少女、初心に帰る
ブレーが自らの好意をファストへと伝え終わったその後は、特に変わった事は何もなく先程と同様に模擬戦を行った。決して期待していたわけではないが、余りにもブレーの様子に変化がなかったために少し拍子抜けであった。
その後、しばらく剣を打ちあっていると、二人から離れていたサクラとクルスが戻って来た。
サクラたちが戻って来たので二人が一旦矛を収めた。
「どうだサクラ、クルスの扱う魔法は決まったか?」
どのような魔法を身に着けるかをまず決めなけらば特訓も何もないだろう。
サクラはクルスに目線を送ると、彼女は無言で頷き一歩前に出て、両手を掬う様にして差し出した。
すると、クルスの空の両手から水が溢れ出した。
「おおっ! 水を操る魔法か…」
「うん、クルスちゃんが基本とする魔法は〝水〟。これからはこの力を基盤に特訓していくから」
「そうか…それにしても……」
クルスは今まで魔法を扱えなかった。にも関わらず、使いたい魔法をイメージしてすぐに実現させるとは……かなりの魔法の才があるといえるだろう。
サクラも彼女の才能には驚いていた。
「まさかこんなにも早くマナを変換できるなんて…あはは、なんだか自信なくしちゃう……」
ファストやクルスの才能に差に軽く落ち込むサクラ。
そんな彼女の頭を無言のまま撫でて慰めるクルス。なんだか二人に距離が益々縮まったように思える。
「仲が良いなお前たち」
ブレーが微笑ましい物を見るかのように言った。
実際にあの二人のやりとりは中々に微笑ましいとファストも感じていた。
「ところで、ブレーも魔法を一応使えるんだよな。確か雷系統だったか?」
「使えるが…微弱な電気を流せる程度だ……戦闘では当てにならん力だ」
「だが、使い方次第では相手を麻痺させて隙を作れるんじゃないか?」
「う~~む…」
ファストにそう言われ少し悩むブレー。自分はあくまで純粋に身体面を鍛えようと思っていたのだが、自分より実力の上であるファストはよくよく考えれば魔法と身体面の両方を均等に使いこなしている。しかも身体面はブレーを、魔法面はサクラを遥かにしのぐ実力だ。
通常ではどちらか一方を優先して鍛えるものだが、ファストの様に二つの力を平等かつ高めていけば一番理想的だろう。
「魔法の方も少し鍛えてみるか……」
手のひらからバチバチと微弱な雷を発生させる。
正直、魔法面は今まで鍛えず放置していたところがある。それを証明するかのように、先程クルスが見せた量の水と比べると、情けのない静電気に毛が生えたような雷がバチバチと音を立てる。
それを見てファストがボソっと呟く。
「静電気と変わらないな…」
「うるさい」
ゴツンと軽く頭を小突かれるファスト。
むしろ自分以上の格闘センスを持ち、尚且つサクラ以上の魔法を扱える彼の方が異常なのだ。
「(だが…もしかしたらコイツが今立っている場所が、今の私の辿り着く地点なのかもな……)」
小突かれた頭を押さえているファストを眺めながら、ブレーはそう考える。
とりあえず、まずは今のファストと対等な力を持つことを目標としよう。
ブレーが自分の目標を胸の内に建てると、今度はサクラがファストへと寄っていき、どのようにして短期間であれだけの魔法を会得したのかを尋ねる。
「ファスト、あなたはどうやって短い時間であれだけの魔法を身に着けたの?」
もちろん、ファストが特訓をして力を付けたという事は言うまでも無く分かってはいる。だが、短いこの時間の中で自分を遥かに上回るほどの魔法を扱えるようになったのだ。何か、自分には気付かない魔法能力を強化、向上させる特別な特訓をしたり、魔法を巧みに扱う方法があるのではないかとサクラは考える。
だが、そんな彼女に対してファストは申し訳なさそうに困り顔で笑って答える。
「そうはいっても…頭の中で強くイメージして特訓していただけだからな」
「イメージ…かぁ…私も魔法を使う際はイメージしているけど……」
つまり、ファストは想像力が桁外れという事なのだろうか。自分も技を扱う際、イメージは頭でしているのだが……。
「うまくは言えないんだが……サクラは炎を操るとき、漠然と頭の中で炎のことや、技の形状を思い浮かべているだけじゃないか?」
「え…うん。言われてみればそうかな……?」
