少年、新しい玩具を見つける
今夜の寝床を確保する為、周囲にどこかよさげな場所がないかを探すヨミとフォルス。二人は今、見晴らしの良い一本道を歩いており周囲には未だ寝床に使えそうな場所は見つからずにいた。
「(…あん?)」
寝床を捜索すると、前方から何かが近づいて来る気配をフォルスはいち早く察知し、僅かに目つきが鋭くなり気配が迫って来る方へと意識を向ける。感じる気配の数は一つや二つではない。
一方、突然前方に意識を向け険しい表情となっているフォルスにヨミはどうしたのかを不思議そうに尋ねる。
「あ、あの。どうしたんですか?」
「…気ィつけろ。何か来るぞ」
「…え?」
ヨミがフォルスに習って前方を注意深く観察すると、何かがようやく近づいてきている事に気付いた。
遠目に見て、近づいてきている正体は複数人の人間であることが分かった。しかし、ヨミの目から見てその集団はなんだか嫌な気配が強く感じられた。
と言うより、身に着けている物騒な武器や服装からもしかしたらあの集団は………。
そこまで想像できると、ヨミは顔を青ざめながらフォルスの腕を掴んでこの場から逃げようと促す。
「フォ、フォルスさん! なんだかあの人達は嫌な予感が強くします!! こ、ここから離れましょう!!」
そう言ってフォルスと共にこの場から離脱しようとするが、腕を強く引っ張っても彼はその場から動こうとはしてくれなかった。
まるで岩の様にその場に留まり続けるフォルスに彼女は焦りを含んだ声で何故動いてくれないかを問う。
「ど、どうしたんですか!? どうして動いてくれないんですか!?」
「無駄だからだよ。後ろ、同じ位の数の気配が近づいて来てんだぜ」
「ええっ!?」
驚きながら後ろを振り返ると、確かに前方から迫りつつある集団と同じくらいの人数の人影がこちらへと近づいてきている事が肉眼でも確認できた。
完全に挟まれ、そして明らかに自分たちを狙っている事を理解できたヨミの顔色はさらに青く染まった。
だが…それに対してフォルスの口元は僅かに緩んでいた。
やがて前方から、そして後方から来る集団は二人の前までやって来てその場で足を止める。
完全に囲まれ、ヨミは体を震わし無意識の内にフォルスの腕を掴んでいた。
「よう、お二人さん。デートの途中ちょっといいかい?」
フォルスの前に居た一人の女性が一歩前に出て話し掛けて来た。
それだけでヨミは肩をビクつかせるが、それとは対照的にフォルスは至って冷静な表情のままであり、律儀に対応する。
「デートではないが、何か用か?」
「いやなーに…少し面白い事を教えてあげようと思ってさぁ…」
「面白い事?」
フォルスが何かを期待するかのような声色で聞き返した。それはこの後にこの女のセリフが大よそ察することが出来たからである。
そして、フォルスに聞き返された女は彼の想像通りのセリフを吐いた。
「実はこの辺りの近くにはコワ~イ盗賊の一団のアジトがあってねぇ。この付近はとても危険な場所なんだよ」
「ほお、それは中々怖ろしいな。で、ソイツ等に目を付けられたらどうすればいい?」
「簡単さ。もし出会ったら大人しくすることだ。下手に抵抗すれば苦痛を味わう事になるからねぇ」
フォルスは余裕をもって会話をしているが、隣に居るヨミの体は小刻みに震え始める。
今の話を聞けば、自分たちを取り囲んでいるこの一団の正体が何なのか簡単に推察できる。どう考えても今の会話に出て来た盗賊はここに居る彼女達のことだろう。つまり、自分たちは完全に一網打尽の状況下に立たされているのだ。
「フォ、フォルスさん…こ、こ、こ、この人たち……」
ようやく声が出たヨミは隣に居るフォルスに縋るように彼の名を呼ぶ。
