少年、突然告白される
「はあ…はあ…はあ……」
地面に片膝を付きながら、一人の少女が息を切らしていた。
体からは大量に汗が流れ、それが地面へとポタポタと落ちて染み込んでいく。いつもは難なく持てる大剣も今は満足に持つ余裕すらなく、地面へと無造作に寝転がしている。
「はあ…はあ…ここまで…差があるとは…」
少女は自分の隣で座っている少年を眺めながらそっと呟く。
「いや…お前も相当だよ。何度かヒヤヒヤしたぞ」
「よく言う。そのわりには…息一つ乱していないではないか…皮肉に聞こえるぞ…」
汗だくになっているブレーは、涼し気な様子のファストをジト目で見ながら納得できずにそう不満を口にする。
二人が戦って十数分、ブレーは正直一方的に攻め続けられた。自分よりも上だと分かってはいたが、やはり見るのと戦うのとではまるで違う。しかも戦いの最中の顔、自分は精一杯であったのに対しファストはまだ余裕が明らかに感じ取れた。つまりファストが全力を出していないにもかかわらず、自分はこれほどまでに追い込まれたという事だ。
「それにしても…はあ…あつい……」
ブレーは身に着けているマントを脱ぎ、適当に放り捨てる。
適度よく吹いている風が、汗を掻いた体にとても涼しく心地がいい。
「(胸元にも汗が…よし……)」
ブレーは胸元に溜まった汗をぬぐう為、胸元の鎧を外して汗を拭おうとする。
一方、隣でその様な事をブレーが行っている事に気付いていないファストは、この場には居ない二人のことを考えていた。
「(サクラたちはまだ話し合っているようだな……)」
自分がブレーと戦って汗を流している間、サクラは、どのような魔法を習得するか悩んでいるクルスのアドバイスをしている。どんな魔法を身に着けるかを決めなければそもそも特訓も出来ないので当然だろう。
それにしても…サクラはやはり随分とクルスのことを気にかけている。もしかしたら妹が出来た様で嬉しいのかもしれない。
「こうしてみてるとアイツらは姉妹みたいだな。なあ、お前もそう思わない…か……」
「ん? 何か言ったか?」
ファストが振り返ると、思わず体が固まってしまった。
そこには上半身が裸になっているブレーが涼んでいたのだ。彼女の手は曝け出された豊満な胸を仰いで涼めている。
「な、何をしているんだお前は!?」
突然上半身裸の少女の姿を目にしてファストの顔が真っ赤に染まる。
その反応を見てブレーが小さくため息を吐く。
「お前…やはりウブなんだな…」
「と、突然振り返ると上半身裸の女がいれば誰でもこうなる! な、なんでそんな事している!?」
ブレーから目を背けながら、なぜ突然上半身を露出しているかを問いただすと、彼女はめんどくさそうな顔で説明をする。
「熱いんだよ。随分と汗を掻いたからな…鎧の中の胸もムアっとする」
「だ、だからって。せめて一声かけろ…」
「今更だろう。大体私の裸なんて前に温泉で見ただろう」
「そういう問題ではない!!」
まったくの平静を装いながら、恥ずかしげもなく男の隣で裸を見せるなどこの世界でも普通のことではない。
以前も感じたが、ブレーはやはりどこかズレている気がする。少なくともサクラは自分の前でこのような大胆な事はしない。
「(あ…でもアイツ、混浴に一緒に入ろうと誘って……いや、それでもブレーはそれ以上だ!)」
こうして自分から平然と裸を見せる彼女を見て、ファストは少し心配になり質問をする。
「ブレー…お前まさか露出狂か?」
「なっ!? 誰が露出強かッ!?」
予想外の一言に同じく顔を赤くして全力で否定をするブレー。
男の隣で裸を見せることに抵抗はないくせして、こういうことを言われるとムキになるというのもおかしな話だと思うが……。
「別に誰の前でもこんな開放的になる訳ではない。お前ならいいと思っているからこのように気にせず振る舞っているだけだ」
「なんで俺の前ならいいんだよ…」
「それは……」
