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少年、街を出る決意をする


 アゲルタムの街にある診療所、そこには一人の少女がベッドに横たわっていた。

 少女は今は眠りについており、患者衣で隠れてはいるが背中には大きな傷を負っており、包帯を巻かれて治療を受けた痛々しい痕跡が残っている。

 

 その少女の傍には、彼女よりも幼さが残る一人の少年が備え付けの椅子に座って彼女の容体を見ていた。


 「レンゲ……」


 ベッドの上で眠っている少女の名前を、少年サードは小さな声で呼びかける。その投げかけには返事は何も返っては来ない。代わりに規則正しい寝息だけが彼女の口から繰り返し発っせられる。

 この診療所にやって来た時にサードは半ば錯乱状態にあったが、レンゲの治療後、命に別状はないということが分かりようやく気持ちが落ち着いてきた。


 だが、気持ちが落ち着いたことにより彼の中の自責の念はどんどんと膨れ上がって行った。


 「(俺のせいで……おれの……)」


 自分のせいでレンゲが傷ついた。その考えが頭から離れてくれなかった。

 実際は一方的に迫って来たヤミがレンゲを傷つけ、更にはサードを苦しめていたので彼が気に病む必要は無いと思うのだが、彼女が負傷した原因の一端が自分にある…。その事実は彼を苛ませるには十分すぎた。

 

 「……」


 すでにメイシには連絡をつけてある。

 恐らくあと少し時間が立てばここにやって来るだろう。


 「……俺のせいで………」


 レンゲの顔をしばらく眺めた後、サードは椅子から立ち上がるとそのまま病室を出て行く。

 その時の彼の瞳はとても虚ろで、生気をほとんど感じさせないまるで死人の様であった……。


 


 診療所を出たサードは特に当てもなく未だ暗闇に包まれている夜の街中をフラフラと徘徊する。

 視界を覆う夜の街はまるで今の自分の心境を映し出している鏡の様にサードは思えた。暗く…くらく…果てしない闇はどこまでも続く。


 「俺は…拾われておきながら恩を仇で返すようなことをしたんだな…はは……」


 少年は自嘲気味に笑いながら、夜の世界へと足を踏み入れる。

 最後に一度だけ診療所の方を振り返ると、そこで眠っている人物へと別れを告げる。


 「さようなら…レンゲ……」


 再び顔を前へと戻し、闇の中を突き進む。

 そんな彼の顔には一筋の涙が零れ落ちていた。






 

 サードが診療所を出てからすぐ、連絡を受けたメイシがレンゲの容体を確認する為に診療所へとやって来た。

 魔道電話越しではサードが狼狽しながらレンゲが負傷した事を電話して来たので、その声色からレンゲの怪我は軽傷ではないという事は容易に想定出来た。

 

 「(まさかこんな事になるなんて…!)」


 やはり自分もついて行くべきであったと今更ながらに後悔する。

 だが、嘆いても何も状況の変化にはならない。それよりも今はレンゲの安否確認の方が大事だ。他の患者もいるだろうから、院内で走ることは出来ないが少し早歩き気味でレンゲにあてがわれた病室の前までやって来た。


 「レンゲ、入るわよ」


 ノックをして返事も待たずに病室内へと潜入するメイシ。

 扉を開けるとそこには、ベッドの上で上体を起こし辺りを見回すレンゲの姿が在った。


 「え! メイシさん!」

 

 メイシの突然の訪問に少し驚くレンゲであったが、とりあえずは無事なようだ。

 

 「もう…心配したんだから…」


 普通に会話できるのならば、自分が想像していた様な大怪我を負ったいたという事でもないだろう。

 彼女の姿にホっと胸を撫で下ろすが、しかし少し彼女の様子がおかしい事に気付く。自分が病室に入って来た時もそうだが今も彼女はなにやら周囲をキョロキョロと確認しているのだ。

