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少女、魔女と再開する


 偶然見かけた一人の少年、その存在は今まで他者を受け付けず否定していたヤミの価値観を覆した。

 彼を見てヤミは間違いなく惹かれ、世界がガラリと変わったのだ。そして次の日からヤミはその少年についての色々な情報を集めた。

 そして彼が安腹亭の看板息子として働いている事が分かり、頻繁に食事を取りに出かけた。

 初恋など、そんな現象を自分はこれまで全く信じてはいなかった。当然だ、何も知らない相手に何故いきなり恋をすることが出来るのだろう? そう思っていたが、今の自分は初恋を信じている。自分自身がその恋の病に罹ればもう疑いようなどなかった。


 そして彼女は安腹亭に訪れ、目的の人物をその目で拝みに行った。

 周囲の女性客に翻弄されながらも、懸命に働いているその姿はとても健気でヤミの胸を更に締め付けて来る。しかし、ここで他の客の様に過度な接触をすれば嫌われるかもしれない。そう思うと他の客の様に積極的に絡むことは出来なかった。


 「(サード君…やっぱり輝いているわ……)」


 ヤミの眼には周囲の他人の存在が黒く濁って映っていた。しかし、初恋の相手であるサードの存在は、ヤミの瞳には光が灯りとても輝いて映っている。仲間に囮に使われて以来は人は醜く見えて仕方なかったのに、彼の存在はそんなヤミの黒い考えを払拭してくれる太陽であった。

 だが、彼女にとっての太陽であるサードを曇らせる存在が居た。


 それは彼にまるで家族の様にベタベタと接触する存在……レンゲという女であった。


 「(アイツ誰よ…邪魔ね。私の太陽を曇らせないで欲しいわ……)」


 レンゲのことをまるで忌まわしい存在でも見るかのように、いや、まるでではなく、まさにそのような目で見ていた。ヤミにとってサードは太陽、それ以外は靄の架かっている存在にしかとらえてはいない。そんな唯一の光のサードが見分けの付かないような靄の架かった存在で曇らされているように感じる。

 自分が見つけた光を濁らせるそんな存在がヤミには許せなかった……。


 「忌々しい……」


 そう言いながらヤミはレンゲの背中を睨み付けていた……。







 それから連日でサードの働いている店へと顔を出したヤミ。

 そして今日、店を出る際に何やら少女と入口でぶつかった。その時に少女の隣に居た人物が男性だったので少し驚いたが、それだけである。サードとは別の男性を見てもヤミには珍しい男を目にした、という位の認識であった。恐らくあの人物が噂のファストとやらなのだろう。だが、彼女にとっては他の者達と同じく〝どうでもいい存在〟である。

 ヤミがサードに惹かれたのは決してただ性別が男だったからではない。数日前に見た儚さを感じる、夜空の星々に見入っていたあの幻想的な少年ただ一人に引き込まれたのだ。


 店を出た後のヤミは一度は宿に帰るが、日が暮れ夜になると宿を出て夜の街を再び歩く。

 この時間帯になればサードが外に出て夜空を眺めている事はもう調べがついている。なのでこの時間帯に安腹亭の近くの様子を見れば彼に逢える。


 「いた……」


 安腹亭の入り口前に座り込んで居るサードを見つける。彼はいつもの様に夜空に浮かぶ星空を眺めている。その姿はやはりヤミにはとても魅惑的であり目が離せない。物陰からサードの様子を見守り続けるヤミであったが、しばらくすると目障りな存在が現れた。そう、彼女にとっての光を黒く汚く染め上げる存在が現れた。


 「あいつ……」


 彼女の視線の先にはサードの隣の座り込む一人の少女。それはヤミにとって最も忌まわしき存在のレンゲであった。

 彼女はサードの頭を撫でまわしながらケラケラと笑っている。その光景を目にして、彼女の頭に血が昇り、更には全身の血液を沸騰させるかのような感覚にとらわれる。気が付けば自分の手を強く握りしめ血が滲んでいた。

 

 「(不味い……)」


 思わずサードの傍によりついているレンゲに殺気を向けてしまい、それに気付かれたのか彼女のサードを撫でまわす手が止まる。

 レンゲがこちらに気付く前にこの場から退散するヤミ。そのまま人気のない場所まで移動をする。まあ、こんな夜遅くに人気の多い場所の方が少ないのだが。

 

