少女、新作料理を考える
アゲルタムの街には多くの飲食店が存在する。しかしここ最近に急激に人気を上げた飲食店が1つ存在していた。その店の名は『安腹亭』といい、一人の看板息子の加入で店の売り上げは一気に上昇したのだ。
その看板息子である少年サード、彼は今も店に訪れるお客の相手をしていた。
「ご注文の品お持ちしました」
「はーい、ありがとう♡」
「こちらのお客様はコーヒーだけで宜しかったですね?」
「うん、ありがとねサード君♡」
注文を持ってきてくれたサードにデレデレと笑顔を振りまく女性客。
この少年に一目逢いたくこの店は毎日と客足が途切れる事は無い。当然常連客も大勢居り、中では1週間まるまるこの店に通い続けた女性まで居る始末だ。そんな熱烈な女性に当初は翻弄され続けていたサードであったが……。
「サードくんの可愛いお尻にタ~ッチ!」
欲望を抑えきれない女性客が彼の尻へと手を伸ばすが――――
「おっと」
それを軽く避けるサード。
「お客様、申し訳ありませんが過剰な接触はご遠慮ください」
そう言うと彼は厨房の方へと戻って行き次の料理を取りに行った。
その光景を見ていた店の同僚であるレンゲは彼の成長ぶりに内心で感心していた。今まではイチイチ手を出されるたびに大きな反応を示していたが、今ではあの様に軽く女性達をあしらっている。
「これもファストさんのお蔭かな?」
メイシさんから話は聞かされていたが、ファストさんに訓練をつけてもらってからは少したくましさを増した様に見える。今の様に女性客や同僚に絡まれても飄々と受け流している。
そして――――
「あっレンゲ。早く料理とりに行って来て!」
「りょーかいでーす」
この様に自分相手にも気軽に自分から声をかけて来るようになったのだ。
「(なんか成長したなぁ~…)」
そう思いながら厨房へと足を運ぶレンゲであった。
いつも通りの黒字であった安腹亭であったが、店が閉店後、この店の若店主であるメイシは少し難しい顔をしながら客の居なくなった席に腰かけていた。
この店で供に暮らしているサードとまだ店に残っていたレンゲはそんなメイシを見て疑問に思う。店の売り上げが好評でありながら何故そのように顔をしかめる必要があるのか?
「どうしたのメイシさん? なんか難しそうな顔をしてるけど…」
何気に今までよりもフランクに接するサード。
内心ではまだ余り馴染まないレンゲであったが、いずれ馴染んでいくだろう。それに彼の変化よりも今はメイシが何を悩んでいるかが気になる。
「それが…新しい料理をここ数日考えているんだけど…はあ…中々浮かんでこないのよねぇ」
「新しい料理?」
「そ、この店を立ち上げてから特に目新しい料理は出していないでしょ。多少のアレンジは加えているけどね」
「あ~確かに…」
この店で働いたばかりのサードには分からないが、それなりに日数のあるレンゲはメイシの意見に同意した。確かに料理の味や見た目に少々変化を付け加えた程度はしているが、完全な新作メニューなどは出した覚えがない。
「でも別にいいんじゃないんですか? だってお客は毎日沢山来てくれていますし、連日大盛況じゃないですか」
「それはそうだけど…」
確かに店の売り上げは上々である。しかし、それは料理の味というよりもこの店で働いてくれるサードの影響がほとんどを占めている。実は彼がこの店へとやって来る前には彼女は色々と新メニューについて試行錯誤していたのだ。
「この店の店主たる私がサード君だけに頼っている訳にはいかないでしょ?」
「まあそれは…」
それには確かに一理ある。
サード1人に頼りっきりのこの状況にはレンゲも少なからずコレでいいのかなとは感じていた。正直この店で一番苦労しているのは毎日来る客の相手をしているサードの様な気もする。
するとレンゲがメイシの肩を叩いて協力を申し出た。
「じゃあ私も一緒に考えますよ!」
「え…?」
「新メニューですよ新メニュー! 一人では無理でも私とサード君が揃えば何とかなりますって!」
