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少女、幼き少年に初恋する


 「はあ…終わった……」


 冒険者クライ・ヤミは疲れ果てた体を引きずりながら夜の街を歩いていた。

 彼女は今しがた、星二つの依頼を終えてアゲルタムの街へと帰還したのだ。小さな村の魔獣討伐依頼、星のレベルから考えても一人で十分と思っていたが、予想より手間取った。魔獣の力は問題ではなく、数の多さに苦戦を強いられたのだ。


 「まったく…星二つにしては少し数が多すぎる気がしたけど……」


 まあ、依頼した村からの報酬はそれに見合うもので、それを踏まえたうえで自分が依頼を引き受けたのだ。文句を言える立場ではないと分かるが……。


 「疲れた、おなかも空いたわね……」


 夜の街は昼間と違い人は居らず静かなものだ。だが、しばらく歩くと明かりのついた酒場が目に入る。人の賑わっている声が中から聴こえて来る。恐らく自分と同じ冒険者が集まって酒でも飲んで騒いでいるのだろう。


 「ふん……」


 しかし、ヤミはそのまま酒場を通り過ぎて行く。

 確かに今は空腹であり、報酬も入って懐は温かいが、あのように小うるさい店に入る気にはなれない。

 元々、自分が住んでいる宿に泊まれば食事の用意などはできるのだから。


 「くだらない……」


 一度だけ振り返り、先程の酒場を見ながら吐き捨てる様に言った。

 

 他人の存在など、ヤミにとっては心底どうでもいい物であった。彼女にとって他人とは世界の一部分、いうなれば世界の付属品であった。信じれる物、頼れるものは己の存在だけだと思っていた。彼女がそう心から思えるのはかつての実体験から来ていた。




 彼女はまだ駆け出し冒険者だったころ、始めて依頼を受ける時にチームを組んだことがあるのだ。その内容は魔獣討伐の星三つの依頼。チームを組んだ時は自分も他のメンバーも意気投合していた。目的の村に着くまでの道中は馬車で楽しく話もした。

 だが…すぐにヤミは思い知る。一時の馴れ合いなど、命の危機に瀕する状況では何の力も発揮しないという圧倒的事実に。


 ヤミの脳裏に思い返される、信頼も友情も空虚なものだと突き付けられた瞬間――――


 『くそっ!』

 『だめ、私の魔法も効かない!』

 『どうすれば……』


 初めて受けた魔獣討伐依頼、自分たちは魔獣の強さを、そして己の力量を見誤ったのだ。

 実際に戦い、自分たちがこのレベルの依頼を受けるのは早すぎたことが実感された。敵は大型の魔獣たった一体であった。だが、自分たちの攻撃は魔獣を傷つけることすら敵わなかった。

 絶望的な状況、仲間達の戦う前までの余裕な表情は完全に消え、今は絶望に染まり切っている。

 

 『ヤミ…』

 『な、なんですか…?』

 『実はまだ奴を倒せるかもしれない魔法が俺には一つだけ残っている』

 『ほ、本当ですか!!』


 仲間の一人のその言葉にヤミの顔には僅かだが希望が宿る。


 『ああ、だがこの魔法は発動に時間がかかる。その間、何とか奴の気を逸らしてくれ!!』

 『わ、分かりました!』


 ヤミは頷くと、魔獣に向かって行き攻撃を仕掛ける。

 ダメージは与えられないだろうが、注意をこちらに向けることは出来る筈だ。


 『さあ、皆さんも一緒に……え?』


 他の仲間達にも攻撃を仕掛けて魔獣の気を逸らすよう頼もうと振り返るが、先程までいた仲間達の姿が消えていた。

 視線を更に奥の後方に向けると、そこには自分以外のメンバーが走り去っていく姿が確認できた。


 『え…あ、あれ?』


 意味が解らず思わず小さく笑ってしまうヤミ。

 背を向け走り去っていく仲間達。そのうちの一人、先程時間を稼いでくれと頼んできた、男まさりな性格の女が走りながら顔だけをこちらに向けて来た。なにやら、口元が動いている。


 『悪い、命を張って俺たちが逃げる時間を稼いでくれ』


 女の唇は……そう動いていた。

 そして残りの二人の仲間も揃って顔だけを自分へ向けて来た。


 その表情は、自分たちは助かった事に対しての安堵を隠していない小さな笑みが浮かんでいる。

 

