少年、決闘を始める
翌日の朝、朝日の光が窓の外から差し込み目を覚ますファスト。
「う・・・んん・・・」
目をこすりながら布団から体を出すファスト。徐々にはっきりと覚醒して行く頭、そして今日のこの後に自分が行う事についてはっきりと認識をする。
今日は自分がギルドに入れるかどうかを懸けた決闘当日。
朝日を眺めながら自分の体調確認をするファスト。ばっちりと睡眠もとっており、取り立てて以上は見られない。
「ふぁぁ・・・」
小さく一つ欠伸をし、部屋の外へと出るファスト。すると、自分が扉を開くと同時に隣の部屋の扉も開いた。そこから出て来たの当然その部屋の主であるサクラだ。
「くぁ・・・あっ、おはようファスト」
「ああ、おはよう」
可愛らしい欠伸と共に挨拶をするサクラ。
彼女はこの後に待っている決闘について話し始める。
「今は朝の約七時半・・・決闘まであとは二時間半・・・」
「確か朝食も出るんだったなこの宿。腹が減っては戦が出来ぬ、しっかりと食べていくか」
そう言って二人は食堂の方まで足を運んで行った。
食堂に着くと、すでに自分たちよりも早く起床しているヤイバとアクアが食事を取っていた。
アクアはファストの姿に気付くと、元気よく手を振って挨拶をする。
「おにいちゃん、おはよー!」
「アクア、食事中に席を立って大声を出さない」
席を立ち、箸を持った手をブンブンと振るアクアに注意を入れるヤイバ。
朝一番から元気が溢れているアクアに苦笑しながらファストも軽く手を振って挨拶を返す。そのまま席に座ると、ファストは未だにこの場にいないヨウカの存在についてヤイバに聞く。
「ヨウカが居ないが・・・まだ寝ているのか?」
「ええ、あの人、基本は朝起きるのは十時から昼頃の間なのよ・・・成人の大人がもう・・・」
「ははは・・・」
軽く笑って流すファスト。そんな彼にヤイバが今日行われる決闘について話し始める。
「それで、今日の勝負は勝つ算段でもあるの?」
「・・・あれ、今日決闘だとお前に話していたか?」
昨日、ヤイバ達には今日の決闘について話した記憶はない。
そんな彼の疑問にヤイバが答える。
「サクラから聴いたのよ。私も同じギルドに所属しているからね」
彼女はサクラから情報を手に入れた事を話した。
「私は昨日、宿で休息を取っていてあなたとブレーのいざこざの現場は直接目撃したわけではないけど、サクラから教えてもらって知ったのよ」
昨日、夕食後に自室へファストが戻った後、サクラが同じギルドに所属しているヤイバにギルド内で起きた一連の出来事を話したのだ。
サクラのどこか不安の籠った表情を敏感に察知し、事情を聞き出したのだ。
「負ければギルドには入れない。もう少し条件を譲歩してもらえばよかったのに・・・」
「そんな提案をしても多分意味はなかったよ」
ブレーは男という生き物を軟弱な存在だと決めつけている。
もしも、ヤイバの言うような条件の設定や敗北時のリスクを考えてしまえばあざ笑われ、最悪その時点でギルドには入れてもらえなくなる可能性もある。
なによりも、そんな提案は自分のプライドが許さなかった。
「それにしてもヤイバも同じギルドに所属していたのか・・・」
この時にファストはヤイバ以外のアクアとヨウカの二人がどのような活動をしているのか気になった。特にアクアはまだ十二か十三といった感じだ。そもそもそんな小さな子が一人で下宿していること自体が少しおかしいといえばおかしい。この年頃の少女は普通ならば両親と過ごしているはずでは?
「(あとでサクラから聞いてみるか。もしかしたら何か複雑な事情があるのかもしれない)」
この場で本人から聞いた方が早いのだが、ここは空気を読むファスト。
何より今は、この後に迫る決闘に意識を集中しておきたいのだ。
「ふぅ・・・・・」
この後の決闘に向け、意識を最大限まで集中し始めるファスト。
隣に座っているサクラは、そんな彼の横顔を見て胸の内の不安を押し込め、彼の勝利を祈った。
「(ファスト・・・・・)」
そして決戦の時刻、ギルド前の広場にはギルド所属者のほとんどが集まっていた。
観戦する周囲の者達は円を作るように、広場中央までに一定の空白の空間を作って待機していた。そしてその円の中心地ではブレーが腕を組んで対戦相手を待ち構えていた。
「そろそろ時間だな・・・」
ブレーは広場に設置されている時計を横目に見ながら呟いた。
臆病風に吹かれてこのまま来ないならそれはそれでおもしろそうだな、などと考えていると周囲の観客達の声が騒がしくなった。
声の発声源の方面へと視線を傾けるとそこには――――――
「来たか・・・・・」
こちらに迷いなく足を運んでくるファストの姿があった。
広場中央へと移動し、ブレーと対峙するファスト。
目の前の少女は好戦的な笑みを自分へと向けながらこちらを見ている。だが、ファストは目の前の少女よりもその足元に置いてある巨大な物体に意識が向いた。
それは巨大な剣、そのあたりの刀剣など砕き、破壊してしまいそうな大剣。
「逃げ出さずに来たか、少しは度胸があるようだな」
そう言うとブレーは大剣を片手で無造作に掴んで、その切っ先をファストへと突き付けた。
「(あの大剣を軽々と片手で・・・・・)」
「変に長引かせるものでもない。すぐに初めて・・・すぐに終わらすぞ」
ファストは愛用の刀を腰から引き抜いて構える。
「なんだ、随分と貧相な得物だな」
ブレーの持つ大剣に比べると、ファストの持つ通常サイズの刀はいささか頼りなく映ってしまうのも無理はないだろう。周囲の観戦しているギルドの者達も少し不安そうな顔でファストの事を見ている。
「あんな普通の刀で大丈夫なの?」
「何とか勝ってギルドに入ってほしい所だけど・・・」
「ははっ、観戦している連中にも心配されているぞ」
ブレーは周囲のファストを心配する声を聴いて、楽しそうに笑った。
だが――――――
「いいから始めようぜ」
彼はまるで動揺などしていなかった。
「・・・・ふん」
ブレーはそんなファストの態度を面白くなさそうな顔で見つめる。
「・・・・・」
「・・・・・」
互いに武器を構え、対峙する。
周囲の空気が張り詰め、ピリピリとした緊張感が広場を包んでいく。
いよいよ始まるのだ、ファスト対ブレーによる対決が・・・・・。
「ファスト・・・」
サクラは不安そうな表情でファストの顔を見ていたが、すぐに頭を軽く振って今の自分のマイナス思考を振り払おうとする。
彼は自分に信じろと言ったのだ。仮にも彼の主人である自分がうろたえていてどうするのだ。
「すうぅぅぅ・・・・・」
サクラは息を吸い込むと、両手を口元に当ててメガホンの様にしてファストにエールを送った。
「ファスト、頑張れぇ!!!」
サクラの応援に反応し、顔を向けたファスト。
彼は少しの驚いた表情の後、にっと小さく彼女に笑みを向けブレーへと向き直った。
「始めようか・・・」
「いくぞ・・・」
二人が一呼吸置いたその直後――――――戦闘が始まった・・・・・。