スラム出身魔導師です。
初投稿です。よろしくお願い致します。
「ここ、どこ…?」
右を見れば石畳の綺麗な道に、洋館の街並み。
左を見れば土埃の舞う道に、バラック小屋。
どうした⁉︎ここまで線を引いたような格差社会、見たことないぞ⁉︎
と、言うか本当にここはどこだ⁉︎
あ、左の少年と目が合った。
大体、小学校中学年くらいか?
…待て。大丈夫。まだ。まだ慌てる時間じゃない。
振り返るのだ。この前の時間を…
・・・・・・・・・・・・・・・
そう。私はこの春、短大を卒業した。
保育士資格&幼稚園教諭2種の短大だ。
正直言うと、別に『子ども大好き!』で進学したわけではない。
ただ、一緒にいて苦にならず、従兄弟も自分より下が多かったから慣れていただけだ。
兄弟はずっと一緒だから喧嘩するけど、従兄弟達はその時だけだから喧嘩するほどでは無かった。
『保育士さんが向いてるんじゃない?』
と言われ。ただ何となく流されてここまで来た。
就職先もある意味コネだ。
実習先を卒園した田舎の保育園を希望した。実家から通えるし楽だし。しかし、田舎なことがあって人手不足。
『うち(この園)においでよ!』
と言われ、決めたまでだ。
実家から通勤できるし、地元の友達にも会いやすいし…
楽な方、楽な方へと進んでいた。
そして2年間、実家から微妙な距離(実家に帰るには4時間かかる、けど一人暮らしで実家に帰省しやすい距離)で一人暮らしの謳歌し、帰ってきた。
ぶっちゃけ、一時期言われていた“パラサイトシングル“になる様な予感はあったが、楽な方へ、楽な方へ…
うん、落ち込んでいる時間じゃない。
引っ越しの荷物の受け渡しが終わり、あとは電車とバスで実家に帰るだけだった。
電車に乗ってた記憶はある。
駅からちょっぴり離れたバス停へ、リュックを背負い、キャリーバッグをゴロゴロ引きながら向かっていた…そこからの記憶がない。
何でかな?どうしてかな?
かなかなカナブン、飛んでいる♪
って現実逃避はここまでだ‼︎
とりあえず、ここはどこだか確認しよう!
知らん!
分からん!
このままでは、何も出来ん!
とりあえず目の合ったあの少年に聞こう!
ごめん、少年!
そんなに警戒しないでくれ‼︎
・・・・・・・・・・・・・・・
「えっと、あの、…こんにちは!」
「……。」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「………。」
「…ごめんね、突然。少しお話ししたいんだけど、」
「……………。」
心が砕ける!
どうする⁉︎ここまで返答がないと、お姉さん辛い!
泣きはしないが、ちょっと頭を掠めたあの言葉が出てくる‼︎
そう、異世界召喚。
別に何かがあるわけではない。
魔法陣があったり、良くある神官に囲まれたり、明らかに可笑しい髪色(黄緑色や紫なんか)の人が居るわけではない。
少年は少し痩せているが、黒髪・黒目だ。服は…うん。ちょっと今の日本では見ない、草臥れたTシャツっぽいのと半ズボンだ。
しかし、まだ慌てる時間じゃない。
右を見れば私が着ている服っぽいのを着ている人もいる!
だからこのファストファッションの服は浮いている訳ではない‼︎
Tシャツにガウチョパンツ。&リュックだ。どこ行った、キャリーバッグ。
手抜きファッションで何が悪い!楽だし引越しに最適なのだ!
という事は、まだ日本の可能性は大いにある!
ここで
『ココは異世界ですか?』
なんて言った日には、更に逃げられ不審者として通報されるのだ‼︎
ダメだ。就職先が無くなる。パラサイトシングルどころではない。ニートまっしぐらだ!
お願いだ、少年。
先ずは日本語が通じているのかだけでも教えてくれ‼︎
「ビックリするよね?突然話しかけられて。」
「…。」
「ごめんね。でもちょっと聞きたくて…。ここ、どこかな?」
「…ぉ..。」
ぃよっしゃ‼︎何か言ったぞ⁉︎
「ちゃんと聞こえなくてゴメンね。もう一度、教えてくれるかな?」
「……おうと。」
おうと?おうと、って言ったよね?おうとって名前の町かな?
「何度も聞いてゴメンね。おうとって何県かな?お姉さん、知らない町なの。」
「…町じゃない。ここは王都だ。」
町じゃないおうと。オウト。嘔吐。違う。導かれるのは王都だ。
しかし今の日本にそんな名前の都市はない。何なら王が居ない。エンペラーだ。居るのはイギリスの女王様だ。ブータンの国王様だ。…これ以上出てこない。ってか日本語が通じる訳がない。
「そっかー。王都ね。うん。ちなみに、ここの国の名前は分かるかな?」
「…知らないのか?」
ヤバい!『知らない』とか言った日には、ここの警察に捕まりそうだ!
