少年、主の気弱さに悩む
彼との初めての出会いは、余り印象が良い物ではなかった。
男性が突如として消失して、女性の数が世界の九割方占めている今の世では男性との出会いなど普通に考えればとても貴重な経験であり、それが自分と同年代くらいの若く見た目の良い男性ならば大半の世の女性はとても喜ばしい経験と捉える筈の事だろう。
だが、その少年が真っ赤な血で彩られた姿ならば果たして喜べるだろうか……?
かつて、とある村の依頼を引き受け魔獣の討伐に赴いた少女ヨミ。
しかしその依頼の内容は偽られており、依頼の難易度を依頼書にはわざと低く設定しており身の丈に合わない依頼を引き受けてしまった彼女は魔獣にあと一歩で食い殺されてしまうところであった。
だが、そのピンチに突如として現れ自分を救ってくれた一人の存在が自分の前に現れた。
その少年は朱い髪をしており、その手には同じく赤い鎌を持っており、自分ではどうにもできなかった魔獣の群れを瞬く間に刈って行った。
少年は魔獣の返り血を一身に受け、全身を赤く染め上げていく。そんな中で少年は狂気を感じる笑みを浮かべながらその鎌を振り続けた。視界に映る獲物が全て消え失せる最後まで………。
「さて…ごみ掃除も終わったし自己紹介と行こうか」
真っ赤な少年が口元に付着している血をペロリと一舐めする。
「お前のマナによって目覚めたフォルスってんだ。これからよろしく頼むぜマスター」
この日から、ヨミと朱い彼との奇妙な主従関係が出来上がった。
フォルスという名の少年の乱入のお蔭でとりあえず依頼の方は無事に達成する事が出来たヨミ。
彼女はとりあえず村の村長にその事実を報告した。魔獣を全て倒したというヨミの報告に村長はとても驚いた顔をしていた。村長の見立てでは正直、彼女が魔獣達を倒せるとは思ってはいなかったのだ。
だが、魔獣達の死骸をその目で確認してヨミの話が偽りでないことを確認すると、村長はヨミへと報酬を渡した。
ちなみにその際、魔獣の強さが依頼書の難易度とは合致していない事を咎められるか不安で顔色が若干悪くなっていた村長であったが、その事についてヨミは言及しなかった。確かに実際に魔獣達と対峙して頭の片隅に今回の依頼難易度に疑問は持ったが、今の彼女にはそんな事が思わず抜け落ちる程に大きな出会いを果たしていたから……。
無事に報酬を受け取り、村はずれで身を隠してもらっているフォルスの元へと戻ろうとするヨミ。
男性である彼の存在を晒さば騒ぎになると思い、ヨミは村はずれでしばらく隠れて待っている様に事前に彼に頼んでいたのだ。
「あっ…そうだ。すいません」
報酬を受け取ったはずのヨミであったが、すぐに村長の元へと引き返して行った。
もしや依頼偽装がバレたのかと焦る村長であったが、ヨミは彼女が予想している事とは全く別の注文をしてきた。
「すいません村長さん。その…もしよろしければもう着ない服などありませんか?」
「たくっ…もう少し何とかならなかったのかよ」
「ご、ごめんなさい」
呆れた様子でフォルスはヨミのことを見つめながら嘆息していた。その反応に少し縮こまってしまっているヨミ。
彼がため息を吐いている理由は、自らが今着ている服に原因があった。フォルスは今、村の村長から譲り受けた衣服を着ていた。
「でも…あの返り血まみれの服じゃ道中移動は色々危ないので…」
「けっ…女物を男が来ているのもアブねぇだろうが…」
「い、一応男性が来ても比較的違和感の少ない服だと思いますので…」
フォルスが服を着替えた理由は、魔獣の返り血で真っ赤に彩られた服では明らかに不審者と思われても仕方がないからだとヨミが懸念したからだ。いや、殺人鬼にすら思われかねないだろう。
それはさておき二人は現在、魔獣を討伐し依頼を果たしたためロメリアへと移動していた。
