少年、看板息子の様子を見に行く
サクラたちと共に訓練をしてから数日後、ファストの眼から見てサクラとクルスの二人は随分と魔法を以前より使いこなせているように見える。自分がそこまで役立っているとは思えないが、ファストのアドバイスが元で強くなったのも事実だ。ブレーの方も、以前よりも明らかに身体面が向上している。しかも、流石に自分たち程ではないが魔法面もそれなりに成長しているように見える。
ちなみに、サクラとブレーの二人に関してはファストと共に特訓をしていると〝ある事〟を期待している。
四人が一緒に特訓を続けて二日目の出来事である――――
『おおクルス、もう水を形状変化できるようになったのか。凄いぞ』
そう言ってファストはクルスの頭をグリグリと撫でながら、彼女のことを褒める。
その様子を見ていたサクラとブレーの二人は羨ましそうにしながら、同じことを考えていた。
『『(い、いいなぁ…あんなふうに褒められるって……)』』
サクラだけでなく、自分のファストに抱いている感情に気付いたブレーも、彼がクルスにしている行動を心の中で羨ましがる。
頭を撫でられているクルスを二人は自分に置き換えて想像してみた。
『よく頑張ったなサクラ。それでこそ俺の自慢のマスターだ』
『う、うん…♡』
『流石だなブレー。お前の力、今後も一緒に仕事をするときは頼りにさせてもらうぞ』
『う、うむ…大船に乗った気でいてくれればいい…♡』
優しい微笑みを自分に向けてくれるファストを想像し、思わず二人の口元が二へらと緩む。
そしてその直後、二人のやる気がさらに増した。
『『ヨシッ!!』』
気合を入れ、今まで以上に特訓に身を入れる二人。
その様子を見てファストが不思議そうに呟く。
『どうした…二人ともいきなり……?』
『…?』
ファストの隣では、クルスがこてんと可愛らしく首を傾げていた。
そして今日も四人で猛特訓、という訳ではなく今日はファストとサクラは宿で休んでいた。毎日毎日修行では流石に身が持たないだろうと思い、ファストが時折は休みを取り入れようと提案したのだ。
ちなみにクルスは今は居ない。彼女はまだギルドに加入していないので、ブレーが付き添いで彼女を正式にギルドメンバーに迎える為に同行している。ついでに、ギルドの仕事を体験する時の為に簡単な星一つの依頼を色々と見て、次に何を受けるか吟味しておくらしい。
クルスがギルドに出向き、サクラは今は独りっきりの部屋で待機していた。
「クルスちゃん…大丈夫かなぁ……」
この街にやって来てからクルスは自分や一緒に特訓しているファストとブレー、そしてこの宿の住人には心を開いているが、外の人間とはまだまともに会話をしたことも無いはずだ。
まあ、そのためにブレーが付き添っているのだ。いざとなれば彼女がフォローしてくれるだろう。
それにしても………。
「退屈だなぁ…」
何も無い休日、それなりに蓄えもあるので無理して仕事に行く必要もない。かといって特に何か趣味を持っている訳でもなく……。
「私…もしかして意外と寂しい女なのかな…」
部屋に籠っていても仕方がないと思い、部屋を出て他の住人の部屋にでもお邪魔しようかと考えるが、よくよく考えれば他の住人達もそれぞれ用事があった事を思い出す。
確か今日はヤイバは仕事に出かけており、アクアは友達の元へと遊びに行っている。そしてドクカは……まだ寝ている頃だろう……。
「(ファストの部屋…行ってみようかな……)」
意中の相手の部屋と考えると、胸がドキドキしてきた。
今までも何気に彼の部屋を訪れる際は緊張した物だが、ハッキリと好きと認識した今では今までよりも強く意識してしまう。
意を決してファストの部屋に行ってみようと自分の部屋の出ようとすると、外側から扉を叩かれ、ノック音が響く。
「サクラ、今いいか?」
「ふえっ、ファスト!」
今まさに会いに行こうとしていた人物に先に部屋へと訪問され少し慌ててしまう。
なんとか平静を保つと、扉の外に居るファストに何の用かを尋ねる。
「ど、どうかしたファスト?」