ここでブレーが言葉を飲み込んだ。
ファスト相手なら妙な事はしてこないと思っていたから……そう言いかけていた言葉を何故か飲み込んでしまった。
確かにファストのことは信頼している。だが、よくよく考えればそれだけで自分はここまで大胆に振る舞えるものだろうか? 相手が同じ女性であればまだしも、信用しているとはいえ男相手に裸を見せるなんて普通は考えられない。
「……」
「おいブレー…どうした?」
背中を向けたまま返事が返ってこない彼女を不審に思うファスト。しかし相変わらず返事は返っては来ない。
「(異性相手にここまで気兼ねなく接しても構わないと思う事なんて…今までなかったな…)」
自分にとって男という存在は軟弱な生き物だと決め込んでいた傾向がある。
世界から男がほとんど消え、残った男は繁栄のために特別視され世界にとっての財産となった。世界のそんな変化に伴い男の考えも随分と醜く変わった。以前のあのデーブとやらの男の様に、欲望が強まり性根の腐りきった人間となる者が多かった。
だが、自分の隣に居る男は自分のイメージしていた男とは別の存在であった。
「(コイツはこの世界の男達から見れば異常なのだろうな…)」
だが、自分から見ればとても好印象と言えるだろう。
初めて彼がギルドに加入しようとした時は対立し、剣を交えて、そして敗北をした。
「(だが…悪い気はしなかった)」
敗北の苦みは勿論あったが、それ以上に今の時代の男にも骨があるヤツもいるんだなと興味を持った。
戦っている時のファストは勇ましく、戦士として口にはしないが憧れに近い感情を抱いたこともある。だからこそ、頭を下げてでも自分を鍛えてくれと懇願もした。
気が付けば、隣に居るこの男のことが気になっていた。だからこそ、自分は今もこうしてイロイロと遠慮せずに振る舞える。
「ああ…なるほど……」
「何に対して納得したんだ…? それより…とりあえずそろそろ胸を隠してくれ」
「ああ……」
ファストにそう言われ、ブレーは胸の汗を拭うと再び鎧を付ける。
やけにすんなりと言う事を聞いてくれた事に少し意外に思うファスト。
ブレーが鎧を付け終わったことを確認すると、ようやく彼女に顔を向けることが出来た。
「それで、さっき何を納得したんだよ」
「いや…お前の前では恥ずかしげもなく色々見せていただろ…」
「う…あ、ああ……」
先程目に付いた、ブレーの露わとなった、美しい上半身裸の姿を思い出し照れくさそうに目を逸らす。忘れようと思ってもあれだけの衝撃、そうそう忘れられるものではない。
そんなファストに構うことなく、彼女は話を続けた。
「お前ならいいと思った。それは単純にお前が何もしないと…安全な男だと思っただけではない……」
「…じゃあ何だ?」
「…やっと分かった…私は――――」
ブレーはファストの眼を見つめながら、自分の素直な気持ちを述べる。
「お前が好きになってしまっていたんだ。だからお前に自分の全てを見せても構わなかったんだ」
「……」
突然の告白に思わず黙り込んでしまったファスト。
「えっと……」
何も言葉が出てこず、口ごもってしまう。
まさかの突然の告白にどう反応すればいいのか分からないのだ。というより混乱気味の状態に陥っている。
「ああ、安心しろ。別に今この場で答えは求めていない。ただ、自分の胸の内がはっきりとしたという事だ……」
「そ、そうか…」
ブレーはファストに異性として好意を寄せている事を告げたにもかかわらず、特に変わった様子を見せるでもなく冷静なままだ。それに対してファストは少し照れているのか頬が赤く染まっている。その様子を見て今までは感じなかった新鮮な気分になる。
「(自分の恋心を認識するまでは気付かなかったが…こう、なんというか…照れているコイツが少し可愛く見える……)」
マスターであるサクラを差し置き、新たな恋のライバルが一人誕生した瞬間であった。




