少女、決意をしたが尻込みをする
訓練が終了後、ファストとサクラはギルドへと足を運んでいた。
ブレーとクルスはそれぞれがこの後に事前にギルドから取っていた仕事があるので別れ、今はファストとサクラの二人っきりの状況である。
ギルドに入るといつもの様に集まっている女性人達はファストを見て黄色い声を出しているが、今日のファストはソレの相手をする余裕がなかった。
「(き、気まずいな…)」
掲示板に貼られている仕事を選びながら隣のサクラのことを妙に意識してしまっている。
先程、大事な話があると言っていたが未だに話してくれる様子はない。ブレーと何やら話し込んでいたようだが内容は分からず、先程も何を話していたかを訊いたがはぐらかされる始末。
「あっ、この仕事なんていいんじゃない?」
「ん、あ、ああ。そうだな…」
サクラが選んだ仕事はアゲルタムの街から少し離れた森に現れた魔獣の討伐である。目的の場所までは少し離れてはいるが徒歩でも移動できる距離の様だ。依頼のランクの低さから2人でも問題なくこなせそうである。
「まあファスト独りでも全然こなせそうだし、ぱっぱっと終わらせようか」
「あ、ああ…」
ファストが頷くとサクラは早速その依頼書を受付まで持っていく。その後ろ姿を眺めながら今のサクラの様子はやはり不自然だと思う。
何故だか今のサクラはどこか無理をしているように感じるのだ。いや、無理と言うより無駄にテンションを高くしているというか……。
そんな事を考えながら受付嬢と話しているサクラを見つめるファスト。
ちなみにそんな風に心配をされている当の本人はと言うと――――
「(あああああ~~~~っ! この後告白するんだよね!? 胸が張り裂けそうだよぉ~~~!?)」
表情とは裏腹に彼女の心は凄まじい程に騒ぎ立てていた。心臓の鼓動はドンドンと高まり、頭がクラクラして来る。正直なところ、ファストの顔を見つめ続けると気絶してしまう自信すらある位なのだ。それを恐れて彼女は訓練終了後から10秒以上の時間、ファストの顔を見つめ続けていない。
ファストが予想していた通り、今の彼女は必要以上にテンションを上げ、空元気を振りまき何とか緊張を振り払おうとしているのだ。
「じゃあファスト、早速行こうか!」
「…ああ」
無駄にテンションの高いサクラに戸惑いながら彼女の後に続きギルドを出て行くファスト。
「なあサクラ、さっき言っていた話って…?」
「あ、後でね!」
振り返って後で話すと言うサクラ。その際にファストと見つめ合ってしまい、お互い無言となり数秒見つめ合う形となる。
「……」
「……」
数秒の静寂が続き、気まずい空気が流れる。
それから2秒後、サクラの顔がボッと真っ赤になりファストから勢いよく顔を逸らす。
「サ、サクラ?」
「……ごめんなさい。少しあっち向いてて…」
顔を隠しながら数歩前を早歩きで歩くマスターに戸惑いながら後に続く。
ギルドを出て、そしてアゲルタムの街を出た2人は目的の依頼場所を目指して歩く。道中サクラの様子が気になり中々話し掛けるタイミングを掴めずに約10分の間、無言を貫き並んで歩き続ける2人。
街を出てから人気も無くなり、サクラの緊張はピークを越えそうであった。
「(イカン…空気が重い……)」
今までテンションが高かったサクラは今はもう小動物の様にとても大人しく静かであり、逆にそれが場の雰囲気の重さに拍車をかけているのだ。
目的地までまだ大分距離もある。目的地到着までこの調子での移動は流石に耐え切れず何でもいいので会話を試みるファスト。今までの流れで彼女が自分に何か話があるとの事だがそれには触れない様に注意をしながら会話を試みる。
「そういえば2人っきりで仕事なんて久しぶりじゃないか? 今ではブレーやクルスと仲間も増えたからな」
「あ…うん、そうだね。今では4人で居る事も増えたしね」
「こうして2人だけで仕事してると初めて出会った時の記憶が蘇るな」