突如として現れた少年フォルスは、自分がいったい何者なのか。そしてこの世界に訪れた目的は何か、それを移動しながらヨミへと話していた。
この少年の話では、この世界で突如として起きた男性の消失はもしかすれば何者かの仕業の可能性があるとの事らしい。確かに突如として男性のほとんどが消失したにもかかわらず、この世界に居る女性達はその事を疑問視せず、今も普通の生活をしている。ヨミ自身、その事を疑問に感じはしたのだが不思議とそれを深く考えはしなかった。
「たくっ…呆れたもんだぜ……」
「うう…」
自身の存在、その目的を話し終わるとフォルスは呆れた顔でヨミに向かってそう言った。
「普通もっと疑問に感じるだろ。世界の半分を占めていた男が消えたりすればよ」
「う~…」
「なのに何でこの世界は問題なく廻り続けてるんだよ」
フォルスの言葉にこの世界の住人の一人であるヨミは縮こまるだけで反論などできなかった。
自分に限らず、誰もかれもがこの事実にほとんど揺るがず今の今まで生きて来たのだから。
「(まあ…この世界の男共が消えた理由が人為的なものだとするなら、その事実を疑わねぇように細工でも施してんのかもな…)」
もしそうだとすれば、この少女のことを能天気などと罵るのはさすがにお門違いだろう。
この世界全体の人間が目の前に居る自分のマスターと同じなのだから。
「(だが…コレは流石に文句くらい言ってもいいよな)」
世界の現状に対して疑問視しない事はまだ許せる。だが、フォルスにはどうしても指摘しておきたい事があった。
「オイ…」
「っ…な、何ですか?」
「チッ」
「ひっ」
フォルスが指摘したいという部分はコレ、この少女の弱気な性格についてであった。
先程からこの少女、自分の顔色をずっと窺っているのだ。此処に至るまで別段何をしたわけでもないにもかかわらず、まるで悪い事をして大人に怯えるかのようなこの少女の態度はフォルスにとっては好ましいとは言えなかった。ましてやそれが自分のマスターであるならば尚のことだ。
「お前…さっきから何をビクついてやがる」
「い、いえ…その…」
「はぁ……」
上手い事にこの世界に召喚されたまでは良かったが、その後にこんな問題があるとはフォルスにとっては予想外のことであった。自分を召喚したマスターがまさかここまで弱気な人間だったとは……。
「(まあ、俺を道具同然に扱うようなクズだったらこの場で殺している所だったが……)」
少なくともその類いの人間ではなかった事は喜ばしいのかもしれないが、かといって当たりとも言えない。
「オイ…」
「はっ、はい。何でしょうか?」
「ああ~~…」
このようにただ話し掛けただけでこの反応、うっとおしいことこの上ない。
「お前、その態度何とかならないのかよ?」
「ふぇ…あ、あの……」
「だからよぉ…そのビクついている態度をどうにかできないのかって話だよ」
「す、すいません」
「だから…あーもー…」
今すぐにはこの性格はどうにも直せそうにない様だ。
だが、この先もこの気弱な性格に付き合わされると言うのは正直勘弁願いたいものだ。どうにかして普通に会話を出来るレベルまでは根性を身に着けてもらいたいものだ。でなければこちらまでネガティブが移りそうだ。
そう思いつつもフォルスはチラリとヨミのことを横目で見た。
「……」
自分に視線が向けられるとお決まりの様にビクっと体を微かに震わせるヨミ。
その様子から今のこの女の性格を直すには前途多難だと内心で頭を痛ませるフォルス。まさかこの世界の男性減少の謎云々よりも最初にこんな問題に遭遇することになるとは……。
「(あ~…クソめんどくせぇなぁ……)」
思わず舌打ちをしたくなるところであったが、それで前を歩くマスターがまたビクつくのも目障りのでその不満を胸の内に留めるフォルスであった。