 そのせわしない様子にどうかしたのかを尋ねる。


 「レンゲ、何をキョロキョロとしているの?」

 「ああ、すいません。あの…レンゲさん。サード君は今はお店ですか?」

 「え…いえ、私もあの子から連絡を受けてやって来たから。一緒に居たんじゃないの?」


 メイシはてっきりサードもここに居るものだと思っていたが、目の前のレンゲの反応からして彼女も彼が何処にいるのか知らないようだ。

 診療所内のどこか…もしかしたらトイレにでもいるのかと考える二人。


 その時、病室のドアが開いて白衣を身に纏った女医がやって来た。


 「レンゲさん、まだあんまり動いてはダメよ」

 「す、すいません。…あの、先生。私をここまで運んでくれた男の子がいたと思うんですけど何か…」


 レンゲがサードの行方を知っているかどうかを尋ねると、女医は首を傾げて言った。

 

 「ああ、あの(可愛い)子のこと。あの子ならさっき私にトイレの場所を聞いていたけど…だからトイレじゃないかしら?」

 

 その言葉を素直に受け取ったメイシはああやっぱりといった顔をするが、レンゲの表情は少し険しさを増した。

 嫌な予感がするのだ。あの時、薄れゆく意識の中で見たサードの表情は忘れられない。もしも、彼が責任を感じていたら………。


 「まさか…」


 思考がそこまで行くと、彼女の背中には冷や汗が流れた。

 

 「先生、トイレどこですか?」

 「えっ、それなら病室を出て右の…あっ、ちょっと!」


 案内を最後まで聞かずにレンゲはベッドから出ると小走りでトイレの方へと向かった。

 後ろから二人の声が聴こえてくるが関係ない。もしも彼がトイレに今もいるなら問題はない。だが、もしもいなければ……。


 「まさか…ウソでしょ…!」


 自分の予想がどうか外れてくれることを祈りながら目的の場所に辿り着くと、勢いよく扉を開けた。だが、トイレには人の気配は一切感じなかった。念のためにとサードの名を呼びながら全ての個室を調べたがやはり誰も居らず無人。


 「ヤバ…」


 この場所にも自分の病室にもサードは居ない。では、彼は一体何処にいるのだろうか? もしかしたら診療所内を探検でもしているのかな?


 「そんなわけないでしょ!」

 

 トイレを出てレンゲはすぐさま追いかけて来たメイシに彼が居ない事を告げる。

 

 「メイシさん、トイレにサード君は居ませんでした!」

 「え? いない? じゃあどこに…」

 「不味い事になったかも……」


 いつも明るい顔をしているレンゲの表情は今は明らかに焦りでいっぱいであった。

 

 「何が…あったの……?」

 「……」


 メイシは何があったのかを尋ねるが、それを話していいかどうか少し迷うレンゲ。だが、このまま独りでサードを捜すよりは人出が多い方が確実にいいと判断し、何があったのかを話し始めた……。







 夜の街中では相変わらずサードはただ黙々と歩みを進めていた。しかし、その行き先は定まってはおらず、意味のない徘徊をしている事は本人でも自覚していた。

 それでも、彼は夜の街を歩き続ける。光の消えたその瞳で先の暗闇を見つめながら。


 「(もう…安腹亭には戻れない……)」


 自分のせいで自分を救ってくれた恩人たちに迷惑は掛けたくなかった。

 その考えを抱きながら彼は意味も無く街を徘徊していたが、ふと彼の頭に一つの答えが浮かび上がった。


 「あ…この街から出て行けばいいんじゃ……」


 また、自分を発端にこの様な事が起きてしまえば自分の精神はもたないかもしれない。


 それならばいっそ、この街から自分が消えれば解決するのではないだろうか?


 「そうか…また、独りになるしかないんだ……」


 せっかく受け入れてもらえたこの街を出る、その選択は正直悲しいが、それでレンゲが、メイシが、安腹亭の皆に危害が加わることを防げるのなら……。


 「そうだ…それで皆が平穏を保てるなら……」


 サードはその場で足を止め、方向を転換する。

 彼が目指すのはこの街の出入り口。その先は何の当てもないが、この街からずっとずっと離れた所に行こう。そう考えながら彼は再び足を進めるのであった。




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