炉の火が燃え盛る暖かな空間で、私達は和やかに談笑していました。柔らかな真紅のソファに座り、優美な菫柄のティーカップでミルクティーを飲んでいるだけで、とても幸せな気分になれるのでした。
雪景色を眺めながらお喋りしているうち、私は外に出てみたくなってきました。幸い先日、紺色のダッフルコートを買って貰ったばかりです。コートを着ていけば、寒くはないでしょう。
それに、この目で見て見たいのです。見渡す限りの銀世界に佇むグレースを。
「ねぇ、グレース。お外に行かない?」
「私は構いませんよ。……行きましょうか」
私達は身支度を整え、外界へ足を踏み出していきました。キャラメル色のふわふわしたブーツが白い地面を踏みしめる度に、キュッキュという音が鳴ります。いつもより人通りの少ない、静かな道に響く足音に、私は密かにしみじみとしたものを感じました。
隣には、薄手のトレンチコートを身に纏ったグレースが居ます。キャンベル家に居る時は、常に地味なメイド服を着用しているので、私服のグレースを見るのは初めてです。彼女の新しい一面を知ることが出来て、私は少し嬉しくなりました。これからもきっと、もっと彼女自身のことを知っていける筈です。アガサや学校の連中に何と言われようと、私はグレースのことが大好きなのですから。
「……グレース」
私は、彼女の冷え切った左手を握り締めました。手を繋いでいないと、グレースがこの見事な雪景の中に攫われ、溶けていってしまう気がしたのです。
するとグレースは、私の手を優しく握り返してくれました。白薔薇のように可憐で、愛らしい微笑を湛えながら。
貴女と出逢った日から、私はずっとこの日を待ちわびていたような気がします。手を繋いで、隣り合って雪の道を歩むことを、昔から望んでいたような気がします。
この時私は、凄く舞い上がっていました。結果的にそれが仇となってしまいます。目の前に舞い降りた銀色の天使に心を奪われるあまり、スリップしてこちらに突っ込んで来る、乗用車の存在に気付かなかったのです。
「エイミーお嬢様、危ないッ……!」
彼女に突き飛ばされ、私は訳も分からず歩道の隅に倒れました。その刹那、背後で聞いたことの無い奇妙な音がしました。柔らかい物を無理矢理引き裂くような音や、グラスに注がれた水をひっくり返すような音が混ざったかのようでした。突如、私の背中が何か、生温かい物で濡れます。背中を左手で撫でてみると、べったり、赤い液体で指先が濡れました。それはアンモニアを混ぜたフェノールフタレイン溶液より赤く、禍々しい色をしていました。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこには変わり果てた姿のグレースが居ました。白皙の肌を無残に引き千切られ、小柄な身体から真っ赤な血液を滴らせています。細くて綺麗だった両脚も、右の足首から下がありません。左腕は根元から捥がれ、街灯の隅に転がっています。
身体は大破していましたが、顔だけは無事だったようです。元の神々しいグレースのまま。
「…………」
真っ白な彼女が、雪が、彼女が流した血の色に染まっていきます。穢れの無い白銀の世界が、紅に染め上げられていく様を、不覚にも私は美しいと感じてしまいました。