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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第八章 弱気な少女、生まれ変わり編
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少女、チャンスを見送る


 「ファスト、少しいいかな?」


 コンコンと彼の部屋の扉をノックしながら部屋の中のファストへと呼びかけるサクラ。夕食の準備が出来たので呼びに来たのだ。


 「ファスト~?」


 しかし数度扉をノックするが、部屋の中からは特に返事は返ってこない。

 中の様子を確認する為に扉をゆっくりと開けて覗き込んでみると、ファストはベッドの上で寝息を立てながら安らかに寝むっていた。

 

 「アララ…寝てる」


 近づいて顔を覗き込むサクラ。

 整った顔立ちをした少年の寝顔はとても穏やかで見ている女性を引き込んでいく魅力が感じられた。そんな彼の顔を見つめ続けているとなんだか無性に恥ずかしくなってくる。

 思えば…今までこんな風にファストの寝顔を覗き込んだ経験なんてなかった。

 手をそっと伸ばし、彼の髪を優しく撫でてみた。


 「(わわわ…私…ファストの頭を撫でている)」

 

 未知の経験にどこか心が弾むサクラ。今の世では女性が男性にこんな風に接する事は非常に珍しい。

 中々ファストが起きない事や、誰も見ていない事をいいことに調子づいた彼女は彼の頬を指でつついたり、鼻の頭を軽く押したりとしていると、ふと視線は彼の口元に移った。

 無防備なその唇を見て、サクラは無意識の内に自分の唇を指でなぞっていた。


 「……ハッ!!」


 慌てて自分の唇から指を離し我に返るサクラ。

 自らの行為に彼女は思わず顔から火が出る想いであった。真っ赤に染まった顔を冷やそうと手をパタパタと振って冷まそうとするが、逆にドンドンと熱くなる。なんだろうか、告白をしてしまった後からなんだか自分がとても露骨な女になっているような気がする。

 チラリともう一度無防備に寝ているファストに視線を移す。


 「おーいファスト…寝てる?」


 サクラはしゃがみ込んで彼に呼びかける。だが、相変わらず彼は気持ち良さそうに寝息を立てている。

 彼の頬へと自分の顔を寄せるサクラ。そのまま彼女は自身の唇を彼の唇へと近づけていき――――







 沈み切っていた意識は徐々に浮上し、やがて夢の世界から現実へと帰還したファスト。


 「んん…くぁっ~…」


 眼の端に溜まった涙を拭いながら欠伸をするファスト。

 顔を横に向けるとサクラが床下へと正座をして自分を見つめていた。


 「うおッ! どうしたサクラ?」


 目覚めて隣にサクラが座っていた事で寝ぼけていた意識は一瞬で覚醒し、慌て気味に体を起こすファスト。

 

 「おはよ、良く寝たね」

 「おはよ…じゃなくて何で居るんだよ。一応ここ、俺の部屋だぞ」

 「もう夕食の時間だから起こしに来たんだよ。何度呼んでも中々起きないんだもん」

 「ああ、起こしに来てくれていたのか。悪い悪い…」


 どうやら彼女は夕食に自分呼ぶためにこの部屋にやって来た様だ。

 わざわざ手を煩わせてしまった事に軽い調子でとりあえず謝っておくファスト。それに対して気にしなくてもいいと返すサクラ。

 そのまま2人は食堂まで歩いて行った。


 「はあ、確かに大分腹が減っているな」

 

 食堂まで続く廊下からは何やら美味しそうな臭いが漂ってくる。

 アーシェの作る料理は絶品なので、今日1日は疲れに疲れ、いつも以上に空腹状態であるファストはこの臭いに少し気分が高揚する。

 すると後ろから足音が聴こえてきた。振り返るとヨウカが欠伸をしながら歩いて来ていた。


 「ふあぁ~~、あら二人共。オハヨ♡」


 色気ある声色で挨拶をするヨウカ。

 少し服装が乱れており、ファストがため息交じりに注意をする。


 「服が乱れているぞ。シャンとしろ」

 「あらぁ、厳しいわねぇ。ふふ…ホントはもっと見ていたいんじゃないのぉ?」

 「そ、そう言う冗談はやめろ! だいたいお前は少し寝すぎだ」

 「ちゃんと仕事はしているわよぉ~」


 ちなみにヨウカは小説家であり、しかも世間では彼女の作品は広く知られている。

 彼女の職業が作家である事を彼女自身から聞いたときは半信半疑であったが、アゲルタムの街にある書店に彼女の作品が複数置いてあったので軽く驚いた。

 中身までは読んでいないが、いくつもシリーズがあったことから人気がある事は間違いないだろう。もしかすれば何気に一番稼いでいるのは彼女かもしれない……。

 

