少女、料理対決の為に奮闘する
昨日、フルドが安腹亭に持ちかけて来た料理対決。
安腹亭の若き女店主のメイシはテーブルに突っ伏して頭を抱え込んでいた。それと同時に昨日の自分の甘さ、油断に対して悔恨の思いに苛まれていた。
何故、昨日の自分は料理対決の了承を得たと同時に逃げる様に店を出て行ったフルドを引き留めようとしなかったのか。あの女狐の腹黒さを理解していたのならあの瞬間、彼女の腕を強引に掴んででも引き留めるべきであった。
「完全にしてやられたわ…」
メイシはテーブルの上へと置かれた1枚のチラシを見ながら呟く。
メイシが頭を悩ませている根源となるチラシ。それは今から三日後に自分とフルドの飲食店が料理対決をする事を街の皆へと伝える宣伝の物であった。別段、料理対決の事を知られることはメイシにとっては何ら問題ではない。だが、チラシの一番下部分にはこう記されているのだ。
『なお、それぞれの飲食店代表選手はレンゲ・スクイとパス・ナポリの2名とする』
チラシの最後に記載されているこの一文はメイシ側にとって敗北がほぼ確定した、一種の処刑宣告の様に感じられた。メイシの料理の腕前が壊滅的な程に悲惨な物である事は既に確認済みなのだ。そんな彼女が勝負の舞台に立つなど負け戦同然だ。
フルドのことだ。恐らくは勝負を挑む以前からレンゲの料理の腕前を下調べしていたに違いない。彼女の料理の腕前を把握し、そして自分達が確実に勝利を得る為に料理対決に持ち込んだのだろう。だから昨日あの女は料理対決の了承を得た後逃げる様に店を出て行ったのだ。あの時点で既に自分達はフルドの罠にどっぷりとはまっていたのだ。
危機的状況に頭を抱えていると、調理場の方から強烈な異臭が漂って来た。
「うっ…クサ…」
調理場へと目を向けるメイシ。店に漂うこの異臭の正体は、料理対決に選抜されたレンゲが対決に備え料理を作っているからである。調理場ではレンゲが一生懸命に賭けの対象であるサードの為に頑張っている事だろう。だがレンゲには悪いがこの強烈な臭い、正直これでは彼女の勝利を信じる事は難しかった。
「何とかしないと本当にこの勝負…一方的な敗北で終わるわ…」
鼻を押さえながらこの状況を打破する策が無いか思考を巡らせる。
そこへ厨房から出て来たサードが顔を青くし、口元を押さえながらメイシの元へと歩いて来た。
「うぷっ…メイシさん…このままじゃ勝てそうにない…」
「ごめんなさいね。味見を頼んで」
「別にいいですよ。さっきまではメイシさんが毒身をしていたんですから…うぷっ…」
「毒身って…」
レンゲの作った料理を味見とは言わず毒身と言うサードの物言いに小さく苦笑を漏らすが、食す前から吐き気を催してしまう料理を口にする事は確かに味見ではなく毒身というべきなのかもしれない。
料理対決の選手が強引とはいえレンゲである事はこの町全体にすでに広まっている。ならば今更自分たちが何を言おうと選手交代など受け付けてもらえないだろう。というよりもフルドが認めはしないだろう。ならば今の自分達が出来る事といえばレンゲの料理のスキルをアップさせるしかない。
ちなみにサードとメイシの2人が味見を担当しているのは、レンゲではどんな酷い料理でも美味しく感じられるほど味覚がおバカさんなので一般的味覚の持ち主であるこの2人が引き受けるしかなかったのだ。
「うぐっ…スイマセン…少し休憩を…うぅ…」
「休んでていいわよ。次は私が毒見するから…」
空いている席に横になるサード。腹部を押さえながら苦悶の表情を浮かべている。
驚くべきことに彼がここまで疲弊した原因が料理の味見であるとは傍から見れば思えないだろう。かくいう自分も一時間ほど前までは同じ状態であったのだが……。
「でもこのままじゃ本当にマズイわね。今から三日後の料理対決までに今のレンゲの腕がどこまで上がってくれるのかしら?」
わずか三日という短時間の間、それまでに正直レンゲの腕前がまともにフルドの店に対抗できるか否か……。今だって厨房の方から先程までとは異なる異臭が漂ってきているのだ。
「すいませーんメイシさん。試食お願いしまーす!」
厨房から聞こえて来る死刑宣告に等しい言葉にメイシの顔色が急降下気味に暗くなる。