 『あはは…何ソレ……』


 呆然としながら笑い声を漏らす。

 つまり、自分はあの連中に捨て駒として使われたのだ。自分たちが生き残る為、初めてパーティーを組んだ新人の自分が一番要らない存在だと…そう判断して囮としてこの魔獣に捧げたのだ。


 だが、ヤミの視線の先に映る三人組の一人の姿が消える。

 先頭を走っていた女が、突如横から現れた大型の魔獣に突進されたのだ。その魔獣は自分の目の前に居るものと同タイプの魔獣であった。


 『(あ…もう一匹いたんだ……)』


 そう思いながら前を向くと、そこには牙をむき出しにしている魔獣の姿が映る。

 たった今、自分が攻撃を当てたので怒り心頭と言った所なのだろう。後ろの方では自分を見捨てた仲間だった連中の悲鳴と、何やら肉を喰っている咀嚼音が聴こえて来る。

 自分も今から数秒後には同じ運命をたどるのだろう……。


 『いいよ…食べなよ……』


 そう言って地面へ座り込み眼を閉じるヤミ。

 魔獣はヤミが攻撃をしてこない事を察したのか、警戒を完全に解いて大口を開けてヤミへと走って行く。


 『(初仕事で失敗…無様ね……)』


 それが自分の最後の考え事だと思い覚悟を決める……だが、いつまでたっても自分の体に牙が突き刺さる事はない。不思議に感じて眼を開くと、自分に襲い掛かろうとしていた魔獣がその場で座り込んで居たのだ。

 

 『え……なんで…?』


 何故自分を喰おうとしないのか不思議に思っていると、背後から足音が聞こえる。

 振り返るとそこには、先程現れたもう一体の魔獣と、今までは存在に気付かなかった一人の女性が立っていた。

 

 紫色の長髪に、整った顔。そして均衡のとれた美しい体つき。服装は大きな黒い帽子に同じく黒を基本としたドレスを着ている。その姿はまるで魔女を連想させた。


 『誰…?』


 今まで好戦的だった魔獣達が、今はまるでおとなしい。

 もしや、この女性がこの魔獣達を従えているのだろうか? そう考えていると、目の前の女性は座り込んでいる自分を見てそっと呟いた。


 『虚しい娘ね……』


 それだけ言うと、魔女は魔獣を引き連れてその場から離れて行った……。







 あの日、自分の前に現れた魔女がいったい何者なのかはわからない。だが、あの日から一つ学んだことがある。それは、自分以外の存在を…他者を信じぬ方が賢明な判断だという事を。

 それ以降、彼女は誰も信じようとは思わなかった。周りの人間すべてが腹の中で何を考えているのか分からないから……。

 

 あの日以降、目に映る他人全てが汚く見えて仕方がない。その中でも、男という種族はより一層そう感じる存在であった。男は今のこの世界で性別だけが取り柄にも拘らず、自分たち女を下に見る存在。そんなもの、関わり合いたくすらない。大半の女性達が何故男に興味を強く持っているのか理解できない。

 最近、自分の所属しているギルドにファストとやらが加入したらしいが心底どうでもいい……。


 もっともヤミにとっては、男も女も関係はない。自分以外の全てがどうでもいいナニカなのだ……。


 『早く帰ろう…』


 とにかく仕事終わりで腹が減っている。すぐに宿へと帰って夕食の準備をしようと歩く速度を速める。


 『……ん?』


 その時、ヤミに視界の隅に誰かが映った。場所は安腹亭の近く、その店を通り過ぎようとするとき目の端に誰かが映ったのだ。

 こんな夜遅くに誰だろうと顔を向けると、そこには一人の少年が座り込んで夜空を見上げていた。


 その人物を見て、彼女の足が止まった……。


 そこに座っていたのはまだ幼さの残る年下の少年であった。だが、ヤミに目にはその少年がとても輝いて映った。誰も居ない静かな暗闇で、夜空に広がる無数の星を眺める。その表情はとても純粋で儚く、思わずヤミは見入ってしまっていた。


 裏切られたあの日以降、誰もかれもの表情が曇って見えていた。外面の表情など、すべてが仮面のような見せかけだと思っていた。だが、その少年はそんな考えを全くわかせない程に偽りのない、美しい素の…ありのままの表情を曝け出していた。


 『綺麗……』


 少年サードと夜の世界が組み合わさった彼女に目に映るその光景は、彼女の口から思わず綺麗という言葉を洩らしていた。


 そう…これがヤミの初恋であったのだ……。




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