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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第九章 アゲルタム飲食店、料理対決編
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少女、勝利を掴む決意をする


 大勢に女性達で賑わっている広場、そこには既に対戦相手である店側の2人組が待ち構えていた。

 ここに来る前までは少しいつも通りの気楽そうな雰囲気を出していたレンゲであったが、自分が想像していた以上のギャラリーの賑わいに少し表情が硬くなっていた。

 

 「け、結構居ますね…人…」

 「(やっぱりレンゲもこの状況じゃ緊張するか)」


 普段のレンゲをよく知っているサードであるがここまでプレッシャーを感じている彼女を見たのはこれが初めてであった。だがそれも一瞬の事で彼女は自分の両頬を軽くパンッパンッと叩いて自身を奮い立たせる。

 

 「ヨシッ! やりますか!!」


 顔に紅葉を付けながらいつも通りの雰囲気に戻るレンゲ。

 それを横で見ていたメイシは小さく笑いながら彼女の頭の上に手を置き応援の言葉を贈る。


 「頑張りなさい、あなたは変に気張らずいつも通りの方が絶対に良い成果が出せるわ」

 「うん、負けてもオレは別に気にしないから」


 メイシに続いてサードもそう言うと、レンゲはサードの頬を軽く摘まんで左右に引っ張った。


 「こーら、戦う前から私が負ける事前提で話さないの」

 「い、痛いって…」


 頬を軽く引っ張られ不満を口にするサードであるが、その表情はどこか安心したものであった。

 

 「(さっきまでの緊張も消えてる。いつも通りのレンゲだ)」


 これだけ大勢のギャラリーの前でまったく緊張しない事の方が難しいのかもしれないが、それでもレンゲには変に気負わず戦ってほしいと思っていた。メイシの言う通りきっとその方が練習で培った成果を出せるだろうし、何よりこの勝負は一応自分の事を賭けてはいるがその事でプレッシャーを感じてほしくはなかったのだ。

 だが、先程自分で喝を入れてから彼女の顔つきは自分の良く知る普段通りのレンゲの物となっている。


 「じゃあ行ってきますか」


 そう言うと彼女はサードの頬から手を離して、決戦の舞台である広場中央に造られた調理場へと足を進める。レンゲの対面には同じく簡易的なキッチンセットが建てられている。

 その対面のキッチンセットに欠伸をかみ殺しながら対戦相手のナポリがやって来た。


 「(うわ~余裕そう…一応対戦相手のまん前なんだけど…)」

 

 自分は気にしないが普通の人間なら不快に思いかねない態度を平然ととるナポリ。それとは対照的に一応礼儀として挨拶位しておいた方が良いと思ったレンゲは自分のキッチンから離れてナポリに近づき挨拶をする。


 「え~~っと、ヨロシクね」

 「……」


 挨拶を交わしつつ手を差し出すレンゲ。

 差し出された手を無言で見るナポリであったが返って来たのは握手ではなく溜息であった。


 「はあ~…」

 「あ、アレ?」


 目の前で呆れを含んだ溜め息を吐かれて少し戸惑うレンゲ。そんな彼女に冷めた目を向けながらナポリが話し掛けて来た。


 「普通する? 対戦相手に握手を求めるだなんて」

 「あ~…まあ私も複雑に思ったけど…」


 何となく空気が重くなったのを感じてその場から離れて自分の調理場へと戻ろうとするレンゲ。

 しかし、彼女が自分の持ち場に戻ろうとすると彼女の耳に小さくではあるがこう聴こえて来た。


 「――バカじゃない? たかだか料理の為に」

 「…え?」


 今から料理対決をしようとする者から出たとは思えない発言に思わず振り返ってしまうレンゲ。

 こちらに振り向いて見つめている彼女の視線に気付いたのか、ナポリは調理に使う為の器具を準備をしていた手を止め彼女にも聞き取れる声量で言葉を続ける。


 「何を戸惑った表情をしてるの? 〝たかだか料理〟と言ったのが癪にでも触った?」

 「……そうだね、少なくとも飲食店の人間の言葉とは思えないかな。ましてや料理対決直前だし……」

 「ハッ」


 小さく笑い声を出すナポリ。

 どこか馬鹿にしているかのような笑い声に少し眉をひそめるレンゲ。


 「何がおかしいの?」

 「そりゃおかしいでしょ。料理対決なんて所詮こちらとしては建前なんだから」


 そう言うと彼女はレンゲよりさらに後方に居るサードを見ながらクスクスと笑う。

 

