少年、盗賊に狙われる
ロメリアの街を目指して進む二人であったが、仕事が終わった段階で、もうそこそこに日が沈みかけており、ロメリアを目指して移動してから約一時間後にはすでに空が青から夕焼けの色の赤へと変色を始めていた。このままのペースで移動すれば街に着くには恐らく深夜頃になるだろう。
「(ずいぶん遅くなったな…)」
空を見上げて赤く染まった夕焼雲を見つめながらそんな事を考えるヨミ。
このままいけば帰りは遅くなるだろうなと考えていると、背後から声を掛けられた。
「おい、マスター」
「は、はい? 何でしょうか?」
「アンタん所の街はまだつかないのか?」
「は、はい。もう少し移動しなければ…」
ヨミの返答にフォルスは何かを考える様に顎に手をやる。
何かを考えている事は分かるが、一体何を思っているかまでは分からず内心で首を傾げるヨミ。
「今日はどこかで野宿した方が良いかもな……」
「え? の、野宿ですか」
フォルスが出して来たその提案はヨミには少し予想外のものであった。てっきり、これだけ歩いてまだ街に辿り着かないのか、もっと早く歩けなどと文句の一つでも言われると思っていたのだが、それとは相反することを彼は自分に言って来た。
「ああ、そうだ。俺は大丈夫だがお前は見た感じもうダメそーだからよ」
「…?」
「お前の歩いている後ろ姿、見ていて少しフラついているから不安なんだよ」
そう言われると確かに今の自分には疲労が大分溜まっている。
ロメリアの街から依頼を引き受けた村まで徒歩で移動し、更には依頼の基準を超える魔獣の相手をし、そしてまたロメリアの街を目指して疲れた体に鞭打ち歩いて移動をしている。
フォルスの言う通り、今の彼女の体には大分疲労が溜まっていた。
「街までまだかかんだろ? なら一旦休んだ方が良いんじゃねえか?」
「でも…フォルスさんも早く街に行きたいんじゃ…」
「しゃーねーだろ。マスターの体調を蔑ろにするわけにもいかねえだろ」
「………」
「あ? なんだよ?」
「あ…何でもないです。その…じゃあどこか休めそうな場所に移動しましょうか」
フォルスからそそくさ目線を外し、周囲を見渡し野宿に使えそうな場所を探し始めるヨミ。
その様子を少し怪訝そうな顔で後ろから見つめるフォルス。先程から何やら、自分が〝マスター〟と言うたびに彼女が僅かに反応しているように思うのは自分の気のせいだろうか?
「(…〝マスター〟…かぁ……)」
今日の野宿場所を探しながら、ヨミは一緒に居る少年の〝マスター〟という呼び方に抵抗を感じていた。
今の世は男性と女性ではハッキリと言って価値観がまるで違う。男性が少ない今の世では数が多い女性よりも重宝される物だ。そんな男性が女性の自分を〝主人〟として扱っているのだ。気の弱いヨミでなくともこの扱いは正直居心地の悪い物であるだろう。
「あの…フォルスさん」
「あん?」
「その…あの…」
チラチラと振り返りながら、口元をもごつかせるヨミ。
そんな態度にフォルスは苛立ちを押さえつつ注意を入れる。
「何でもいいけど…そのオドオドっぷり、どうにかなんねぇか?」
「す、すいません」
「はあ…そんで、なんだよ?」
出来る限り怯えさせぬようにと心得ながら、やんわりと用件を聞く。
「その…〝マスター〟と言う呼び方、か、変えませんか?」
「あん?」
「その…フォルスさんは男の人です。私なんかを主人の様に扱われるのは…その…私ごときをそのように扱われるのは大変おこがましく思い……」
ヨミの言葉を聞き、どこまでも弱気な女だと内心で冷めてしまうが、すぐに彼女の内気な性格だけが原因でない事に気付く。
冷静に考えればこの世界は男が女よりも上の存在であることが当たり前となっている。フォルスからすれば馬鹿々々しい事この上ないのだが、それがこの世界の常識となっている。となれば、その視点から見れば確かに自分が女性相手に〝マスター〟と呼ぶのは不味いかもしれない。
「(周囲の女どもがコイツを良く思わねぇかもしれねぇ…)」
目の前のヨミをマスターと呼ぶのは彼女が自分を生み出した存在であるからなのだが、事情を知らないこの世界の女性陣からすれば、男性相手に不敬な態度をとっている愚か者とみなされる恐れがある。そうなれば彼女自身だけでなく自分にも面倒事が襲い掛かってくるかもしれない。