食す前から臭いだけで失敗であると思っているからだ。それでももしかしたら臭いは悪くとも味の方はもしかしたらと淡い希望、というよりも願望を抱きながら彼女はゆっくりと厨房の奥へと姿を消して行った。
その後ろ姿を横になって眺めているサードはそっと瞼を閉じ顔を背けるのであった。
その数秒後、厨房の方から何やら呻き声の様な物が聴こえてきた気がする……。
「何か対策を練らないと本当にマズイわ!」
机をダンッと強く叩きながら今の状況を大きな声で口にするメイシ。彼女の対面にはサードが座っており、メイシの言葉に首をコクコクと何度も無言で上下に振っている。
既に外は真っ暗な闇に覆われ、厨房で料理をしていたレンゲはすでに帰っている。この店の店主たるメイシと同居しているサードはレンゲの帰宅後、二人で今後の対策を考えていた。
「残り二日…その短い間に今のレンゲの腕前が安心して勝負の場に出せるレベルになるとは思えないわ」
中々に酷い言い様ではあるが擁護する気にはなれないサードであった。それもそのはず。今日一日でこの2人が何度瀕死の状態へ陥った事やら。
しかも――
「あれだけ練習しても全く進展がないなんて……」
サードが今言った通りレンゲの料理の腕前は全くと言っていいほどに変化を見せる事は無かった。流石にあれだけ頑張っている本人を目の前には言わなかったが、彼女の作る料理はことごとく不味いままであったのだ。
近くで彼女の料理を見ていたサードとメイシであるが、彼女の理料を作る過程は基本はおかしな部分が無いのだが、ほんの一瞬目を離したスキに何故かおぞましい変化を遂げているのだ。
「今日一日のレンゲは料理というより兵器を作っていた気がするわね…」
至って平凡な食材で危険な物質を生成する瞬間を目の当たりにしているメイシは大きなため息を吐き出しながら言う。
一日付き添ってあのレベルの腕前を少なくとも一般レベルまで持って行くのは不可能とは言わない、だが残り二日の間に解決できるかどうか……。
「こうなったら…何か裏工作でも……」
「いやぁ…それはそれでどうかと…」
「でも今のままレンゲの料理を教えるだけじゃ光明が見えてこないわ」
確かにメイシの言っている事はサードにも重々理解できる部分がある。実際彼女の料理を口にして卒倒しそうにすらなった。
だが、やはりそれでも……。
「オレは…レンゲを信じたい…」
確かに今回の料理対決の選手にレンゲが抜擢されたのは向こう側の策力なのかもしれない。だが、自身が選手に選ばれたレンゲはこの店の勝利の為に今日一日ずっと力戦奮闘していたのもまた事実なのだ。その証拠を裏付けるよう、彼女は今日一日に何度も料理を作っては失敗を重ねてもめげる事は無かった。
その姿を間近で見ていたサードとしてはレンゲの努力を推し、彼女の力で戦わせてあげたい気持ちが強かった。
サードのレンゲを想うその気持ちにメイシも自分の考えを戒める。
「ごめんなさいね。私も少し浅はかな発言をしたわね」
「いや…裏工作はともかく三人で協力するのは悪い事じゃないと思います」
別段サードもレンゲ一人だけに任せようと言っている訳ではない。出来る事があるなら自分も手伝いたいとは思っている。
しかし中々方法が思い浮かばないのかメイシは大きく息を吐いている。
そんな彼女の代わりにサードが意見を出した。
「今日一日レンゲに付き合っていたけど…彼女の試作料理の中で麺類の料理が一番……マシだったと思う……」
「そうね…確かに一番胃袋に納められたし…マシ…ではあったかしら…」
正直美味しいとは言えないが、今日の試作料理の中で一番改善次第では大会でも通用するかもしれないと淡い希望を抱くことはできる…かもしれなかった。彼女の作った麺はとてもコシがありのど越しも良かったのだ。スープの問題さえ自分たちが解決できれば……。
「一番まともな分野を鍛え続ければ或いは…」
「そうね…麺の出来は良かったからスープをどうにか出来れば…」
「俺たちで麺に合うスープを考えてそれをレンゲにレクチャーすれば大会でも勝機があると思います」
「ヨシッ! 早速取り掛かりましょう!!」
サードの意見にはメイシも賛成であり、そうと決まれば善は急げである。早速2人は厨房へと向かい明日に備えて彼女の麺に合うスープ作りを始めるのであった。
料理大会まで残り二日、サードを懸けた対決の日は目前まで迫っていた。




