少女、勝負前に緊張を持たず挑む
アゲルタムの街の広場、普段は通行人が行き交っているだけのその場所には大勢の人間が集まり賑わっていた。その理由はこれからこの場所で行われる〝ある催し〟を見たくて集まっているのだ。
大勢の女性でごった返ししているその場所にまた新たな見物客たちがやって来た。
「うわー、すごい人だかり…」
「まあ、事前に告知されていたからな。今日の料理対決については」
新たに広場にやって来たのはサクラ、ブレー、クルスとそしてこの街で注目を集めている1人であるファストの4人組であった。彼らもこの日に行われる料理対決のチラシに目を通していたので様子を見に来たのだ。
特に数少ない同じ男性という事でサードの事を気にかけているファストとしては他の3人よりこのイベントに興味を持っていた。
「しかし意外だな。お前がこういった催しに足を運ぶとは思わなかったぞ」
目先で密集している人だかりを見つめながら隣に居るファストに話し掛けるブレー。
同じく人だかりに目を向けつつも彼女の疑問に答えるファスト。
「この対決に出る飲食店は以前に依頼を受けたことがあってな。そこに勤めているサードと言う少年とも面識があってな…」
「成程な…数少ない同性が出るのであればそれは気になるな。まあ私もあの小僧とは面識がある訳だしな…」
短い期間とはいえサードもストーカに付きまとわれていた事件後、ファスト達の特訓に参加をしている。当然ファストと共に鍛錬を積んでいるブレー達とも交流は有り、鍛錬の合間に仲良く話している光景も見られた。
「サード…勝てるかな…?」
サクラと手を繋いでいるクルスは誰に言うでもなくぼそっと呟く。
「確かにサード君には勝ってほしいよね。一緒に特訓した仲だし…」
サクラとしてもやはりサード側の勝利を望んでいるようだ。そんな2人に続くようにファストもまた安腹亭の勝利を内心で祈っていると……。
「サクラやクルスは知らん仲ではないからかもしれんが…他の連中も全員が安腹亭の勝利を望んでいると思うが…」
ブレーはどこか冷めた目で広間に集まっている女性達に目を向けながらため息を吐いた。
彼女が何故このような態度で広間に集まっている女性達を見ているのか、それは目の前にいる女性達がほとんどサード目当てで来ている事が明白であるからだ。
中にはサードの顔写真が貼ってある団扇を持っている女性達も居る。一体どこでそんなものを入手したのやら……。
「(料理対決を見ると言うよりそこに現れるあの小僧を一目みたく来ている事が一目で分かる。まるでアイドルの追っかけだな…。あの団扇…本人に許可を取っているのか?)」
そんな事を考えていると前方の女性陣達の視線がこちらへと向いている事に気付いた。しかし厳密に言えば自分達ではなくその隣に居る男性に対して向けられていた。
「あっ、ファスト君じゃん!」
「おおっ、目の保養目の保養♡」
「あ~…何とかしてお近づきになれないかなぁ~」
アゲルタムの街、というより世界で数少ない男性が近くに居ればやはり注目を集めてしまうのも無理は無くファストの存在に気付いた女性達が彼に視線をチラチラと向けているのだ。ファスト自身もこの展開にはいい加減に慣れたのか小さく苦笑している。
だが、当の本人は気にせずとも両隣の女性は違った。
「むぅ…」
「……」
クルスは別段気にしていない様子であるが、彼に恋心を抱いている2人の乙女は違った。
サクラは小さく頬を膨らませており、ブレーは内心で舌打ちをしていた。
「ファスト…なんかデレデレしていない?」
「はぁ…言いがかりはよせ」
ため息を吐きながら誤解だと言うファスト。
実際ファストは全くデレデレなどしてはいないが、恋するサクラからすればやはり面白くないのか口を少し尖らせてつまらない言いがかりを付けてしまう。
そんな自分に少し自己嫌悪を抱いていると、目の前にいた女性達がこちらへと寄って来た。
「あの~、少しいいですかぁ♡」
