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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第八章 弱気な少女、生まれ変わり編
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少年、命を狙われる


 気まずい空気を漂わせたまま遂に目的の場所まで辿り着くファストとサクラであったが、森の中へと入るや否や2人は奇妙な違和感を敏感に察知する。言葉では上手く言えないのだが、この森全体が何やら異様な雰囲気に包まれていると言えばいいのだろうか。

 

 「…ねえ、ファスト…」

 

 今まで羞恥心から顔を真っ赤に染めていたサクラも、顔の熱が冷め少し警戒を強めている。

 

 「サクラ…気を付けろ。この森…何か妙だぞ」

 「うん…」


 ファストは突然の事態にいつでも対応できるよう、身体をマナで強化しサクラの身の安全を最優先に考え始める。サクラにもマナで身体を強化するように指示を出して置く。

 ファストに言われて同じように身体強化をしながら彼女は周囲を見渡し呟いた。


 「…魔獣の気配を感じない」


 ファストが感じた一番の違和感はそこであった。

 討伐依頼を受けていた魔獣だけではなく、この森には他の種類の魔獣も住み着いているという情報はギルドの受付嬢から事前に聞いていた。だが、自分たちが今居るこの森は生き物が生息している気配を感じ取れないのだ。不気味な静寂に包まれた森からは動物の鳴き声一つ聞こえはしない。


 「……うん?」


 しばらく歩くと、何やらファストが異臭を感じ取った。

 何か…鉄を連想させるよう臭いが鼻につく。サクラも遅れて臭いに気付いた様で鼻を摘まんでいる。


 「何だこの臭い…!?」

 

 先に進むと異臭は強くなり、ファストもサクラの様に鼻を摘まもうかと考えていると、視界の隅に何かが映り目を凝らして見てみると、そこには驚きの光景が広がっていた。

 思わず言葉を失うファスト。突然無言となった事に首を傾げてどうしたのかを聞くサクラ。


 「どうしたのファスト?」

 「……」


 ファストは無言で自分の視線の先を指差した。 

 そちらにサクラも目を向けると、その光景に言葉を失い口を覆う。


 「ひどいな……」


 ファストの視線の先には地獄が広がっていた。

 そこには、大勢の魔獣がバラバラに解体された状態で散らばっていたのだ。肉片が辺りに飛び散り、草木の色は赤一色で埋め尽くされている。

 その凄惨な現場を見てサクラは思わず吐き気を催す。


 「大丈夫かサクラ?」

 「う、うん…」


 彼女とてこれまで自らの手で魔獣を刈った経験もある。

 魔獣の死骸ならば仕事がらどこか見慣れている部分もある。だが、今目の前に広がるこの光景は別物だ。

 魔獣は一つの身体が複数個に分割されているのだ。自分たちの目の前で転がっている魔獣は恐らく5匹か6匹位の筈だが、転がっている肉片はその数倍の数が確認できる。この場には五体満足の死骸が存在しないのだ。

 よく見ると奥の方にも惨殺された魔獣の死骸が転がっている。

 余り直視出来ないサクラは後ろを向いて口元に手を当てている。だが、それとは逆にファストは魔獣の死骸の状態を確認していた。


 「(これは…明らかにコイツ等同士が仲間割れをした訳ではないな…)」


 魔獣同士が餌の取り合いや縄張り争いが元でこの凄惨な現場が出来上がったわけでないことを悟るファスト。

 彼が確信をもってこれが同士討ちの類ではないと思ったのは、バラバラにされた死骸の断面を見ての事であった。死骸の断面はまるで鋭利な刃物で切断された様な感じなのだ。少なくとも、獣の牙ではこうならないだろう。