 「もう~、クダクダ言わないのぉ~」

 「んう…」


 ファストの唇に人差し指を当てて彼の口を閉ざすヨウカ。

 彼女の取った行動を見ていたサクラは自分の唇に指を押し当てながら、先程寝むりについていたファストに行った自分の行為を思い返していた。


 「……」


 あの時、寝むっている彼の唇に落とし掛けた自身の唇。だが、あと数センチという距離まで迫り彼女はそれ以上先へと踏み込むことを止めたのだ。触れる直前で思いとどまり、そのまま2つの唇は触れ合うことなく離れて行った。


 あのまま彼とキスをするのは…なんだか卑怯な気がしたから……。


 「はいはい食堂に行きましょうね」

 「コラ、押すなって…」


 ヨウカに背中を押されながら食堂へと歩いて行く彼の後ろ姿を見つめながら、彼女は少し残念そうな顔をする。好きな少年が目の前であんなにも無防備になっていた事は相当なチャンスだったことは事実なのだ。そう思うと判断をミスしたとは思わないが、それでも少し後悔が残ってしまうものだ。

 

 「もったいなかったかな?」

 「あら何が?」

 「へ…うえぇぇぇぇ!?」


 背後から掛けられた声に奇妙な叫び声を上げながら振り返るサクラ。

 

 「な、何…その反応は?」

 「ヤ、ヤイバ! もう、驚かせないでよ!!」

 「いや、普通に声を掛けただけじゃない。あなたの方こそオーバーリアクションを取り過ぎだと思うのだけど…」

 「うっ…」


 正にド正論を叩き付けられ言葉が詰まってしまう。

 彼女の言う通り、別段ヤイバは大声を上げて驚かしに来たわけでない。今のは完全に彼女の言う通り自分の過剰な反応こそ批判されるべきだろう。


 「ごめん、驚いちゃって…」

 「別にいいわよ。それより、何が勿体なかったのかしら?」

 「い、いや…何でもないから気にしないで! アハハハ…」


 アハハと笑いながら小走りで食堂へと向かうサクラ。

 しかしヤイバは彼女の林檎のように赤く染まった表情を見てすぐにファストに関係する事であると見抜いていた。


 「まったくあの2人は…」


 常日頃の様子を見ていればサクラがファストに恋心を抱いている事などヤイバは当の昔に気付いていた。ついでに言えば自分の他にヨウカもこの事実に気付いている。その上でヨウカはファストをからかう事もあるから少しタチが悪い。時折、さっさとくっついてくれないかなぁと思うヤイバであるが、彼女の初々しさから言って仮に2人が付き合う事となっても彼女は今の様にいちいち照れるとは思うが……。


 「まあ、ライバルはメチャクチャ多いけど…」」


 今の世界は男性が少なく、自分たちのギルド内ですら大勢の女性が彼を狙っている。必然的にライバルも大勢生まれる事となる。何気にサクラの居ない所で彼は他の女性に口説かれている現場を自分は目撃した事もある位なのだから。


 「ま、頑張りなさいな」


 視線の先で未だにファストにちょっかいを出すヨウカにさすがに物申しているサクラを見ながら応援の言葉を投げかける。

 だが、同じギルドで仕事をしている間柄である彼女からすればあの2人は中々にお似合いだと思う。もしもあの2人が結ばれた時は盛大にお祝いの言葉を贈ってあげよう。

 そんな未来を想像すると不思議と口元が綻んでいく。


 「(ガンバレ…)」


 今度は口には出さず、まるで願う様にサクラへとその言葉を贈ってあげたヤイバであった。


 


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