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少年、離れぬために力を求める


 街の出入り口付近でレンゲに引き留められたサードは再び診療所へと戻って来ていた。

 今はレンゲがベッドの上で再び横になっている。病み上がりの状態で動き回って少し傷に響いたみたいで少し背中がズキズキとする。

 ちなみに一緒にここまでレンゲに運ばれたサードが今は何をしているのかというと……。


 「……なんで」

 「ん?」 

 「なんでオレはこんな状態に…?」


 自分の今の状態にサードは心底不思議そうな顔をしていた。

 何故なら、彼は現在レンゲと同じベッドで並んで横になっているのだ。目が覚めたら布団の中で並んで寝ていたこの状態は正直予想外であった。診療所に連れ戻されたところまではまだしも、まさかレンゲと同じ布団で寝ているとは……。

 意中の相手と同じベッドで横になっているこのシチュエーションは深く考えると恥ずかしくなるのであまり意識しないように心掛けるサードであるが、ならばそもそもベッドから出ればいいと考え抜け出そうとすると……。


 「は~いダメ~」

 「ちょ…」


 ベッドから抜け出そうとすると、そうはさせまいとレンゲがサードの体を抱き寄せて捕まえる。

 引き寄せられる事で女性特有の甘い香りがする。それがサードの緊張をより一層大きくさせる。


 「また逃げたらたまらないからね。メイシさんが戻って来るまでは確保確保」

 「うぅ~…」


 レンゲは再び自分の前からサードが消えるかもしれないのでこうして捕獲している訳なのだが、サードはこの場から立ち去ることが目的ではなく、単純にレンゲと寄り添っているこの状況が恥ずかしかったので離れたいだけなのだが。

 一応、彼女に離してくれるように頼んではみるが……。


 「レンゲ、一度離し…」

 「駄目」

 「…別に逃げたりしないか…」

 「ダメ~」

 「…せめて最後まで…」

 「ダメでーす」

 「うう…」


 がっしりと自分のことを人形の様に抱きしめているレンゲ。

 最後までセリフを言わせてくれず、彼女は有無も言わさず自分を解放しようとはしない。それどころか密着度がさらに増している様にすら思える。というより、自分が離れようとしたら間違いなく拘束の力が強まっている。

 意識し出して間もない相手にこうまで密着されるとサードの心音は嫌でも高まってしまう。


 「また逃げないようにもうしばらくはこのままで~す」

 「……」


 おどけた口調でそう言うレンゲであるが、間違いなく自分を想っての行動だろう。

 いつもと変わらないからかい口調でも、その根っこは自分を心配してくれるように感じるのは自分のうぬぼれではないと思う。

 そんな優しい彼女だからこそ、その傍に自分がこの先も居ていいのだろうかと自分は悩み苦しんでいる。


 「…レンゲ」

 

 サードは抱擁を受け、彼女のぬくもりに包まれながら彼女に弱音を吐く。


 「レンゲはオレをこうして離れぬように繋ぎ止めているけど、その腕の中に居るオレにそこまでの価値は本当にあるの?」 

 「それは…どういう意味かな?」


 サードの雰囲気が変わるのと同じく、自分を抱きしめているレンゲの雰囲気にも変化が見て取れた。それに伴い、部屋の中の空気も少し重苦しくなる。

 

 「そのままの意味だよ……」


 それ以上は、彼は何も言わなかった。

 彼の投げたその言葉は正にそのままの意味。自分という…サードという名の少年にはそれほどの価値があるのかどうかという疑問。自分では自身という存在にそこまで価値があるとは思えない。今回の様な騒動を呼び込んで来たのであればなおさらだ。なのに、自分を今もまるで宝の様に抱き続けている彼女は恐らく自分とは違う考えを持っている。