どうする?流すか⁉︎…どうやって⁉︎無理だ‼︎
「えーっと、うーん…。お姉さん、気が付いたらここに居たから分からないんだよねー。見たことない所だから、全く分からなくて困ってるんだ。良かったら教えてくれないかな?」
正直に言った。誤魔化しても意味はないし、嘘言って警戒されたらお縄でGOだ。そんなGOはイヤだ。
「…ゾイシスナイト。」
「へ?」
「だから、ゾイシスナイトだよ。」
「ぞいし、ないと」
ぅうん?『ゾイ、しないと』?なんだ、『ゾイ』って。何か捨てるときの方言か?『ポイ』か?『ポイ、しないと』ってどこの小○○薬だ。それとも金魚すくいのポイか?
「違う。ゾ・イ・シ・ス・ナ・イ・ト。変な所で区切んな。」
「そっかー。ゾイシスナイトって言うんだー。へー…。」
ごめんよ少年。今、私はかなり混乱している。あれだ。最後の幻想みたいに、頭の上でヒヨコが舞っているのだ。何だよ、ゾイシスナイトって?私の知らない世界か⁉︎
「…お前、大丈夫か?」
…優しいな少年。
「あー。うん。とりあえず国の名前は分かったよ。ありがとう。」
「そうか。じゃあ、ハイ。」
うん?少年が手のひらを差し出してきた。
「うん。本当にありがとう。」
握手した。
「…お前、バカなのか?」
おっと少年よ。先ほどの優しさはどこに行った?お姉さんは突然の罵倒にビックリだ。
「ごめんね。違ったのかな?お姉さん、ここは初めての場所だから、何が違うのか分からないんだ。良かったら教えてくれるかな?」
はぁ~っと大きな溜息を吐かれた。そこまで常識無しな扱いなのか?良いじゃないか。握手は良い関係を築けたか確認でもあるのだよ。何だ?左手を添えていないのが悪かったのか?
「違う。情報料だよ。金出せよ。」
更にビックリだ。お金だったのか!と言うか、国の名前を聞くだけで支払いが発生するのか‼︎なんで⁉︎
ビックリした顔をしていたからなのか、少年が教えてくれた。
「お前、この国の名前、知らなかったんだろ?」
うん。その通りだ。と言うか聞いてもサッパリ分からない名前だったが。
「ってことは、お前が知らない事を俺が教えてやったんだ。俺が教えなかったら、お前はずっと分からないままだったって事だよな?」
うん。言ってることは分かるので頷く。
「だから価値があったってことだろ?価値があるものには金がかかる。違うか?」
おっしゃる通りでございます。
「なるほど。君が言う通りだ。けどお金ってどうすれば良いのかな?お姉さん、突然ここに居たから、この国のお金って持ってないんだけど…。」
はぁ~っと再度、大きな溜息を吐かれる。そんなに溜息を吐かないでくれ!少年よ、知っているか?溜息は幸せが逃げるのだぞ‼︎
「お前、何言ってんの?違う国の金って何?お前がモルガディスだろうが小国群だろうが同じ金だろ。さっさと出せよ。」
うわー、アホの子見るみたいな目をしてるー。時々、私を小馬鹿にする弟を思い出す。ってか私、日本人だぞ。何かまた知らない国の名前が出てきたけど、本当に良いの?
「分かったよ。とりあえずこれで良いかな?」
リュックから財布を出し、100円玉を渡す。子どもの小遣いだったらこの位の金額だ妥当だろう。むしろ10円でも良い気がする。
少年は目を見開き、明らかに『ビックリした!』って顔をしている。
やば、多すぎたか?それとも見た目的に小学校中学年くらいかと思って足元を見過ぎたか⁉︎
「…お前、これ何なの?」
「だから、私の国のお金だよ。君がこれで良いって言うから出したんだけど…。やっぱりダメ?」
「違う。そうじゃない。こんな金、俺、初めて見た。」
少年は手のひらをに収まったお金を、マジマジと見ている。
「なんだコレ?すっげー硬いし、しかも何だこの絵。こんな硬いのに絵が付いてる…。」
…ヤバい。売り言葉に買い言葉じゃないけど、やっぱり見せるべきでは無かったよね。ココは日本じゃないし、『地球』でも無さそうだ。『同じ形で同じ重さの物があるよー』なんて言ったらもっとヤバそう。紙幣なんて見せたら一体どうなることやら。う~ん。
「…お前、貴族か?」
「へ?」
何か突拍子の無いこと言い始めたぞ、この子。
「スラムには無い金だ。貴族の間で使う金なんだろ。」
なぜ睨む。日本に貴族はございませんよ?
