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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第八章 弱気な少女、生まれ変わり編
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少女、最後の最後で締まらない


 衝撃の告白から少しの経過後、サクラは疲れ切った様に大木に背を付けて座り込んで居た。その隣ではファストが気まずそうな顔をして立って居る。

 まさかブレーに続いてサクラまでもが自分に対して好意を寄せていたとは思いもしなかったのだ。

 

 「それで…さっきの続きだけど」

 「あ、ああ…」

 「確かこの街を出るだっけ?」

 「…はい」

 「却下」


 二文字で完結の返答をするサクラ。

 先程までではないとはいえ、未だに彼女は不機嫌な表情をしている。


 「ファストが狙われているからって、それであなたを独りになんてできない相談だよ」

 「だが…この先も狙われる可能性があるならお前にも危険の火の粉が降りかかる恐れがある」

 「それでも…いや、それだからこそだよ」


 サクラは立ち上がると腰に手を当ててファストを見つめる。

 もしもこの先もあのクチナシの様な敵が彼の前に現れるのなら、彼を独りきりになど出来ない。確かにファストは強い、それも先程の手練れ剣士を圧倒する程に。だが、それでも彼が独りで戦う理由には決してなりはしない。たとえ彼がどんなに強くとも、たった独りっきりで戦い続ける事などできない。そんな事をしてしまえば彼の精神はすり減り、やがては押しつぶされてしまう。

 いかに神の産物とはいえ、彼もまた一人の人間なのだから……。


 「私は貴方のマスターなんでしょ? だったら私が貴方を置いて行くなんてありえない」

 「サクラ…」

 「貴方が何を言おうと私はファストを見捨てたりしない」


 そう言ってサクラはファストの抱き着く。

 彼女の温かな体温に触れ、ファストはそれ以上は何も言えないでいた。


 「……サクラ、俺と一緒に戦ってくれるか?」

 「うん…私だけじゃない。ブレーさんも、クルスちゃんもこの場に居れば同じことを言っていた筈だよ」

 「そうか…」


 サクラに抱擁され、ファストは自分が己惚れていたことを思い知らされた。

 自分はもしかすれば今の戦いで本気を出さずとも敵を倒せた事で慢心をしていたのかもしれない。自分独りでも闇ギルドの1つを相手どれるのではないかと……。

 自分のマスターに悟され、冷静になって見れば自らの自惚れを晒した事に今更ながら恥じる。

 改めてファストはサクラに頭を下げ、彼女へと共に戦ってもらう様に頼んだ。


 「サクラ、改めて頼む。俺と共にこの先も戦ってくれ」

 「もちろん! 少しはマスターを頼りなさい!!」

 「……」

 「……」

 「ふふ…くくっ」

 「あはは…ぷっ」


 同時に吹き出してしまう2人。この時、サクラは笑いながらも少し嬉しかったのだ。

 告白が無事に達成できた事より、彼の言ってくれた言葉に彼女は心の奥底で感動していた。彼はさっき言ってくれたのだ〝俺と共にこの先も戦ってくれ〟…と。

 マスターなど唯の肩書、自分はファストよりも小さな存在である事は自覚できていた。だが、それでも彼は自分と共にこの先も戦ってほしいと頭を下げて来たのだ。そう、自分の隣に立つ事を彼は認めてくれたのだ。


 「(ファスト…やっとあなたに認めてもらえた気がしたよ……)」


 ファストにようやく認めてもらえたと思ったサクラであったが、それはこの先も今回の様な戦いに身を置く危険が必然的に増える事を意味する。

 だが、構いはしない。元々大好きな彼の傍を離れる気など有りはしない。例えどれだけの危険にこの身を晒そうとも、最後まで彼と並んで戦い続けて見せよう。

 少女はその誓いと共に、もう一度彼に先程以上の力で強く抱き着いた。







 森の中での激闘から何とか離脱に成功したクチナシ。

 彼女は戦線離脱してから一切脚を止めずに走り続けていた。しかし、森を抜けても更に走り続けて約10分も経てば流石に一安心できたのか、一度だけ背後を振り返り人気がない事を確認すると、ようやく足を止めた。 

 万全の状態ならいざ知らず、体力を戦闘で大幅に削られた状態での全速疾走に呼吸が僅かに乱れてしまう。

 