 だからこそ、彼女にこんな質問をした。自分には価値があるのかどうかなどという質問を……。


 その質問に対し、レンゲはさも当然の様にハッキリと答えた。


 「そんなのあるに決まっているじゃん。サード君は安腹亭にとっても私にとってもとても大切だよ」


 そう言うとレンゲはより一層にギュ~っとサードのことを抱きしめてくれる。

 その温もりがとても心地よく、自分を必要だと言ってくれるその言葉がとても嬉しく、彼の中で独りになろうとしていた決心が揺らいでいく。

 自分のせいで傷ついた彼女はそれでも自分が傍にいるべきだと主張する。そんな優しい彼女だからこそこれ以上は一緒に居るべきではないと思いつつも、その考えとは裏腹に彼は気が付けばレンゲの背中に手を回して同じように抱きしめていた。


 「…本当は……もっとレンゲと一緒に…そう思っていた」

 「…うん」

 「だけどそれは駄目なことだって、自分に無理やり言い聞かせていた…」

 「そっか…」

 「でも…でも…もう嘘…つけないよ」


 気が付けば自分の瞳からは涙が零れ落ちていた。

 どれだけ迷惑を掛けてはいけないと自分を戒める様な言葉を頭の中で言い聞かせようとも、自分の身体はそれに反してレンゲを抱きしめ傍に居たいと主張している。 


 結局のところ、それが自分の答えであった。


 「これから先も一緒に…ね…」


 レンゲは自分よりも小さなサードの体を優しく包み込みながらそう言った。

 

 「うん…」


 それに対し、サードは短く一言だけ返事を返す。

 それ以上はもう、何も言わず二人は互いに抱きしめ合い続けた。たとえ迷惑を掛けるかもしれないと分かっていても、この温もりを手放したくはなかった……。







 「なるほどな……」


 翌日、安腹亭は臨時休業となっており店内では店主であるメイシとファストが話をしていた。その内容については昨日の夜に起きた一件、レンゲを傷つけサードも狙っていたヤミという女についてであった。

 今日の朝、ギルドの掲示板に貼られている依頼書を眺めていたファストの元にメイシがやって来て昨日の出来事を彼に相談したのだ。

 そして、それ以外に一つメイシにはファストに頼みたいことがあったのだ。


 「アンタが気にしていた相手がそんな事を……」

 「まったく…許し難いですよ」


 腕をわなわなと振るわせながら、怒りを表現するメイシ。

 今の彼女の怒りはいつものような周囲の女性に対するくだらない嫉妬心ではなく、自分の店の従業員に危害を加えた純粋なモノであった。その様子を見ているとこの店にサードの身を預けて置く選択は間違ってはいなかったと心の中でそっと安堵の息を漏らす。


 「しかし…そのヤミとかいう女、その場で押さえなかったのは少し痛いな……」


 今回のサードを狙っての襲撃、その結果傷ついたレンゲ、それを実行に移したヤミという女は現在行方不明となっていた。

 ファストの元を訪ねる前、メイシはすでに街の自警団にヤミの一連の犯行を話しており、アゲルタムの街を自警団の者達はくまなく捜索しているのだが、未だに彼女の行方に繋がる手がかりは見つかってはいない。彼女の住まいにも捜索の手を当然広げ、室内に見張りを立てているがヤミが戻って来る気配はない。


 「自警団の人達の話では、この街にはもうあの女は居ないだろうと…」

 「ついでにいえば戻ってくることも無いだろうな…」


 小さく息を吐きながら、ファストはヤミがもうこの街に戻っては来ないと確信を持って言った。住まいにも、街の何処にもいない。その上サードを狙っての犯行は街の自警団に知られたのだ。今更ノコノコとこの街に戻って来ても彼女に未来はない。それならば街を出て放浪している方がまだ自由に生きられるだろう。檻の中で生活するよりはマシの筈だ。

 