だが、相も変わらず隣に居る少年の表情は何処か楽し気な物を見る、どこか無邪気なこの場において不釣り合いなモノであった。
「それで、俺たちにわざわざそんな忠告を入れてくれたアンタらはどんな集団なんだ」
「……鈍い訳…ではないよねぇ?」
そう言って今まで会話をしていた女性の目つきが僅かだけ鋭さを増す。
最少はまるでからかう様な口調で話をしていたが、ここまで話してなおも余裕が崩れないフォルスにわずかばかりの違和感を流石に感じたのだ。隣に居る少女は今の状況を理解し目に見えて震えているにもかかわらず、この少年はまるでこの状況を楽しんでいるように見えるのだ。
すると、彼女の隣から仲間の女性の一人が前に出て腰に備わっている刃物を引き抜きその切っ先をフォルスへと向ける。
「これなら私たちがどんな集団かわ……」
武器を構えたその女性の言葉は最後までは出てこなかった。
それよりも早く、フォルスの蹴りが女性の顔面を捕らえたのだ。
「がひっ!?」
間抜けな声と共に蹴りを入れられた女性は鼻血を噴き出しながらその場に倒れる。
その突然の先制攻撃に盗賊団もヨミも反応できず呆気に取られてしまっていた。そして、その数瞬の隙を利用しフォルスはヨミの腰を掴み大きくその場から跳躍し、盗賊たちの囲いから脱出する。
「はわわっ!?」
腰を掴まれ共に上空に高く跳躍したヨミは情けない声を出している。
そのまま地上に着地すると、ヨミの腰から手を離し前方に居る盗賊集団に改めて視線を送るフォルス。
「フォ、フォルスさんどうしっ…!」
突然の彼の先制攻撃、あんな事をしてしまえば自分たちは彼女達を完全に敵に回してしまった事になる。なぜそんな無謀な事をしたのか思わず問いただそうとするヨミであったが、その糾弾は言葉半ばで途切れた。
その時のフォルスの表情は、とても楽しそうな顔色であったのだ。あれだけ大勢の人間を敵に回しているこの状況で彼はまるでそれを楽し気なイベントでも開かれ、それを心待ちにしている少年の様に……。
その表情を見てしまえば、自分がどれだけ彼の行動を軽率だと咎めても無駄であると理解するしかなかったのだ。
「ほお…中々肝が据わっているな」
盗賊の内の一人、二人は知らないだろうがその盗賊の中の頭が口元に笑みを浮かべながらフォルスのことを賞賛する。だが、その言葉と笑みとは裏腹に彼女の目は全く笑ってはいなかった。他の者達に至っては明確な敵意をその瞳に映し出している。
だが――――その怒りは更にこの少年を嗤わせる。
「はは…いいねぇ。そうこなくちゃよぉ」
右手を頭上に掲げマナを集約し、彼のその手には禍々しい鎌が現れる。
少年が武器を出したことで、前方の盗賊たちは一斉に各々が武器を構えて走って来る。
「おい、下がってろ」
顔を向ける事も無く、相も変わらず愉し気な笑みを浮かべたまま彼はヨミにこの場から離れる様に促す。
そんな彼の言葉にヨミは何も言わず後ろへと下がった。この場に居ては巻き込まれかねないと判断したからだ。
「……」
離れながら、一度だけフォルスへと振り返るヨミ。
その表情は、もう目先に迫る脅威だけしか捉えてはいなかった
彼女が離れた理由は、目の前の盗賊が原因ではない。
「(ここに居たら…〝彼〟に巻き込まれちゃうッ!!)」
そう、彼女が離れようとしたのは大勢の盗賊たちではなく一人の少年であった。
迫り来る盗賊たち以上に、ヨミの瞳には今まで一緒に行動をしていた少年の方が今は危険な光を宿しているように映っていたのだ………。
「さて…殺るか…」
そう言うと少年は鎌を握り、盗賊たちへと向かって行った………。