少なくとも人前では確かにこの呼び方は改善すべきかもしれない。
「分かった。ならそのままヨミって呼ばせてもらうわ」
「は、はい…それなら大丈夫です」
男の人に名前を呼んでもらう事でもまだ緊張するが、それでも主人として扱われるよりはまだマシである。
「それより…早く寝床を探そうぜ」
「は、はい。そうですね」
野宿する場所を探し歩くヨミとフォルスであったが、そこから大分離れた場所から二人の様子を観察していた集団が居た。
その数は全部で二十近く、全員が身軽な服装を着込んでおり、それぞれの手や腰には刀や弓と言った物騒な得物が備わっている。
そして、その集団の中の一人の緑のショートヘア―の少女が、魔道具である特殊な双眼鏡を覗きながら少し興奮気味に他の仲間たちに自分の目で見た事実を述べる。
「やっぱ本物だ…本物の〝男〟だってアレはッ!!」
双眼鏡から視線を外し、隣に居る女性に双眼鏡を投げ渡すと改めて自分が見たモノを大声で教える。
「二人組の内、一人は間違いなく男だよ。見た感じ十代後半と言った所だったよっ!」
少女がそう言うと、周囲が一気にざわつき始める。
しかしそんな中、朱い髪をした、二十代半ばと言った一人の女性は落ち着いた様子で騒ぎ立てる緑の少女に改めて尋ねた。それが事実かどうかを。
「本当か? 本当に〝男〟だったのか? 見間違いではなく」
「はい〝お頭〟! アレはどう見ても男でした」
「そうか……」
少女が元気よく答えると、お頭と呼ばれた女はくっくっくっ、と笑い声を漏らした。
そのどこか嬉し気な声に周囲で騒いでいた女性達は一斉に黙り込む。それから数秒笑い声が続くと、お頭と呼ばれた女が周囲の女性達に指示を出した。
「今や国宝として扱われる存在がこんな人気の少ない場所をノコノコと出歩くとは。お前等、なんとしてもあの男を捕らえるぞ! これはかつてない程の一攫千金のチャンスだッ!!」
周囲の女性達に人間を拉致する指示を平然と出すお頭と呼ばれる女。
そう、彼女達は一つの盗賊団であった。人気の少ないこの付近にアジトを持っており、つい先ほど仕事を終えて帰って来たところであった。
よく見ればお頭の傍にいる女性が大きめの布袋を持っており、更には何人かの刃物には血が付着している。
「さっきの仕事場に選んだ場所は小さな村で大して金目になる物はなかったからな。まあその分、片づけは楽であったが……」
彼女の言う仕事、それは彼女達が盗賊である以上その仕事内容は言うまでもないだろう。
そして…頭を名乗る女性が言った片付けと言うその言葉もどういう意味か………。
「よくやったぞシルフ。まさかアジト近くでこんな大きな獲物を見つけるとは…。男を捕らえれば信じられないくらい稼げるはずだ」
そう言ってお頭は緑髪の少女、シルフと呼ばれる少女の頭をポンポンと叩いて褒める。
すると、部下の一人がオズオズと手を上げてお頭へ訊ねる。
「あの頭。そ…その、女は殺すとして…男の方は生け捕りにするんですよね?」
「当然だろう。まあ…中には男なら死んでても欲しがる気持ちの悪い奴もいるかもな」
ハッハッハッと豪胆な笑い声で物騒な事を堂々と言うお頭。
しかし、生け捕りにするとなればこの場に居る女性達は少し期待している事があった。
「その…今日生け捕りにしても今日中に売る訳じゃないでしょ。一度はアジトに連れ帰る訳で……」
「ん? ああ、そういう事か…」
部下の言いたいことを理解すると、お頭は下衆な笑顔で言った。
「そうだな…傷さえつけなければ今日はお前達が好きに愉しんでいいぞ。今日の夜、あの男に相手をしてもらえ」
お頭がそう言うと、部下たちの目の色が明らかに変わった。
その目は大金を掴む事より、今日の夜にあの少年に行える行為に胸を弾ませているように見える。
「ふふ…現金な奴らだ。まあ、やる気になってもらわないとな。このチャンスを逃す訳にはいかないからなぁ…」
そう言うとお頭は部下が持っている双眼鏡を使い、これから捉える男を観察する。
朱い髪に若々しい肉体。顔立ちも中々良い。これなら相当な値で取引できることだろう。
「ふふ…確かにいい男だ。アレなら私も少し相手してもらうとするか」
そう言うとお頭は唇をペロリと一舐めする。
その顔は周囲の部下たちの様に僅かばかり赤く染まっていた……。




