少年、狙われる
「ここが…噂の男の子が働いているお店?」
「ああ、俺と同じく送り込まれた奴のいる店さ」
サクラを連れたファストはサードが働いている安腹亭へと赴いていた。
元々盗みを働いていたサードを自分が捕らえた後、この店の従業員達が満場一致で引き取った……そこまでは良かったのだが、この店にサードを置いておくのはある意味危険な気がした為、時々は彼の様子を見に来る事としているのだ。
「(それにサードは俺と同じ存在。そう言う意味でも放ってはおけない…)」
彼は自分とは違い不完全な状態でこの世界で誕生をした。
その影響か、彼は自分が何者なのかもわからず、自分が何のためにこの世界へとやって来たのかというその根底の意味すら憶えてはいなかった。
もちろん、そんな不安定な状態の彼にファストは真実を馬鹿正直に伝えることは出来なかった。自身の名前だけが唯一記憶にあった少年に、自分と共にこの世界で起きている謎を共に解明しようなどと言えるはずがない。
「(だが…不完全であるが故に、俺とは違う何か変化があるかもしれない)」
不完全な状態で産まれたサードであるが、彼はマナを使い肉体を自分と同年代くらいまで成長させることが出来る。つまり、マナを戦闘で使う事も出来る。しかし、産まれが不完全であるがゆえに考えたくはないが暴走、という可能性もファストは捨てきれなかった。
サードには悪いが、ファストが彼の様子を定期的に確かめに行くのは女性だらけの飲食店でうまく仕事を出来ているのか、という理由だけではない。彼が何かしらの拍子に暴走でもしないかと監視しているという意味でもあるのだ。
「(アイツには悪いが…不完全な状態で産まれた神の産物だ。何か異常が起きない保証はない……)」
正直、自分の同類の監視など、余り良い気分はしない。
そんな事を考えていると、ファストの表情は僅かに曇りを見せる。
「ファスト…?」
「っ…なんでもない。とにかく入るか」
「う、うん…」
ファストの表情の変化に戸惑いながらも、安腹亭の中へと二人は足を踏み入れようとする。
だが、彼が扉を開けようとすると、それと同時に店の中から一人の女性が出て来てサクラにぶつかる。
「イタっ!」
「サクラ!」
いきなり体を衝突されて体勢が崩れ地面に倒れそうになるサクラ。だが、彼女が地面に倒れるよりも早くファストは彼女の腕を掴んで支えてあげる。
「!……」
ぶつかった相手は一瞬こちらを振り返ったが、すぐに目線を自分たちから逸らすとそのまま小走りで走って行った。
その態度にファストは離れて行く女性に小さな声で不満を漏らす。
「随分な態度だな…ゴメンの一言位言えないのか?」
「だ、大丈夫だよ。肩にぶつかっただけで怪我はないから…」
「そうか…」
サクラ自身があまり気にしていないのだ。ならば自分がいつまでも苛立っていては大人げないのかもしれない、そう思う事とするファスト。
気を取り直すと、ファストとサクラは改めて安腹亭の中へと入って行った。
店の中へと入ると、従業員の一人が営業スマイルを向けて来たが、やって来た人物がファストと分かると目に見えてテンパった。
「あっ、いらっしゃ…ああ! ファストさん!!」
「久しぶりだな」
「は、はい! また来てくれたんですね!」
ファストが来店してくれたことに心から嬉しそうな笑顔で応対する従業員。彼女以外にも、他の従業員、ひいては店内で食事を取っている女性達も皆がファストに視線を注いでいた。
「あの人、ギルドに所属している…!」
「そう、ファスト君よ!」
ファストがギルドに所属している事実は既に街中に広まっている為、彼の存在は皆もよく知っている。
周囲の向ける眼はもう慣れているのか、ファストは特に大きなリアクションも取ろうとはせず目の前に居る従業員に目的の人物が居るかどうかを尋ねる。
「サードの奴は居るか?」
「ああ、サード君なら……」
女性従業員が答えるよりも早く、ファストの姿を確認するとサードが奥から姿を現した。
「ファストさん…どうも…」
「ああ、久しぶりだな」
「(この子がサード君。ファストと同じ存在……)」
そばに寄って来たサードの頭をファストがポンポンと軽く撫でると、周囲から向けられる女性達の目線がより一層強まった。
「(ああ、同年代の男子と年下系の男の子…絵になるわ)」
「(ああ、私もあんな風に頭ポンポンされたい♡)」
