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少女、狂おしい程の愛をぶつける


 指先を真紅に染め上げ、狂気を顔から滲み出しながらその女は自分とレンゲを見ていた。

 だが、女はレンゲとサード、それぞれに向けている視線の種類は明らかに異なる物であった。サードに対してはまるで愛おしい存在に向けるかのような瞳、そしてレンゲに対してはまるで親の仇でも見るかのような瞳を向けている。

 だが、彼女がレンゲに敵意を向けている理由は今はサードにとって重要ではない。今、一番重要なのは目の前の女がレンゲを傷つけた張本人であるという事だ。指先から滴り落ちる血に彼女に向ける敵意、この二つの判断材料だけで十二分だ。


 「あっ…アンタは…」


 サードは街灯の光で晒される女の顔を見て、その人物の正体が誰か分かった。

 

 「アンタ、最近店で顔を出している…」


 そう、目の前に居る女はここ数日店に訪れている、名前は知らないが顔は憶えている女性客の一人だ。

 サードに顔を覚えられている事が分かると、目の前の女、ヤミの笑みは更に醜悪で禍々しい物へと変貌していく。


 「ああ…私のことを覚えていたのね。嬉しい…♡」

 「……なんで?」

 「ん~?」

 「なんでこんな事を…レンゲが何をしたっていうんだよ……」


 自分の腕の中で背中から血を流し苦痛に耐えるレンゲを見ながら、サードは歯を食いしばって目の前でニヤニヤ笑っている女に何故こんな事をしたのか理由を尋ねる。

 一体レンゲが何をしたのか? こんなひどい手傷を負わされるほどの罪を犯したのかをヤミに聞くが、彼女はレンゲの名前をサードが口から出した途端に見る限り不機嫌な表情へと変わった。


 「ああ、どうしてそんな女を気にするの? あなたは私だけ見てくれればいいのに……」

 「なにを…」

 「サード君! あなたは私にとって光、ひかりなのよ!! 私にとってこの世界で自身以外の人間という生命体は漠然とした中身の分からない存在でしかない! かつて、まだ人というものを信じていた無知な私は現実を思い知らされた! 口先でどれだけきれいな言葉を並べても、それは決して本心、心の中のありのままの言葉ではない!!」


 ヤミは興奮しながら矢継ぎ早に言葉を並べ続ける。

 唾を飛ばしながら、サードに長々と言葉を連ねて意味の分からない台詞を続けていく。


 「そして私の目に映る全ての人間がまるでその心の内の汚れを表面化したかのように濁って見えた。でも、あの日、私はあなたという光を見つけた。あなたを初めて見た時から、私はあなたの虜になった……小難し理由なんていらない。そう、私にとってあなたは一筋の光明なの」

 「……何を言ってんだよ? 俺には、アンタが何を言っているのか意味が解らない……」

 「簡単なこと…私はあなたに恋をした。ただ…それだけよ……」

 「だからそれが意味が解らないってんだよ!!!」


 目の前で長々と、意味不明で受け入れがたい言葉を浴びせて来るイカれた女に怒鳴るサード。

 自分にとっては深い付き合いどころか顔を合わせてロクに会話もしたことがない。店によく訪れる客程度の存在、それがヤミであった。そんな女性に突然自分が光だの言われても理解できるわけがない。

 

 「アンタが俺を好きになったていうのは、初恋っていうのはまだ理解できるよ。でも、どうしても意味が解らない事がある」


 サードは自分の腕の中で今も苦しんでいるレンゲを悲痛そうな目で見ながら、彼女が傷つけられた理由が解らずなぜこのような事をしたのか問う。

 

 「レンゲがこうなっているのはなんでだよ…? この人が…この人がお前に何をした……?」

 「簡単な事よ。その女は私の光を曇らせ、濁らせ、遮り、汚したからよ」

 「……は?」


 本当に…本当に目の前の狂人の言葉は一貫して理解不能な物ばかりだ。

 今のセリフから何を理解しろというのだ。むしろ混乱が極まるばかりである。


 「わからない…それって要するに俺の傍に居たレンゲが気に入らなかっただけなのか?」

 「本音を言うならそれもあるかもしれない。でも、光を汚す存在を浄化する為にも彼女の排除は必要な事だったのよ……」

 