 「危なかったわ…しかし…やはり邪魔ねあの女は……」


 裏切られた事で、疑心暗鬼に満ち溢れて穢れたように目に映るこの世界を浄化してくれた存在、それを汚す不届き者、どうにかできないものかと考えるがいい案は何も頭に浮かんでこない。

 こうなれば彼を自分の元に監禁でもしようかなどと過激な考えまで持ち出すヤミ。暗闇の世界でどす黒い考えを巡らせていると、後ろから人の気配を感じた。

 街の住人が散歩でもしているのかと気配を感じた背後を振り返ると、そこに居たのは異質な恰好の女性であった。


 「え……?」


 その女性にはヤミは見覚えがあった。

 女性は黒色の大きな帽子に黒いドレス、そして帽子の下から見える紫の髪。あの日、自分の窮地を救ってくれた存在。


 「あ、あなた……」


 ヤミにとってサード以外の存在はどうでもいいと片付けるられる異物。だが、彼の他にもう一人の例外が居る。それは目の前の自分を救ってくれた魔女であった。いや、救われたと言うのは語弊があるのかもしれない。

 何故彼女がこの街に、何故今更自分の前に、一体何の用で現れたのか。様々な考えが頭の中でグルグルと回り続ける。


 そんな混乱気味の狼狽えている自分の姿を見て、目の前の魔女はあの日と同じセリフはそっと呟く。


 「虚しい娘ね…」

 「……」


 その一言であの裏切られた過去の実体験を強く思いだす。

 彼女の存在はとても強烈で、その一言だけであの忌まわしき初以依頼での出来事が鮮明によみがえって来る。その苦い記憶に無理やり蓋をすると、ヤミは目の前の魔女に質問をする。

 

 「誰なの…あなたは?」

 「誰…か……」


 魔女は自分から目を逸らし空を眺める。

 大空に散らばる星屑を眺め数秒、再びヤミに顔を向ける。その時の彼女の表情は微かに笑っていたが、その瞳には色がついてはいなかった。

 その不気味な瞳にヤミは思わず数歩足を後ろへと後退してしまう。

 殺気をぶつけられたわけでもないのに、説明不能な威圧感に気圧され汗が一筋頬を流れて地面へと落ちる。


 「私が誰なのか…それはどうでもいい事ですわ。何故なら、今の世界で持ちうるこの名はもう捨て去った甞ての記号に過ぎないのですから」

 「……?」

 「それより、先程貴女は誰を眺めていらしたのかしら?」

 「!!」

 「ふふ…」


 魔女はゆっくりと歩み寄り、そっと彼女に囁きかける。


 「良ければ、あなたの望みを叶えてあげましょうか?」

 「の、望み…?」

 「ええ、そうですわ。欲しいのでしょう……あの煌めく星屑の一つを……」

 「(こ、コイツヤバいわね)」


 見た目もそうであるが、目の前の魔女が放つ雰囲気は余りにも歪で禍々しく感じる。

 サードから光を感じ、それ以外の他人は黒く濁って見え、そしてこの魔女は…サードと同じく光輝いている様にヤミの眼には映っていた。だが、その光はサードとは全くの別物。


 この魔女の放つ光はとても怪しげなモノ。見ている者を幻惑させる怪しげな光なのだ。


 この場からいち早く退散を試みるヤミであるが――――


 「(あ、足が……動か…くっ!?)」


 足が意思道理に動いてくれない。まるで石の様に固まって、この場から自分のことを逃がそうとしてくれないのだ。

 

 「そう逃げなくてもいいでしょう」

 「ひっ…!?」


 魔女は両手でヤミの頬を優しく挟む。

 その手はとても冷たく、まるで氷の様であった。その冷たさが頬から全身へとゆっくりと浸透して行き、流れる冷や汗の量が増える。


 「そう恐がらないでくださいな。私は貴女の望みを叶えて上げるために参りましたのよ……」


 魔女は口元に弧を描きながら、光が宿っていない瞳をヤミに向けながら微笑んだ。その狂気に満ち溢れている魔女の笑みにヤミはガチガチと歯を鳴らす事しかできなかった。




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