「参考になるかどうかは分からないが、俺は風の魔法を使う際は、頭の中で風をイメージしたり、発動する技の形状をイメージするがそれだけじゃない。もっと深くイメージしている」
「もっと…深く……」
「ああ…耳に聴こえる風の音、肌で感じる風の涼しさ、そう言う深い部分まで想像して俺は魔法を使っている」
ファストは魔法を使う際は、必ず頭の中でこれだけ考えたうえでマナを風に変換している。しかしサクラはそこまで深いイメージはしていない。魔法を初めて発現させて成功させるまではしていたかもしれないが、自在に炎を出せるようになってからは頭の中では技を使う時など、炎をイメージはするが、その色、その熱さまでは正直考えてはいなかった。
それはブレーも同じであった。ただ手から雷を単純に出す。そんな漠然としたイメージしかもっていなかった。
「……」
黙って話を聞いていたクルスは再び手を掬う様にして見つめる。
「イメージ…」
ぼそっと呟かれた彼女の言葉に反応して、三人はクルスの空の手の中を見る。
その直後、彼女の手からは先程の倍以上の量の水が溢れ出して来た。
「!? ク、クルスちゃん! それは…」
「イメージしてみた。水の冷たさ、透明感、そしてたら前より上手く出来た」
ファストのアドバイスを聞いたおかげだとクルスは思っているが、今日魔法を習得したばかりの彼女が一日でここまでマナを力に変換できることは簡単な事ではない。彼女が特別なのだ。
だが、それを差し引いてもファストの助言は大きな効果があるのかもしれない。
「プラシーボ効果とか言ったな。思い込みの力が肉体に影響を及ぼす。私もたしか似た様な一例を聞いたことがある」
ブレーが自分も似た話を聞いたことがあると三人に話し始めた。
自分たちのギルドメンバーの中に、自分と同じく身体能力をマナで底上げして戦うタイプが二人いた。その二人は同じチームを組んでおり、ある依頼を失敗して更に自分を鍛えようとしばらく仕事を休み、特訓に専念した。
そして特訓からしばらくすると、二人の体つきに変化が生じていた。鍛える前は二人の体格はほとんど同じだったにもかかわらず、特訓が終わった頃には二人組のAは、確かに以前よりも鍛えた肉体を手に入れたが、もう一人のBはそれ以上に強く、頑強な肉体を手に入れていたのだ。
「トレーニング量はその二人はほとんど変わらず…だが得られた成果は全く違った……」
Aは何か非合法な薬でも使ったのではないかと疑うが、Bはそれを否定した。
ならば何故同じトレーニング量でここまで違う成果が得られたのか。その答えはイメージ力にあったのだ。Aはただ強くなりたいと思い鍛えていたのに対し、Bは常に自分の理想像を頭で描きながら鍛えた。その違いが肉体に及んだのではないかと言われている。
「そう言った話は実際にある。想像とはあながちバカにできないかもな……」
「(……女性が頑強な肉体…いや、想像するのはやめよう……)」
ファストの心の中でそんな関係の無い考えが一瞬浮かんだ。
一方、ブレーの話を聞いたサクラは手の平から炎を出してそれを眺める。
炎の熱、そして炎の色…それを深く鮮明にイメージ。少なくとも炎を宿してからはもうそんな深いイメージはしていない。今自分が持っている技よりもさらに強力な技を、そんな考えしかなかったのかもしれない。
「(初心に戻ろうかな……)」
自身の手の中で揺れる炎を眺めながら、昔の自分の姿を思い返すサクラ。
「よしッ!」
パチンっと自分の頬を叩いて気合を入れるサクラ。突然の彼女の行動に三人が少し驚く。
「ありがとうファスト。十分いいアドバイスだよ」
「そ、そうか…余り大したことは言ってない気はするが…まあ、お前が何か掴めたのなら良かったよ」
「うん、早速今の助言をもとにトレーニングを……」
「あ…少しいいかサクラ」
「え?」
早速トレーニングをしようとするサクラに水を差すようで悪かったのだが、彼女にどうしても伝えておきたいことがあったブレーは彼女を呼び止める。
「ファストとクルスは訓練を再開していてくれ。少しサクラと二人で話がした」
ブレーはそう言うと、サクラの腕を掴んで二人から少し離れた位置まで移動する。
「ブレーさん?」
「悪い。少し言っておきたいことがあるんだ…お前には……」