 もう、サードの心は限界であった……。

 誰かに恋を抱くまではまだいい…だが、それを理由にして身勝手なこの女の行為が免責されるわけではない。結局、この女は自分の近くに居たレンゲに嫉妬し、彼女のことを傷つけたという事だ。


 こんな流血するほどの傷を付けられた理由が個人的な嫉妬、それを考えるとサードの中のナニかが切れた。


 「うっ!」

 

 突然胸の中が苦しくなるサード。

 腹の奥底から熱い何かが込み上げて来る。そこから体中全体が熱くなっていき、レンゲをゆっくりと地面へと寝かし、胸を抑える。

 動悸が激しくなり、呼吸が荒くなり、息をするのが苦しくなる。


 「サード君!?」


 ヤミは初恋の相手の苦しむ姿に僅かに取り乱しながら、彼の小走りで近づいて行く。傍によると、彼女は地面に膝を付き胸を抑えているサードを介抱しようとする。







 彼らより少し距離が開いている場所、多くの家が軒並みに建築されている住宅街、そのうちの一件の家の屋根の上に一人の魔女が立っており、サードたちの様子を眺めていた。

 マナを使い視力を強化し、遠景のサードたちのやり取りを眺めながら邪悪な微笑みを零す。


 「ふふふ…さて、どうなりますかね?」


 サードたちのやり取りを眺めているこの魔女こそ、ヤミを狂わせて凶行に走らせた元凶であった。


 彼女は自分の操り人形とかしているヤミの行動を観察していた。タガが外れてサードに対して狂った愛を述べるヤミ。その様子を見て元凶の魔女には少し計算外な事実が有った。


 「私のマナを取り込みぎて少し欲望に素直…いえ、というより見境がなくなったと言うべきでしょうか? それでもあの少年に対しての愛だけは消えることなし……」


 自分のマナを取り込みすぎ、正常な考えをあのヤミという女が出来なくなったことは想定内である。だが、サードに対して抱いている愛情は全く揺るぐことがない、そこは完全に想定外のことであった。自分の強いマナを取り込み過ぎ、ヤミが完全に狂うものだと思っていたのだが、まさかサードに対して抱いている愛だけは変化が見られないとは。


 「愛はマナより強し…ですわね。これでは彼女を操っている意味がなくなりそうですわ…」


 実はこの魔女の狙いは自分の力で溺れさせたあのヤミではない。彼女の狙いは操っているヤミが愛している少年、サードであった。いや…もっと言うなら彼の命が魔女の狙いであった。


 ――――もっと言えば、彼女にとっては全ての〝男性〟が殺戮の対象であった。


 この魔女がヤミを利用している理由、それは彼女を使ってあのサードという少年を殺害する事であった。

 自分が調べた限りではこのアゲルタムの街にはファストとサード、二人の男が在住している。自分たちの目的の為、理想郷実現のためには男は不要、欲望にまみれた男はこの世界から全て消し去ろうと彼女は…いや、彼女達は考えている。

 自分の部下の話ではファストという冒険者の男は相当腕が立つようだが、あのサードは平凡な飲食店のただの客寄せにすぎない。あの少年なら赤子の手をひねるが如く容易く仕留められる。

 

 だが、この街に忍び込み、少し調べて分かったがあのサードという少年のマナは魔女が感じた限りでは少し異質に感じたのだ。

 もしや何やら秘めた力があるのでは? そう思い彼女は様子を見る為に都合よくサードに恋心を抱いているヤミを利用した。しかも、あの少女は以前魔獣を使い〝洗脳魔法〟の実験をしていた時に偶然遭遇した相手であった。


 ここで魔女は一つ面白い事を思いつく。それはあのサードに愛を抱いているヤミを使いあの少年を殺そうなどという悪趣味な遊び。

 サードを殺せれば男を消せて目的を果たせ、その後に洗脳を解いたヤミがどのような反応を見せるのか、そんな非道な遊び……。


 「まあ、彼女のあの少年に対する愛の深さが予想以上に深く、思い通り事が運んでいませんが…さて、この後はどうなるのでしょう?」


 そう言って魔女は再び視線を自分の操り人形と少年へと戻し、事の成り行きを観察し続ける。

 そして、視線を魔女が戻して数秒後、すぐに変化が表れた……。




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