 「ウチの連中はこの料理対決で勝利して名声を得たい…なんて事は頭にないわよ。欲しいのは勝利によってもたらされる景品、つまりはあそこの男の子な訳よ。そして私も勝利すれば貰える特別ボーナスが欲しくてこの場所に立って居る訳」

 「……」

 「そっちもあの男の子を失いたくないから戦っているんでしょ? 間違っても純粋に料理勝負で勝ちたいなんて美しい考えを持ち合わせてはいないでしょ?」


 確かに景品にサードを指定しているという事はあちらは彼が目的であり、そしてこちら側もサードをむざむざ渡さない為に戦う事にした。


 だが、それでも……。


 「それでも私は今日の料理対決の為に特訓して来たのは、この勝負で純粋に勝ちたいとも思っているからだから」


 真剣な眼差しでナポリに向かってそう発言するレンゲ。

 そんなレンゲに対して彼女は嘲笑う…ではなく、それどころか嫌悪感や怒りに似たような感情を表情に滲ませ始める。


 「うっざ…超ウザいんですけど」


 そう言うと彼女はレンゲから視線を切ると自分の調理の準備を始める。

 レンゲも背を向けると自分の調理場へと戻って行く。その後ろ姿を無言で眺めるナポリは相変わらずどかこ渋い顔をしていた。


 「何が純粋に勝ちたいよ。この勝負する理由もあそこの男の子の為、飲食店で働いている理由も働きで生じる恩賞の為でしょうが。所詮料理は生きる為の報酬を得る手段に過ぎない」


 そう言うと彼女は手に持っている包丁をまな板に強く叩きつけて怒りを吐き出す。


 「虫唾が走んのよ…!」







 調理場から離れて料理対決の行方を見守るメイシとサードの2人。

 サードの傍には観戦に来ている女性達の多くが彼に近づこうとするがメイシの放つ無言の圧力に中々彼に近づけないでいた。その迫力は先程までのブレーに匹敵しているだろう。


 「メ、メイシさん。顔が少し怖いです」

 「あらごめんなさい」


 サードがやんわり注意すると、彼女の表情は普段の優し気な物へと戻った。その変化を見てサードは数日前にフルドの言っていた事を思い出した。


 「(そう言えばフルドさん、メイシさんの過去を話していたな。確か昔は中々悪名高かったとか…)」


 過去にメイシは今日の対戦相手であるフルドにも迷惑を掛けていたとフルド本人も話していた。メイシ本人は否定していたがフルドの話した悪い話の中にはいくつか真実もあったみたいだ。


 しかも耳を傾けると―――


 「げ、フルドさんが居る」

 「そーなんだよね。あの人、昔は中々手のつけられない人だったみたいよ。私のギルドでも噂が残っているくらいだもん」

 「あ~サード君が傍にいるのに~…」


 自分の隣で立って居るメイシを恐れる様な話し声が耳へと入って来る。その中にはギルドに所属している者達も居り、現役のギルド所属者にも怖れを抱かれているメイシの過去が益々気になるサード。


 「(とりあえず怒らせないようにしておこう)」


 そう思いつつ視線を広場の中央に居るレンゲへと向け直すサード。

 

 「(あれ…気のせいか?)」


 調理場に立つレンゲを見て見間違いなのかを疑うサード。

 先程までは緊張を解した趣であったレンゲの表情が今はどこか怒りに似た感情が彼女の顔からはにじみ出ているように感じたのだ。

 隣でサードに寄ろうとする女性を威嚇していたメイシもレンゲの変化に気付く。


 「…あの子、どうしたのかしら?」

 






 自身にあてがわれたキッチンへと戻ったレンゲは先程までのナポリの言葉を思い返していた。


 「純粋に勝ちたいと思ってなんかいない…ね…」


 どうやらあの娘は自分がそんな心構えで今回の勝負の場に立って居ると思い込んでいるようだ。


 「なら、見せてやる…」

 

 静かな声でレンゲはそう言った。

 その時の彼女の表情は、何が何でも負けてはやらないと言う決意に満ち溢れていた。


 こうして、遂にアゲルタムの街の二つの飲食店がぶつかり合った。



 

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