 そこまで思考がいくと、彼は慌てて周囲を確認し始める。


 「ファ、ファスト? どうしたの?」

 「…この惨状は獣同士で起きたものじゃない」

 「え…?」

 「…まだ近くに…居る」


 ファストは腰の刀を握りしめ、周囲に全神経を張り巡ぐらせ警戒する。


 「よく見ろサクラ。この魔獣の死骸…俺たちが討伐するよう依頼を受けた魔獣じぁないか?」

 「あっ! ほ、ほんとうだ…」

 「しかもこの魔獣の死骸、明らかに鋭利な刃物で斬り裂かれた感じだ。そう、例えば俺のこの刀の様な……」

 「じゃあ、誰かが魔獣達を…」


 この地獄絵図を作った人物が居ると思うとサクラの背筋が冷たくなった。

 しかもこの数の魔獣を片付けたとなるとかなりの実力を兼ね備えている人物の筈だ。


 その時、二人の背後に強烈な殺気が叩きつけられる。


 「!?」

 「……」


 勢いよく後ろを振り返るサクラ。

 彼女の後ろに居たファストは彼女の壁になるように無言で前に出る。殺気は未だに自分たちへと送られ続け、腰の刀を抜くファスト。

 地面の草を踏み締める足音が小さくだが聴こえて来る。その音は少しずつ大きくなり、それに伴い殺気もドンドンと大きさを増していく。

 やがて、遥か前方から1人の人影を確認する2人。


 2人の前に現れた人物は黒い長髪をしており、その手には自身の髪と同じく黒い刀が握られている。

 まるで充血しているかのように真っ赤な瞳、女性にしては高身長、そして何より彼女から放たれる強大な威圧感。それを至近距離で浴びせられ2人は瞬時に理解する。

 目の前のこの異常な空間を作り上げたのはこの女であると……。


 「誰だ……お前?」


 ファストはサクラを後ろへと下がらせ、目の前へとやって来た女性の正体を問う。

 

 「初めまして……」


 女性が声を出した瞬間、後ろのサクラは全身に寒気を感じた。

 まるで冷水を思いっきり浴びせられたかのような錯覚に陥る。女性の声はとても綺麗な物なのに、耳に入って来るだけで足が震えそうになる。

 サクラが怯えを見せると、女性は頭を下げて謝罪をしてきた。


 「どうやらそちらの貴女に私は大変恐怖を与えてしまったようですね。大変申し訳ありません」

 「え…?」


 突然頭を下げられ困惑するサクラ。

 異質な雰囲気を纏っているが女性だが、その行動もまた異質であった。まさか出会って数秒で謝罪をされるとは予測も出来ない。

 女性は頭を上げると、改めて自己紹介を始める。


 「改めて初めまして。私はクチナシという者です。今日はそちらの貴方に御用があり足を運んだ次第です」

 「俺に…?」


 女性は自分へと腕を差し出しながら答える。

 ファストが怪訝そうな顔をすると、クチナシはゆっくりと頷いた。


 「はい。大変驚かせる事になり申し訳ありませんが、私が貴方の元までやって来た理由はですね……」

 

 クチナシは刀を構えると、ファストに謝罪を述べながら構える。


 「今日は貴方のお命を頂戴する為にやって来ました。申し訳ありません」

 「…お前、何を……ッ!」


 ガキィンッと金属同士がぶつかる音が森の中に響き渡る。

 ファストの言葉を遮り、彼の首筋へとクチナシが黒い刃を滑り込ませるように振るってきて、それを自らの刀で受け止め、結果刀同士が鈍い金属音を立てたのだ。

 

 「ファスト!?」

 「チッ、離れろ貴様!!」


 突然の不意打ちを見事に防ぎ、蹴りを入れるファストであるが、クチナシはソレを後方へと跳躍して回避する。

 突然ファストが襲われサクラは焦った様に叫ぶが、攻撃を無事に受け止め怪我をしていない事を確認すると安堵の息を吐く。

 

 「今の速度に対応しますか。お見事です」


 突然斬りかかっておきながら淡々と話すクチナシを睨み付けるサクラ。

 

 「あ、あなた! どういうつもりなんですか!?」

 「…? 何がでしょうか?」

 「ファストに突然襲い掛かって…彼に何の恨みが――」

 「サクラ!」


 しかし彼女の言葉を遮り、ファストは彼女の身を抱き寄せ上空へと跳躍する。

 突然のお姫様抱っこにサクラは戸惑うが、サクラが視線を地面へと向けると今まで自分が居た場所にクチナシが刀を突き出していた。

 あのまま自分が立っていれば恐らく刃先の位置的に喉を突かれていたかもしれない。


 「どうやら話し合いの余地はないみたいだな」


 ファストは上空からクチナシを睨み付ける。

 彼女はまるで生気の無い虚ろな瞳を自分たちへと向けながら、口元には小さな弧を描いていた。




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