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女性の数が9割以上の世界に俺は降り立ち、イロイロと苦労する  作者: 銀色の侍
第八章 弱気な少女、生まれ変わり編
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少女、臆病な殻を剥ぎ取る


 いつもいつも自分の弱さ、脆さに悩まされ続けて生きて来た。

 人の顔色ばかりを気にして、周囲の人間との間に壁を作り孤独であり続けた。挙句にはそんな弱い自分をいい加減に脱却したいと思いながらも、それを実行に移す事も出来ずにその度に自分の軟弱さに嫌気がさした。

 筋金入りの自らの惰弱な性格。このまま死ぬまで心の内だけで生まれ変わろうと決意しては、儚くその覚悟も散る経験を何度も味わい続けるのかと悩んでいる事もあった。

 だが、今までと同じ様に優柔不断な泣き言を言っている余裕は今の状況にはなかった。もしもここで弱いまま震えて黙って人質にされ続ける道を選べば自分はこの盗賊の道ずれにされかねない。


 「(いつもの様に胸の内の決心だけではダメ! 実行に移さなきゃ……!!)」


 何もしなければ自分はこのまま死ぬ。自らが盗賊の道ずれで死ぬイメージが強くなると、体がまた震えそうになる。 

 盗賊の女性は迫って来るフォルスへと何やら焦りを含んだ様子で立ち止まるように警告、いや懇願をしている。自分のことなど、まるで見ていない。


 「(今しかもうチャンスは無い!!)」


 ヨミの中の決心が固まると、彼女の目つきが明らかに変化した。

 今までずっと涙目になっていた彼女の瞳は鋭く尖り、別人の様な顔つきへと変わる。

 ヨミを人質に取っている盗賊の頭は彼女の変化に気付いていないが、彼女と対面しているフォルスはヨミの顔つきが変化した事に気付き、口元に笑みを浮かべる。


 「(へっ、イイ顔になったじゃねえか)」


 ヨミの中の何かがキレた事に気付きフォルスは思わず小さく笑い声を出してしまう。

 

 「な、何がおかしい?」


 目の前で突然笑い声を出すフォルスに何を笑っているかを問う頭。

 投げかけられたその質問に対し、彼は言葉ではなく彼女の腕の中に居る人物に無言で指を指した。その指先を追って視線を向ける頭。


 その直後、彼女の顔面に水球が勢いよく叩き付けられる。


 「ぶわっ!?」


 突然の冷水を浴びせられた事で腕の力が緩んでしまい、その腕の中に居たヨミはその腕を振り払って頭から勢いよく距離を取る。

 それと入れ替わるようにフォルスが頭へと目掛けて一気に接近する。

 顔に叩き付けられた水を振り払い視界が回復した時、彼女の目に飛び込んできたのはフォルスの握り拳であった。


 「ソラよッ!!」


 相手が女性である事も彼には関係などなく、顔面に拳を叩き込む。

 肉と、そして骨を叩く生々しい感触を感じながら、フォルスは口元に小さな笑みを浮かべていた。


 「が…は…」


 マナを籠められたその一撃は彼女の意識を刈り取るには十分であり、鼻血を噴き出しながら地面へと倒れ気を失う頭。

 フォルスが地面に倒れピクリとも動かなくなった女を数秒見つめた後、視線を解放されたヨミの方へと移した。


 「……ハっ」


 薄く笑いながらフォルスはただ小さく息を吐いた。

 少年が視線を向けている少女は、一目見ただけでも今までとは明らかにナニかが変化していた。今まで、声を掛けただけでも怯えを見せ弱々しい態度を見せ続けていた少女であったが、今は冷めた目をしながら自分のことを見つめている。彼女の瞳には怯え、不安、緊張、それらのこれまで見られていた感情が完全に消えていた。


 「随分な荒療治ね……」


 今までとは違い、まるで責めるかのように口を開くヨミ。

 

