少年、荒療治をしようとする
二十近くの集団対二人の少年少女。いや、少女の方は戦闘に参加していないので実質的には二十対一の戦いである。その戦いは普通に考えれば勝負にすらならないだろう。圧倒的な数による蹂躙の結末しか想像が出来ないだろう。
そして…その戦いは確かに一方的なものであった。だが、その戦いで追い詰められているのは少年の方ではなく……盗賊の方であった。
「オイオイオイどうした! こんだけ数が居るんだからもう少し楽しませてくれよォッ!!!」
巨大な鎌を振るいながら、次々と盗賊たちを薙ぎ払う一人の少年。
二十人近くいたはずの盗賊たちはその数はもはや一ケタの僅か五人であった。少年の方も無傷、とまではいかないが、かといって致命傷は見当たらない。
「クソッ! こんな馬鹿な事があってたまるかッ!!」
地面に転がっている部下たちを見ながら盗賊団の頭は絶叫する。
「私が…私たちが狩られる側に立つなんて…そんな馬鹿なぁッ!?」
少年によって地に伏せられた部下たちは命までは取られていないようだが、戦闘が続行できる状態ではないことは明白であった。中には鎌で斬られ深手を負っている者もいる。
生き残っている部下たちも全員完全に委縮しきっている表情で、ガタガタと足が震えている。
「(くそっくそっクソックソックソがァッ!!! このままいいように狩られてたまるか!! 何か…何か他に手は、起死回生の一手はないのか!?)」
迫り来る悪魔じみた少年を警戒しながら周囲に何か打開策はないものかと視線を巡らせる頭。
その時、彼女の瞳は一つの打開策を見つけることが出来た。それは少年より少し離れた後方に居る呆然としているヨミの姿であった。思い返せば彼と共に居た彼女は自分たちに囲まれたときに明白に怯えを曝け出していた。この戦闘でも少年に加勢したわけでもなく、本当にただ後ろで見ていただけであった。
「(いるじゃないか。盾に使えそうなヤツが!)」
フォルスが残りの部下に集中している隙を突き、頭は一気に後ろで控えているヨミの元まで全速力で迫って行く。
「!?」
こちらへと迫り来る敵にヨミは思わずその場から離れようとするが、恐怖の余りに彼女の足は自らの意に反して動き出そうとはしてくれなかった。そのほんのわずかの時間が命取り、ヨミが恐怖に圧され身体を固めている隙にすでに頭は目の前まで迫っていた。
自分に手を伸ばして来る頭の存在にヨミは目の端に涙を溜めながら足をガクガクと振るわせることしかできなかった。
そして――――
一方フォルスは残りの盗賊たちを片付けており、頭以外の全ての敵を地に沈める。
雑魚を全て狩り終えた彼は逃げて行った頭の方に顔を向けるが、それと同時にフォルスの耳にその頭の大声が響いてきた。
「そこまでだッ! おとなしくしてもらおうか!!!」
「……チッ!」
舌打ちをおもわず一つ漏らすフォルス。
目に映る光景を見ただけで状況は一瞬で理解することが出来た。最後の生き残りである頭は部下が全て倒されたにもかかわらずその表情には先程まで対峙していた際の焦りは微塵も無く、それどころか今は余裕すら感じられるほどであった。
それは何故か? その理由は彼女の右腕が捕らえている存在にある。
「コイツの命が欲しければ……どうすればいいか分かるな坊や」
頭の右手はヨミの頭をがっしりと掴んでおり、その手の下でヨミはカチカチと歯を鳴らしている。
「(あのバカ…もっと遠くに離れていればよかったものを……)」
恐らく、自分が一方的に盗賊たちを倒していたので心のどこかで緩みが出来てしまったのだろう。
「坊や、とりあえずはその物騒なソレ…捨ててもらおうか」
「……」
頭は顎を使いフォルスの持つ鎌を指した。
その要求に無言で彼は手に持っていた鎌を放り捨て応える。武器を手放したことで相手の頭には更に余裕が芽生える。
「そう、それでいい。中々聞き分けの良い子だ」