「とりあえず入っていいか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
サクラからの許可を貰い扉を開け、部屋へと入って来たファスト。
「朝早く悪いな。迷惑だったか?」
「ううん。私も丁度退屈していたところだから…それでどうしたの?」
「ああ、今日は何もないしアイツの様子を少しを見に行こうと思ってな」
「アイツ?」
「ああ、以前話しただろう。看板息子が出来た飲食店のこと。そこで働いているアイツの様子でも見に行こうかなと…」
アゲルタムの街にある、飲食店である安腹亭という名の店。
そこではまだ昼前だというのに店内はそこそこのお客が入っていた。今、この店に居るお客達はその大半が食事以上にこの店で働いている人物が目当てでやって来ていた。
「お待たせしました、注文のスパゲティです」
「はーい、ありがとう~♡」
注文したスパゲティが席に届けられ、嬉しそうな声を出す女性客。
しかし彼女が喜んでいるのは注文した料理が届いたからではなく、その料理を運んできた店員がそばに寄って来た事に喜んでいるのだ。
「ありがと~サードく~ん♡」
「は、はい」
女性客が料理を運んできたこの店の看板娘ならぬ、看板息子として扱われている少年、サードの頭をヨシヨシと撫でてあげる。
それに少し照れくさそうにするサード。年下男子のその反応に胸がキュンキュンする女性客だが、すぐに店に居る従業員達に冷めた目で見られ、急いで手を引っ込めた。
従業員の一人が女性客の元までやって来て、耳元で小さな声で囁いてきた。
「お客様…当店では過剰なおさわりは禁止されておりますので……」
「ハ、ハイ…」
底冷えするような声で囁かれ、女性客の顔が引きつる。
この店が昼前にもかかわらず客が入っている理由はこの少年、サードのことが目当てであった。女性達はこの少年目当てで訪ねてきているのだ。
彼がこの店に入ったばかりの当時は本当に凄かったのだ。店内に客が入りきらず、外で大勢の人間が並んで長蛇の列が一週間近く続いていた位なのだ。その結果、過去最高の売り上げを築いた。
「もう、サード君の頭をあんなにサワサワベタベタと……」
従業員の一人が周りには聞こえぬ様に小さな声で文句を呟く。
売り上げが伸びることは店側として喜ぶべきなのだろうが、同じ職場で働いている人間がああもベタベタ触られているとあまりいい気分がしないものだ。
この店に悩みの種は、サード目当てで来るお客が今の様に彼に無遠慮に接触してくることであった。先程のような軽いお触りをしてくる客はまだいい物で、純粋そうで無垢そうな彼にセクハラまがいの行為を働こうとする客もいるから困っているのだ。
「あんなふうにベタベタ…羨ましい……」
思わず本音が漏れる従業員。慌てて彼女は自分の口をふさぐ。
正直、店の外からの人間もそうだが、内側で働いている同僚も危険な存在だと否定しきれないのだが……。
だが、そんな彼に邪な考えを持たず接してくれる女性もこの店に入る。
「大変だったねサード君」
「レンゲ…」
声を掛けて来たのはこの店でサードが最も懐いている女性、レンゲであった。
彼女は他の女性の様にサードにギラついた目を向けることも無く、まるで弟の様に接している為か、サードも警戒心は抱かず普通に接することが出来た。
「まーったく…お店に来てくれるのは嬉しいけどあんまり触ってほしくないよね~」
「いや俺は…」
「まっ、何かあったらすぐに相談してね」
そう言って彼の頭を撫でるレンゲ。
先程の客とは違い、彼女に頭を撫でられるのは恥ずかしくはあるが悪い気はしないサード。その証拠に照れながらも彼女の乗せている温かな手を受け入れている。
「(く…レンゲめぇ…!)」
「(サード君とあそこまで親し気に~…!)」
「(どうすればあそこまで仲良くなれるのかしら? コツでも聞こうかしら…)」
店内では同僚及び客達から妬ましさや羨ましさの籠った羨望の視線が集中するが、それを気にすることなくサードと親し気に話すレンゲ。
「………」
そんな中、一人の女性客がレンゲのことを睨み付けるかのように眺めていた……。




