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少女、宣戦布告をする


 ファストたちから随分と遠く離れた大きな岩の影まで移動をするブレーとサクラ。

 わざわざこんな所まで移動するとは、二人には聞かれては不味い事なのかとサクラは少し緊張する。


 「悪いな。さあ今から特訓開始と意気込んでいるところに水を差すようなことをして」

 「いえ…あの、それでお話って…?」 

 「ああ、お前に伝えておくこと、そして謝っておくことが出来てな…」

 「謝る?」


 ブレーはサクラの眼をじっと見つめ、ゆっくりと頭を下げた。

 突然の彼女の行動にサクラは思わず声を出して驚いてしまう。


 「ええっ!? あ、あのどうかしんたんですか!?」

 「以前お前に言ったな…アイツのことを盗る気はないと……」


 ブレーがそこまで言うと、サクラは彼女が何を言いたいのか分かった。

 

 「その…ファストのこと…ですよね…?」

 「ああ…」


 短いたった一言の返事であったが、ブレーがファストに好意を抱いているという事はよく分かった。自分と同じように……。

 

 「アイツはこれまでの男とは違い一本芯の通った男だ。…アイツと初めて出会った時は今までと変わらぬ下らぬ男だと思い込んでいた」 

 「ブレーさん、決闘申し込んでいましたからね」

 「うっ…それは言うわないでくれ」


 初めてファストがギルドにやって来た時のことを思い出し少し顔が赤く染まる。

 今にして思えば、ファストの人間性がどのような物か分かってもいないにもかかわらずあの態度は失礼だったかもしれない。


 「まあ、それはさておき…その決闘で私を打ち破り、アイツがこれまでとは違う男であることが分かった訳だ」

 「はい…」

 「それで…そこから一緒に仕事をする関係となり…アイツに気付けば無意識の内に惹かれて行った……」

 「はい…分かります。ファスト…カッコイイですから……」

 

 サクラがそう言うと、ブレーは小さく頷いて同意する。

 

 「ああ、そうだな。アイツは…カッコイイよ……」


 少し幼稚な表現な気もするが、心から純粋に思っている素直な感情だ。

 イトスギの街での死人達を相手取り、それを見事に撃退し、自分たちを守ってくれた。これまで、仕事で自分が前に出て仲間を守る事は多かったが、思い返せば自分の前に立って戦ってくれる者はいなかった気がする……。


 「アイツは…私の初めての男だからな……」

 「!?」


 ブレーが放った一言はサクラに盛大な勘違いをさせた。

 彼女の背後には特大の雷が落ち、そのままブレーの両肩を掴んで揺さぶる。


 「は、は、は…始めてぇッ!? な、何がですか!? 今の一言は一体どういう意味なんですかブレーさん!!!」

 「ちょ、落ち着け…」

 

 突然の変わりように思わず戸惑うブレー。

 普段おとなしいだけに、ここまで豹変されるとブレーといえども思わずたじろいでしまう。しかし、そんな彼女に構うことなく、ブレーの両肩を激しく揺すり続けるサクラ。


 「おおおおお、落ち着けません! だ、だって、は、初めてだなんて!?」

 「だから落ち着け! お前、明らかに何か勘違いしてるぞ!! そ、そういう卑猥な意味で言ったわけじゃない。アイツはその、初めて私を守ってくれた男だと…そ、そう言う意味で言っただけだ」

 「え…あ、ああ…。そう言う事でしたか……ふう…」


 ブレーの言葉の意味が解ると、安堵の息を洩らすサクラ。

 そんな彼女を見てブレーは呆れた様子で何を想像したのか聞いてやった。


 「随分と焦っていたな。一体何を想像していたんだか……」

 「えっ!? いえいえ別に何も! 別に変な事なんて考えていませんよ!!」

 「どうだかな…」

 「本当にヘンな事なんて考えていません! 別にファストとブレーさんがベッドでナニかしていたんじゃないかなんて深読みしていませんから!!」

 「……」


 ……どうやら危な気な想像をしていたという事だけは分かった。


 「お前…清純そうに見えて意外と……」

 「え…いや…変な事なんて考えてませんよ?」

 「…まあいい。とにかく、つまるところ私は奴に惚れた。一人の女としてな……」


 遠回しな言い方ではまた誤解されかねないと思い、単刀直入に事実だけを述べる事にしたブレー。

 サクラの方も混乱からようやく抜け出し落ち着いた様で、ブレーの話を真面目に聞いている。


 「お前に謝りたい事とは…お前との約束を違える事をしてしまったからだ」

 「え、約束ですか…?」


 自分の記憶の中では別段、ブレーと何かを誓った覚えはないのだが……。

 彼女が交わした約束が何か思い出せずに首を傾げていると、ブレーから補足説明が入って来た。


 「初めての一緒に依頼を受けた時に言っただろ。お前から…アイツを盗らないと……」

 「あっ…」


 そういえばそんな事も言っていた気がする。

 