 「ふう…疲れましたね」


 近くの丁度良い大きさの岩の上に腰かけるクチナシ。

 空を見上げると清々しい青空が広がっているが、それとは裏腹に彼女の心は曇天の様に曇っていた。


 「あれほどの強さとは…いやはや参りました」


 足元に転がっている小石を蹴り飛ばしながら、自分が仕留めそこなった少年との戦いを思い返す。

 あの強さ、かつて相手にしたとある小国の一個小隊の兵士達が可愛く思えた。あの強さは正に一騎当千であり、今まで戦って来た中でも間違いなく一、二を争う強敵であった。


 「しかし妙ですね。アレだけの強さを持っていながら今まで情報が入って来なかったとは……」


 あれだけの圧倒的な力を持っている少年が居ながら、彼に関する武勇伝の類を自分は聞いたことがない。アゲルタムの街を初め、様々な国や街のギルド、自分達以外の闇ギルドに関してそれなりに情報を収集していたにもかかわらず、あのファストとやらにまつわる話は同じギルドの仮面の女との戦いの情報しか自分たちは持ち合わせていなかった。

 だが、あれだけの実力者が今まで騒ぎを一切起こさなかったというのは考えにくい。


 「そうなれば…彼はいったい何処から現れたんでしょうかね?」


 頭を悩ませて必死に考えようとするが、身体に走る鈍い痛みが至高を遮る。

 服を捲り痛みが走った腹部を確認すると、ソコは先程彼に殴られた箇所であった。僅かだが赤く変色している。恐らく内出血でもしているのだろう。

 患部を優しく擦ると、彼女は岩の上から尻を上げ、おしりについた砂を払い歩き出す。


 「ギルドに戻る前にとりあえず、どこかで休息でも取りますか」


 ジンジンと痛む腹部を押さえながら移動を始めると、歩いて数歩で身体が空腹を訴え、ぐ~ッと間抜けな音色を出した。

 

 「…お腹も空きましたしどこか食堂でも……」


 しかし周囲を見渡しても食堂どころか人が住んでいる形跡の建物などは一切存在しない。ある物と言えば土や砂、草や石である。


 「とりあえず人が居そうな場所まで移動しますか…はぁ……」


 すきっ腹を訴え続けて鳴り止まない胃袋を叱咤する様にポコンと腹を叩いてやると、ファストに与えられた傷に響いて苦痛に顔が歪む。

 

 「はあ…お腹空きましたね」


 グーッグーッと腹を鳴らしながらトボトボと人の居そうな場所まで歩くクチナシ。その後ろ姿はとても闇ギルドに所属し、多くの命を奪って来た者とは思えないほどの哀愁を漂わせていた。







 一方、ファストたちもとりあえずは討伐依頼の魔獣も処分されていたので森に留まる理由も無く、森を出てアゲルタムを目指して帰路についている最中であった。だが、森に来た時と同じ人気のない帰り道、サクラは今更ながらに先程の自分の行いを思い返して羞恥心を感じていた。

 

 「(わ、私…勢いに乗っていたとはいえイロイロと恥ずかしいセリフ言っていたなぁ…)」


 自分の想いを告げられた事は良かったのだが、人気のないこの道を無言で歩いているとファストとの先程のやりとりを思い返してしまう。


 「(し、しかも私…だ、抱き着いてもいたよね!)」


 ようやく熱で火照った体が一度は冷めたのに、再び熱を持ち始めていた。

 

 「サクラ…とりあえずこの事はブレーとクルスにも話そうと思うんだが…サクラ?」


 ファストが彼女の名を呼ぶが、今のサクラの耳には届いていなかった。

 怪訝に思った彼はサクラの肩を叩いて意識をこちらに向けさせようとする。


 「おいサクラ?」 

 「ふえ?」


 声の方へと振り向くと、そこには先程自分が告白した少年の顔がある。

 

 「ぷしゅ~…」

 「うおおおおお!? しっかりしろサクラぁッ!!」


 ファスト目掛けて眼を回して倒れ込むサクラ。

 そんなマスターを抱き止めながら、彼は気をしっかり持つように必死に呼びかける。


 「しっかりしろサクラ!! おい、今度は何を恥ずかしがっているんだ!?」

 「んにゃ~~…」

 「ああもう! ついさっき俺にあんなに頼もしい事を言っていたお前はどうした!?」

 「ふにゅにゅ~~…」


 ファストの言う通り、先程森の中で彼を抱きしめていた少女は、今は見る影もない程へにゃへにゃとなっていた。そんな彼女を見るとこの先の闇ギルドとの戦い、彼女を隣に立たせていいかどうかを本気で不安に思うファストであった。


 「一皮むけたと思ったんだけどなぁ…はあ…」

 「うにゅにゅ~~~……」


 腕の中で目を回している少女を見て、やはり自分は街を出るべきかどうか本気で悩むファストであった。




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