「あはは、あの時は本当に驚いたよ。なにしろ突然自分と歳も変わらない男の子が目の前に現れたんだもん」
魔獣の群れに囲まれピンチに陥っている自分の前にまるでヒーローの様に現れたファスト。その時の出会いを思い返すと、この時から自分は彼に惹かれ始めていたのかもしれない。一瞬で魔獣を片付け、そして自分を安心させるあの大きな背中……それを鮮明に思い返そうとするとまた胸が苦しくなる。
「…ファスト」
「ん、どうした?」
「…ありがとう」
「ん?」
突然礼を言われて不思議そうな顔をするファスト。
「初めてあった時、助けてくれたことに対して」
「今更何だ? 別に気にする必要はないぞ。お前は俺のマスターなんだからな」
「マスター…かぁ…」
そう言われても正直今でもサクラにはピンとは来なかった。
自分よりも遥かに強く頼りがいがあり、男性という事もあり注目を集めるのも分かるがギルドでは既に大勢の女性達からの信頼も厚い。そんな好青年のマスターなどと呼ばれても自分には身の丈にはハッキリ言って合っていない。
主人として見れば自分は間違いなく駄目な部類に入るだろう。
「(…それでも)」
主人としてはダメ、それは別段気にしない。自分が彼よりも優れている存在などと己惚れるつもりは毛頭ないのだ。そう、彼よりも上になど立たなくてもいい。自分が立ちたい地点は〝上〟ではなく〝隣〟なのだから…。
彼の隣に立ち、彼と共にこの先を歩む事。それこそが今の自分にとっての最大の願いなのだから……。
「…どうしたサクラ?」
「…へ?」
ファストに声を掛けられようやく我に返る。
ファストの視線が下を向いているのでソレに合わせて視線を辿ると、いつの間にかサクラは無意識に彼の手を握っていた。
数秒間の思考の停止後、すぐに自分の行為に理解が追い付き慌てて手を離す。
「ごごご、ゴメン!」
「いや…別にいいが。お前大丈夫か? なんだかギルドを出てからより一層おかしいぞ」
「そ、そんな事は無いよ! い、いつもどーり!」
「顔も赤いし…熱でもあるんじゃないか」
そう言うとファストはサクラの頬を優しく両手で掴み、自らのおでこを彼女のおでこへとくっつけて熱があるか確かめる。
「~~~~~~~ッ!?」
当然そんな事をすればサクラの体温は上昇し、顔は今日一番の真っ赤に染まる。
一瞬で体温の上昇を確認したファストは慌てた様子で彼女の安否を気遣う。
「おい、相当にお前の顔熱いぞ! 少しどこかで横に…」
「いいからいいから!! お願い気にしないで!!」
ブンブンと目を回して真っ赤になりながら左右の手の平を振り問題ないと告げるサクラ。
彼女の体温が上がっている理由は病気などではなくファストにあるのだが、鈍い本人はそれに気付かず心配そうな目で自分のことを見ている。
「(こ、こんな調子で私、告白なんて出来るのぉ~?)」
「遠慮せずに休憩を挟んでも…」
「お、お気遣いなく!」
「…そ、そうか」
ライバルであるブレーの前で強く決意をしていたにもかかわらず、結局尻ごみをしてしまうサクラ。
この後の道中、目的の依頼指定地に辿り着くまで2人っきりであったにも関わらず結局想いを告げる事が出来なかったサクラ。彼女にとっては魔獣との戦いよりもその後に控えている告白の方が遥かに難易度の高いミッションであった。
ファストたちが目的地付近まで近づいていたその頃、彼らの目的地の森には1人の女性が佇んでいた。
その女性の手にはどす黒い色をした刀が握られており、その周辺には大勢の魔獣の死骸が転がっていた。しかも、その死骸は全てが身体を二つ三つとバラバラにされており、辺りの草木はおびただしい鮮血で彩られている。
「さて…そろそろですね」
刀と同じ黒い髪をしている長髪の女が呟いた。
刀にこべりついた血を払い、こちらに向かってるであろう目的の人物を待つ。
「さて、イトスギの街では中々の立ち振る舞いだったようですが…果たして貴方はどれほどの腕前なのでしょうかね?」