 サクラが思い出したと分かると、ブレーの表情が僅かに曇った。

 自分はあの時、彼女にそう言った。大仰に誓ったという訳ではないが確かにそう言ったのだ。にも関わらず、自分はそれを分かっていながら破るような行為を働いた。

 

 「恥ずべきことだと分かっている。だが、すまないサクラ。自分の気持ちに…心には嘘がつけないみたいだ」

 「……」

 「すまない…不器用な女で……」


 改めて頭を下げるブレー。

 彼女は本当に申し訳なさそうな表情をしている。

 それに対し、サクラはというと――――


 「……え、それだけですか?」


 あっけらかんとした様子でそう答えるサクラ。その表情は緊張が解かれ、体に入っていた力もヘナヘナ~と抜けて行く。


 「そ、それだけはなくないか? こう見えても少し怖れながら言ったんだぞ…」

 「あ、すいません。でも…先程の〝初めて〟発言に比べると拍子抜けと言うか…」

 「それはお前が危ない方向に勘違いしただけだ」


 ビシッと突っ込みを入れるブレー。


 「その…アイツを好きになる事を…許してくれるか?」

 「いや、別にいいと思いますけど…」


 重苦しい雰囲気を宿しているブレーに比べ、あっさりとそう述べるサクラ。

 その軽さに少しブレーは納得が出来ない様で、少し噛みついてきた。

 

 「お前はあいつのことが好きなんだろ。なら、何故そんな簡単に納得できる?」

 「何故と言われても…」

 「…もう、ファストのことは男として見ていないか?」

 「そんなわけないですよ!」


 流石に聞き捨てならなかったので、逆に噛みついて行くサクラ。

 自分だってブレーと同じくファストのことが大好きだ。それは仲間としてでなく一人の異性としてである。というより、彼に対して明確な恋心を抱いている事に気付いたのはつい最近なのだ。


 「私だってファストのことが好きです」

 「なら、どうして…」


 彼が好きならどうして自分をここまであっさりと許せるのだろう。


 「だって、別にファストは私の恋人ではない訳で…こ、恋人…はう……」


 恋人という言葉に思わずクラッとしてしまうがすぐに持ち直して話を続けるサクラ。

 この程度の表現でいちいち頬を染めておきながら、先程は何故初めてという単語だけであんな卑猥な妄想が出来るのだろうか、と思うブレーであった。

 

 「誰かが誰かに恋するのは自由の筈です。私がブレーさんを縛り付ける権利なんてありませんよ。それに、ブレーさんが理由を言うまで私は何に対して謝られたのか分かりませんでしたし」

 

 サクラは笑顔でそう言ってくれた。

 その笑みは誤魔化しなどではなく、本心からの言葉であった。


 「だから、私に対して変に遠慮する必要はありません。ただ……」


 サクラはビシッと指を突きつけて大きな声で宣戦布告をする。


 「私だって彼のことが好きです! だから譲る気はありません!!」

 

 これもまた、彼女からの本心の言葉であった。

 同じ人物に恋をしているのは分かったが、だからと言ってすんなりと彼の隣を譲りはしない。その決意に満ちた目を見て、ブレーもはっきりと自らの意思を伝え返した。


 「そうか、なら…勝負だな」

 「はい、勝負です」


 互いの想いをぶつけ終わると、二人は同時に小さく笑った。


 「はは…」

 「あはは…変な感じですね」

 「ああ…だが、スッキリしたよ」


 そう言ったブレーの顔は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかな物であった。







 「二人共、何話してるんだろうな……」

 「うにゅ~~…」


 その頃、ファストはクルスの頭をグリグリと撫でながら相手をしていた。

 まさか岩場の向こうで、自分を巡って二人の女が燃えているとは夢にも思っていなかった……。


 


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