「この国はどうか知らないけど、私の国には貴族なんて居ないよ。」
ポカンとしてる。かわいいな少年。けど私は保育士だ。教育者なのだ!しっかりと教えてあげようではないか‼︎
「貴族が居ない?」
「うん。私の国は日本って言ってね、貴族制度は昔、無くなったんだ。だからみんな平民。まあ、正確に言えば『皇族』の方々がいらっしゃるけれど…その方たちも日本の象徴として、国民の為に外交やお祈りをされているんだ。まあ詳しくは説明出来なけど…。」
うん。もっちょっと詳しく説明できれば良いけど。三種の神器とかそんなんばっか覚えてる。厨二的な教育者でごめんなさい。
「そんな国、あるんだ…。」
少年は再度、ポカンとした顔で私を見ている。何だかさっきまでのやり取りより、すっごく年相応な顔に見えた。
「そうだよ。…うん?君はこの事を『知らなかった』んだね。」
「うっ…。」
「と言うことは、コレも『情報料』になるよねー?」
「…。」
少年は無言で100円玉を差し出してきた。
何か涙目だ。ちょっとプルプルして下向いたし。やば、大人気なかった…。
「冗談だよ。それは君に渡すよ。ゴメンね。つい言い過ぎた。」
「…は?バカにしてんのか?俺がスラムのガキだからってバカにしてんのかっっ⁉︎」
おぉう⁉︎怒ってる!これはいけない。さっきまでのプルプルの涙目が、あっという間に怒りの赤い顔を向けてきたよ‼︎
「違う!」
「何が違うんだよ‼︎バカにしてんだろーが‼︎」
「だから違うって‼︎ごめん!さっきアホの子みたいな顔されたから、つい…。」
「っ、お前なぁ…!」
少年は何だか無理やり納得しようとする顔をしている。申し訳ございません。
「本当にゴメンね。そのお金は『私が知りたい情報』をくれた君に渡したお金だよ。『勝手に聞かされた情報』のお金はいらないから、ね?これで良いかな?」
はぁ~ ~~。
おぉう、一段と長い溜息が聞こえる。2度あることは3度までって言うし、これ以上、溜息は吐かれないだろう。
「お前がそれで良いって言うんなら、貰っとくよ。」
良かった!納得してくれた!
「うん、ありがとう!」
溜息は吐かれなくなったが、今度は胡散臭い人を見る目で見てくるの。何で?
「えっと、何でそんな変な目で見てるのかな?どこか可笑しいところがあったかな?」
…止めて。そんな『お前、空気読めよ』みたいな目でみないで!だって聞かなかったら分からないし。変に引きずるより、早めに解決したほうが良いかと思ったんだけど。じゃないと今度は3回、胡散臭く見られるって事でしょう⁉︎
「別にそんなんじゃねーよ。っつかお前、どこから来たんだ?」
「日本だよ。ジャパン。昔は『日、出ずる処の天子』って言われてた時もあるね。あと、大和もだっけ?」
「何個名前があんだよ、お前の国。つか本当にあんのか?」
おっと、胡散臭い目、2回目だ。止めてくれ。地味にくる。
「本当だよ。日本。私が育った国はあるよ。じゃないと私がここに居るわけないでしょ?国が無かったら育ってないよ。」
「そう言われりゃそうだけどさ…ニホンなんて聞いた事ねーよ。」
「まあ私も、ゾイレスナイトなんて聞いた事無かったし。お互い様でしょ。」
No!やっぱりあるのか3回目‼︎
「…まあ良いや。何かお前の話聞いても分かんねーし。とりあえず良い小遣い稼ぎが出来たからそれで良いよ。」
「あぁ、こっちこそ助かったよ。本当にありがとう。何か気が付いたらここに居て、何故か周りは知らない場所。君が反応を返してくれて本当に助かったよ。」
「俺も突然、お前が出てきて驚いただけだ。逃げる前に声かけられただけだし。」
逃げるつもりだったのか、少年。しかし逃げないで偉いぞ、少年!
「うん。そう言えば、君の名前は何?良かったら教えてくれないかな?」
「今更だな。」
ごもっともです。
「本当だね。私も知らない場所に来て、なかなか混乱しててね。今更で申し訳ないけど…。」
「カイだ。」
「カイダ?」
甲斐田。貝田。カイダ君か。名前は教えてくれないんだね。
「違う。カ・イ。『だ』は、いらねーよ。変な名前付けんな。つかお前、さっきもゾイレスナイト、変なトコで区切ってたな。ニホンの名前か?」
「おっと、失礼。ニホンにある苗字だったからね。つい、『だ』を付けてしまって…。」
え?胡散臭い目は4度目があるの?
「…で?」
「で?」
はぁ~って、溜息も4度目があった⁉︎
「お前は?」
「へ?」
「お前の名前?」
あぁ、そう言えば言ってなかったな。最初、話しかける時に言うべきだったね。
ーこうして私の異世界旅巡りが始まった。
引っ越し移動中に突然の召喚。しかも場所はスラムの間際。普通の王城とか教会とかステキな場所でのスタートではない。けれど、ここでカイに会えた事が、何よりも素敵で幸運なのだろう。
「江理名。有栖 江理名だよ。」