 「もしも私があそこで今までの〝弱いヨミ〟のままでいれば人質の私ごとこの女に攻撃を加えていたのかしら?」

 「ああ、まあな」


 さも当たり前のようにフォルスは頷く。

 それに対してヨミは「そう…」とだけ呟くとフォルスの元まで歩み寄って行く。


 そして、彼女が目の前まで迫るとフォルスの頬に衝撃が走った。


 「……いってぇな」


 ヨミがフォルスの頬を思いっきり〝殴った〟のだ。平手打ちの様な遠慮など一切なく、力を込めた状態で彼の頬に拳を入れたのだ。

 渾身と思えるほどの力で殴られ、さすがのフォルスも拳が刺さった瞬間は僅かに数歩だが後退した。

 口元からは殴られた際に頬の内側でも切ったのか、一筋の血が零れ落ちていた。だが、血を垂らしていながらも、彼の口元には笑みが浮かんでいる。

 

 「何かしら? その不愉快極まりない笑みは」

 

 殴られながらも笑っている、その今の状況がまるで分かっていないかのような佇まいに彼女は大きく舌打ちをする。

 口の端から零れている血をペロリと舐めながらフォルスは満足気な表情を向けて来る。


 「悪い悪い、でも中々良いツラ構えになって来たじゃねぇの。とても数分前までと同一人物だとは思えないねぇ」


 くっくっくっと喉の奥から押し出される様な笑い声を聞き、ヨミの表情は益々険しさを増した。しかし彼のこの笑いはヨミを侮蔑したものなどではない。むしろ、喜びすら込められているのだ。

 そう、これでこそ自分がマスターと呼ぶにふさわしい存在。


 「雛鳥は卵の殻を見事に割りましたってか?」


 殻の中に今の今まで閉じこもっていた臆病な雛鳥はようやく自らを包んでいる殻を砕き、自分の前に姿を現してくれた。

 殻を割ったという表現にヨミは鼻を小さく鳴らしながら、彼の発言を訂正する。


 「正確には私が自分で破った訳ではないわ。外からあなたが刺激を加えてヒビを入れ、尚且つ強引に殻を剥ぎ取ったと言うべきじゃないかしら?」

 「まあ、どちらでもいいだろ。過程はどうあれ結果的には…っ」


 フォルスが最後までしゃべり切る前に再びヨミの拳が彼の頬へと突き刺さった。

 

 「おふざけも大概にしなさい」

 「へーへー…おっかねぇなぁ……」

 

 殴られた頬を擦りながら肩を竦めるフォルス。

 地面に向かいペッと唾を吐くと、再び口内を切ったのか僅かに吐き捨てた彼の唾は赤みが掛かっていた。だがそれでも彼の口元の笑みが崩れることはなかった。

 そんな彼の笑みを見ているともう一度殴りたくなる衝動に駆られるが、そっと自らの拳をもう片方の手の平でゆっくりと包み込み、ふっーと息を大きく吐くと目の前でニヤニヤと笑っている少年へと向き直る。


 「正直、一歩間違えれば生まれ変わる前に死んでいたかもしれないわ。そう考えると正直な話…こんなことは言いたくはないのだけど……」


 ヨミは不満げな表情をしながら、髪を搔き上げながらフォルスへと礼を言った。


 「感謝するわ。あなたの荒療治のお蔭で色々と吹っ切れたわ」

 

 フォルスのお蔭で自分はあの盗賊に道ずれで殺されていたかもしれない。そう考えると礼など言いたくはないのだが、彼の行動が結果的に自分を変えてくれた事もまた事実なのだ。


 「(気の持ち方一つ変えるだけでここまで世界が違って見えるとはね……)」


 ヨミの目に映る世界は今までとはまるで別の世界の様に映っていた。

 怯え続けていた自分は周囲の景色など気にする余裕すらなく、他人の目を気にして生きる自分にとっては世界はとても息苦しくて仕方がなかった。

 だが、今はもう違う。今の自分の視界に映る世界はこんなにも輝いている。

 ヨミはフォルスへと向き直ると、改めて自己紹介をする。


 「これから先、あなたのマスターとして振る舞わせてもらうヨミ・ネオナよ。偶然選ばれたとはいえ、一応は主人なのだから私の命令には従いなさい」

 

 自信満々の様子でそう言う彼女はとても凛々しく、まさにフォルスの理想通りの存在であった。


 「ああ…改めてよろしく頼むぜヨミ」


 この日を境にヨミ・ネオナは一度死んだ。そして、今までとは別人として生まれ変わり彼女の街、ロメリアのギルド内で彼女を臆病者と蔑む者は居なくなった。




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