一番先頭に居た女性がファストに猫撫で声で話し掛けて来た。それに続くように他の女性達も彼に話し掛けようとする。
だが、先頭の女性が言葉を続けようとしたその時――――
「………」
「ひうっ!?」
女性の口からは小さな悲鳴が漏れた。
その理由はファストの隣に立って居るブレーの無言の圧力が原因であった。
「…コイツに何か用か」
「あっ…いえ…えへへ…」
睨み付けるような視線を直視できず、すごすごとその場を後にする女性。その背後に居た女性達も無言の圧力に耐え切れずゆっくりと彼らから離れて行った。
女性達が離れて行くとブレーは腕組みをしながら小さく鼻を鳴らした。
「ふん…ミーハー共め…」
「(ブレーさん…ナイスです)」
内心で彼女に親指を立てるサクラであるが、それと同時に彼女の口から〝ミーハー〟という単語が出て来たことにも少し驚く。
女性達が離れると、ファストがブレーに小さな声で礼を言った。
「助かったブレー。ありがとな」
「き、気にするな」
口では大した事はしていないと片付ける彼女であるが、その表情は少し嬉しそうである。好きな男に礼を言われるとやはり気分が良い物だ。
それを見てサクラが再び少し不満そうな表情になる。
「(む~~~…負けてられない…)」
サクラの視線に気付いたのかブレーが内心で思わず小さく笑っていた。
「(本当に表情で感情が読み取りやすい娘だ。まあ…私も人の事は言えないが…)」
数分前にファストに言い寄ろうとした女性達を面白く思わず小さく殺気を放っていた自分のことを思い返すと、自分も隣に居る青年に惹かれて色々と変化していることを実感した。
「恋は盲目とはよく言ったな…」
「ん、何か言ったか?」
「いや、何でもないさ」
何やらブレーが小声で何かつぶやいた気がするが、本人は何でもないと返す。
それからしばらくの間、ファスト達4人が軽く談笑していると前の方が少し騒がしくなり始める。どうやら今日の対決に出る飲食店の片方が先に到着した様だ。
「あらあら凄い賑わい…」
やって来た人物は2人組。その内1人はこの対決の提案者であり、この対決に出る飲食店の最高責任者であるフルドである。そして彼女の傍らには赤毛で少し身長の低く、顔には微かなそばかすのある少女が並んでいた。
彼女こそがフルド側の代表であるパス・ナポリ、今日の代表の1人である。
「くあ~…」
しかし少女の瞼は半開きで、今から対決だと言うにも拘らず眠たげな様子を曝け出しており広間の観客達からは小さく訝しみの声が聴こえて来る。
「あの子が今日の対決の出る娘?」
「なんかやる気なさそうだけど…」
そんな周囲の反応など顧みずナポリは欠伸をかみ殺しながらフルドへと話し掛ける。
「フルドさん、もしこの勝負で私が勝ったら…」
「ええ、分かっているわ。特別ボーナスの件でしょ」
勝利後の報酬の確認をして頷くナポリ。
彼女は珍しく異性に対する関心はほとんどなく、他の従業員はサードがしばらくの間自分達の元に来て共に働いてくれることを楽しみにしているようだが、彼女としてはどちらでも構わない。件の少年が来ようが来なかろうが本当にどちらでもよいのだ。
そんな事よりも彼女にとって心が動かされるのはこの勝負後の報酬、つまりは俗物的な言い方ではあるが金であった。この勝負も勝利後の特別ボーナスが無ければ彼女はこの勝負に出る気などなかったのだ。
「(やれやれ、あんまりこういった公の場でお金の話はしてほしくないのだけど…)」
隣で欠伸をしているナポリに内心不満を持つフルド。
彼女の腕前は買うが、少し金に対して意地汚さがあるこのような面はフルドもあまり好きではなかった。
「(まっ、今更だけど…)」
そんな事を考えていると広間に居た女性達の反応が突然大きな物へと変容した。
「来たわね…メイシ…」
フルドの視線の先にはメイシ率いる安腹亭の3人がこちらへ向けて歩みを進めていた。
いよいよ、サードを懸けた料理対決が火蓋を切ろうとしていた。