「いや、その気持ちは嬉しいんだけど…というよりサード君にも結局手伝ってもらうの?」
サードだけに頼っている現状が駄目だと思い新メニューに頭を悩ませていたのに、結局彼に協力してもらっては元の木阿弥の様な気がするのだが……。
しかしサードを見てみると彼も乗り気になっていた。
「オレだってこの店の従業員だから頼って欲しい。それに新メニューが当たれば俺よりもそのメニュー目当ての客も増えてオレの負担も減るんじゃないかな?」
「ん~…まあそれは…」
「まあいいじゃないですか! ホラ言うでしょう。3人揃えば文殊の知恵って!」
自信満々にそう言って協力を申し出るレンゲ。
サードもやる気になっており、ここで無下にするのは返って失礼だと思ったメイシは2人にも協力を申し出た。
「それじゃあ…お願いしようかしら」
「はい。任せてください!」
元気よく頭に手を持って行き敬礼の状態を取るレンゲ。それを真似して隣でサードも一応同じポーズを取っている。
こうして安腹亭の新作メニューの考案が始まった。
翌日の朝、今日は急遽だが店の入口に休業の張り紙をして店の営業を停止した。
今日も食事をするため…というよりサードに会いに来るために訪れる客達には申し訳なく思いながらも…いや、食事ではなくサード目当てに訪れる客に対してはそこまで申し訳ないとは思っていないがそれでも突然の休業を悪く思っていると店の扉が開いてレンゲがやって来た。
「オハヨーございますメイシさん。帰ってからイロイロと新作メニューを考えてきました」
「ありがとうレンゲ。他の皆は今日は休みを取れたのにごめんなさいね」
「気にしなくていいですよ! 自分から言い出したんですから。サード君はまだ寝ているんですか?」
「ええ、あの子も昨日の夜部屋でいくつかメニュー作りに奮闘していたみたいでね……」
彼が寝むっている上の階へと視線を送るメイシ。
昨日の夜、彼はレンゲが帰った後にこの店の為に自分と共に夜遅くまでメニュー作りに貢献してくれていたのだ。その気持ちだけでメイシはとても嬉しかった。
「ところでレンゲ、その手に持っているソレは何かしら?」
レンゲの手には大きめの袋が握られており、それが何かと聞くと彼女は袋の中身を取り出した。
「じゃーん! 実は家で1つ試作品を作ってみたのです!!」
彼女の取りだした袋の中身は取っ手の付いた鍋であった。
昨日レンゲは自分が宿泊している宿へと戻ると、いくつかの新作メニューを考え、その内の一つを実際に作って来たのだ。
「もう作って来たの?」
「はい、善は急げです!」
そう言って彼女はその鍋を持って奥の厨房へと足を運ぶ。
「すいませんメイシさん。少し冷えたので温め直しますね」
彼女は鍋を持ったまま厨房の奥へと消えて行く。
空いている席へと腰を下ろしどんな料理を作って来たか楽しみに待っていると――――
「……うん?」
なにやら…なにやら妙な臭いが鼻を刺激した。
その臭いは徐々に強まって行き、厨房の奥から放たれている。この時点でメイシは嫌な予感を感じていた。彼女が厨房で鍋を温め直してからこの臭い、この異臭は十中八九レンゲの料理が放っているのだろう。
「でっきましたーッ!!」
テンション高く厨房から姿を現したレンゲ。
彼女の手に握られている鍋がメイシの座っている席へと運ばれる。
「ふぐっ!?」
目の前に置かれた料理を前にレンゲは思わず鼻を摘まむ。
失礼だと分かっていながらもこの強烈な臭い、とても我慢できるものではなかった。そんなメイシの反応にレンゲが頬を膨らませる。
「もう、そんなリアクション失礼じゃないですか。せっかく作って来たのに」
「ご、ごめんなさい」
確かにワザワザ作ってくれてきた事は有り難いが、正直この臭いはとてつもなく悪い意味で強烈だ。
しかも蓋をされている状態でこれなのだ。もしも臭いを密封しているこの蓋を開ければどうなるのか…そんな怖れを抱きながらも、彼女はその臭いを覆う蓋に手をやった……。