 「それでファストさん…実はサード君があなたに頼みたいことがあるみたいで…」

 「ん、頼み?」

 「はい、実は――――」


 この場に居ないサードはファストに一つの頼みがあり、メイシにその言伝をお願いしていた。

 メイシはサードが自分に頼んでいた言伝の内容をファストへと伝えた。


 「サード君のことを鍛えてはくれないでしょうか?」

 「鍛える、あいつを?」

 「はい」


 メイシは怪訝そうな顔をしているファストに頷いて答える。

 これがサードがメイシに頼んでいた言伝。この街に留まる事を決意したサードであるが、再びヤミが自分の居場所である安腹亭、そしてその周辺に居る人を襲いに来る可能性は十分にある。その時、今の自分ではそれらを守り切れる自信がサードにはなかった。

 だから彼は単純に考えた。それならば今よりも自分が強くなればいいと。その為に自分の頼れる人物と言えばサードにはファストしか思い当たらなかったのだ。


 「強くなるために俺に鍛えてほしい…か…」

 「はい。サード君はそれを強く望んでいます…」


 確かに安腹亭の皆は飲食店の従業員に過ぎない。一般人と言える彼女達に自分を鍛えてほしいと頼んでもその要望に応えることは出来ないだろう。それが叶えられるとするならば自分は…まあ、師匠など柄ではないのだが、安腹亭の者達よりは期待に応えられるのかもしれない。


 「(しかし…出来る事ならサードは戦いから遠ざけたかったのだが……)」


 自分と同じく神の産物。しかし、彼は自分がこの世界に送り込まれた理由も、自分が何者なのかすら分からない状態でこの世界へ落された。そんな彼を出来れば戦い中へと誘いたくはなかった。

 

 「(だが…あいつが自分から俺に強くなりたいと頼んだ。それは自分の身を守る為だけではなく……)」


 サードが強くなりたい理由、その根源は決して我が身可愛さなどではなく、自分の周囲の人物の為である。それはまるで、自分にとってマスターであるサクラを守りたいと願う自分と同じ、サードが強くなりたいと願うその根源は自分がマスターを守りたいと思う気持ちと同じなのだ。

 ならば、自分が彼のこの頼みを、願いを否定するのは間違いだろう。


 「分かった。明日、安腹亭にもう一度足を運ぶ。その時にサードに鍛錬を付けてやる。と言っても俺が教えられる事なんてそこまでないだろうが……」

 「…ありがとうございます」

 「…不安そうな顔だな」


 頼みを聞いてもらえたにも拘らず、メイシの表情は浮かないものだ。

 その理由はわざわざ聞かずとも分かる。共に同じ屋根の下で暮らしているメイシにとって、サードは唯単純に男性だから大切なのではない。彼女にとってサードは弟の様な存在なのだ。出来る事なら戦いとは無縁の生活を送ってほしい。


 だが、自らを強くし自分たちを守りたい。彼は自分やレンゲにハッキリとそう言ったのだ。

 

 「(あんな強い眼を見せられて…止められるわけがないじゃない……)」


 この街に留まり続けると覚悟を決めたサードの目には迷いなどありはしなかった。たとえその結果、戦いに巻き込まれるとしても、傷つくことになったとしても――――



 『オレは…やっぱりこれからもレンゲたちと居たい』



 サードのその言葉を聞き、メイシは認めるほかなかった。

 その言葉を、望みを否定するという事はすなわち彼がこの先も安腹亭に居る事を否定すると同義なのだから……。


 「あの子のこと…よろしくお願いします」

 「ああ…」


 ハッキリとした声でしっかりと返事を返すファスト。

 頭を下げるメイシの姿を見て、あの少年はこの店の者達に愛されている事がファストの胸にも伝わって来る。戦いに巻き込みたくない、その自らの想いを押さえてまで彼女はサードを自分へと預けたのだ。ならば、躊躇いながら返事など返しては駄目だ。




 こうして、自らの使命を忘れていた少年はファストと同じく戦いの渦に巻き込まれる事となった。 

 だが、幼い少年サードの中には後悔も恐れもない。そんなモノ、安腹亭の皆と離れる事などよりは遥かにマシなのだから……。

 

 


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