小馬鹿にした物言いをしてくる頭に内心で唾を吐き捨てるフォルス。
ヨミの方に視線を向けると、彼女は未だに身体を震わせている。自分を押さえる恐怖に呑まれているようだ。
「(あん? この状況……)」
マスターを人質に取られ内心でどう助け出そうか思案しているフォルスであったが、ここでふと今のこの状況を振り返る。
ヨミは人質に取られ、そして自分は目の前の盗賊にマスターを盾にされ脅されている。だが、盗賊はヨミが重度の臆病である事は見抜いているようで、頭を押さえているだけで人質として成立していると油断している。
そして、ただ手で押さえられているだけでありながら自分のマスターはまるで刃物を突き立てられているかの如く怯えている。フォルスにとって、マスターのこの気弱すぎる気弱な彼女の性格はどうにかならないかと悩んでいた。
「(このシチュエーション、使えるかもな)」
口元で僅かに笑みを浮かべるフォルス。
その笑みに頭は不審そうな目をフォルスへと向ける。
「おい、何を笑っている? お前のツレが人質に取られているんだぞ」
より今の状況を解らせようと、頭は手に持っている刃物をヨミの首元まで持っていく。それにより、震えていただけのヨミはついに小さな悲鳴まで漏らす。
だが…フォルスの笑みは相も変わらない。
「人質…ねぇ…」
それどころか彼はゆっくりと二人の元まで歩き始める。
人質がいながらこちらへと迫って来るフォルスに頭は少し慌てながら止まるように指示を出す。
「お、おい! それ以上近づくな!!」
「……」
「く、来るなって言っているんだ!! コイツが殺されてもいいのか!?」
一度足を止めるフォルスであるが、彼は口までは閉じずそのままヨミへと話し掛ける。
「なあヨミ…お前は俺がどう見えた?」
「え…え?」
質問の意味が解らず戸惑うヨミ。
それは頭の方も同じであった。この状況と結びつかないこの質問は何かと思っているとフォルスは続きを話し始める。
「俺がお人よしの正義の味方に見えたか? いや、見えなかったよなぁ。そんな善人にはよぉ…くっくっくっ……むしろ楽しんで獲物を狩る殺人鬼にでも見えていたんじゃないか?」
「お、お前は何が言いたい!?」
頭が目の前の少年の言葉の真意が分からず、何を言っているかを問う。
すると、彼はまるで狂ったかのように笑い声を出した。その狂気を感じる笑い声にヨミと盗賊は言いようのない恐怖を感じる。やがてその笑い声も徐々に小さくなり、遂には収まった。
そして、彼はそっと目の前の二人へと囁きかける様に言った。
「俺は正義のヒーローでも何でもない。向かってくる敵はそこで転がっているお前の部下共のように片付けるだけだ。そして――――間抜けに人質に取られるツレも俺の命を脅かす様なら切り捨てることだって容赦なく実行に移す」
「なっ、なんだとッ!?」
「……ッ!?」
フォルスの言葉に頭は思わず数歩後ろへ下がりながら驚愕する。それは人質にされているヨミも同じであった。今の言葉、直接的に置き換えれば『自分が生き残るために人質は容赦なく、遠慮なく見捨ててやる』と言っているようなものだ。
そしてそれをまるで証明するかのように彼は先程放り捨てた鎌を拾いに向かう。
「お、おいコラァッ! ソレを捨てろと言っただろうが!!」
頭の焦りを含む制止の言葉を無視し、フォルスは再びその手に凶器を収めた。
そして、武器を拾うと再び二人へとゆっくりと歩を進めた。
「(フォ、フォルスさん。ど、どうして……)」
自分の命など構うことなく、こちらへとゆっくりと迫りつつある朱い少年にヨミは思わず瞳から涙を零した。それは恐怖と同時にまるで裏切られた事によるショックも含まれていた。だが、その涙を見ても少年は止まらない。
「(たくっ、情けねぇ…この程度で泣いてんじゃねぇよ。やっぱ荒療治ぐらいしねぇとあのビビり体質は治せそうにねぇな……)」