「(いや、それもいいけどサード君の頭を優しく撫でるというのも悪くないわ! ああ、あの頭を撫でられる際のくすぐったそうにしている表情……じゅるり……♡)」
怪しげな目線を一斉に向けられ、僅かに体を震わすサード。
本当にこの店に彼を置いていていいのかどうか少し真剣に悩むファスト。
「とりあえず、店主と話をするか……」
ファストとサクラは店内の奥に移動し、店主はサードについての近況報告をファストへと行う。
「相変わらず彼は上手くやってくれていますよ。お店も彼のお蔭で売り上げが良いし、以前よりも女性に対して慣れているようで」
「悪い虫は…付かなかったか?」
「勿論! あの子のことはこの店一同で見守っているので!」
「外もそうだが、中の方でもだ」
ファストが少し危ない者を見るような目で店主を見ている。
隣で話を聞いているサクラはファストが考えている事が何となく想像できたので苦笑している。
「それに、あの子も心を許せる子もいるので」
「それは興味深いな。誰なんだ?」
「うちの従業員にレンゲという少女がいるんですけど、彼は他の者と比べても彼女には随分と懐いているようで……」
「そうか…」
サードは過去に、この世界で目覚めたばかりで女性に襲われそうになった事がある。女性不信になってもおかしくないのだが、どうやら心を許せる存在が出来ているようだ。
この分なら問題ないだろうと思うファストであるが、ここで店主が最近この店に頻繁に通っているある客のことを思い出し、その人物について話し始めた。
「そうだファストさん。私の考えすぎかもしれないんですけど、少し…気になるお客が一人いるんですよ」
「気になる客ね…サードに何かちょっかいでも出しているのか?」
「いえ、そうではないんですが…ただ、正直なところ直感としかいえないんですが……」
店主の話では、数日前からこの店に通う事となった女性客が居る様だ。
その客は別段サードに何か直接手を出している訳ではないのだが、彼を見る眼が少し危な気な気がするらしいのだ。
ファストにはこの店に来る客の大半はそうではないかと思うのだが……。
「私の鳥越苦労ならそれが一番なんですけど……」
「ふ~む……」
その頃、ファストたちの話の話題になっているサードはレンゲと共に店の外に出ていた。朝から働き続け、ようやく昼休憩の時間となったので店の外で休息を取っている。店の中に居ては従業員仲間に過度なおせっかいを受けるので、むしろ精神的には疲労がたまるのだ。
「疲れたぁ~…」
「お疲れさま」
サードが緊張の解けたような声で、無気力感を漂わせながら呟く。そんな彼にねぎらいの言葉を掛けるレンゲ。
「サード君は人気者だからねぇ。でも綺麗な女の子達に毎日モテモテで案外喜んでいたりして」
「かっ、からかうなッ!」
「あー、ごめんってば」
レンゲにからかわれて顔を赤くしながら噛みつくサード。その様子を見てなんだか子犬の様だとむしろ微笑ましく感じるレンゲ。
自分が怒こっているにもかかわらず笑っているレンゲに腹が立ち、彼女にそっぽを向いてやった。
「あ~からかいすぎたかな。ホントーにごめんって」
「……」
機嫌を直そうとワシワシとサードの頭を撫でてやるレンゲ。
頭に手を置かれた瞬間、少しサードの表情が和らぐがすぐに不貞腐れた表情に戻った。
「ふん…」
「ほら~、怒らない怒らない」
とりあえず、彼の機嫌が直るようにと頭を撫で続けるレンゲ。
そしてその手をそっぽを向きつつも素直に受け続けるサード。はたから見ればそれはとても仲睦まじい光景であるだろう。この世界の女性目線で見ればレンゲが羨ましいことこの上ないだろう。
だが、ただ羨ましがるだけならいいものの……中には嫉妬に駆られ恐ろしい考えを持つ者もいる………。
サードとレンゲのやり取りを建物の陰から眺めている一人の女性が居た。
「………」
二人のやり取りを眺めているその女性は建物の陰から爪を噛んでレンゲに恨めし気な目を向けていた。
「邪魔な女……」
ガリガリっと爪を噛み続ける女。
噛み続けた彼女の爪は少し割れ、血が滲んでいた。それでも爪を噛みながら二人を眺め続ける。
「私のサード君に手を出すんじゃないわよ」
黒髪の長髪をしたその女性は、眼を血走らせながらレンゲを射殺さんばかりに見つめ続けていた……。




