少女、理想郷を夢見る
赤毛の少女は地面に横たわっている黒焦げの〝物体〟を眺めていた。
モクモクと煙を上げながら、肉の焦げる臭いが鼻につく。ただ、その臭いは決していいものではないだろう。何しろ、肉は肉でも人間の人肉なのだから。
「ふん…惨めな最期ね……」
動かなくなった黒焦げの物体に唾を吐き付ける少女。
これまで、何度も何度も自分を苦しめ続けた男の最後としては少し呆気なさ過ぎただろうか? どうせならもう少し痛めつけてから火をつけておけばよかったと少しばかりの後悔をしていると、背後から気配を感じた。
それが誰かを確認せずに話しかける。
「そっちはどうだったの? 戦力の増強はできた?」
「ザンネンナガラ…デモ、オモシロイモノガテニハイッタワ」
背後に現れた仮面をつけている同業者に今回の実験成果を聞くが、あまり芳しくはなかったようだ。
その結果に思わずため息を漏らしてしまう。
「はあ…やっぱり死体を使って役立つ兵士なんて作れないのかしらね? この街でもう何度目の失敗だったかしら?」
「タシカゴカイダッタワネ…」
「そう…ところで面白い物って何?」
「アア、コレヨコレ…」
赤毛の少女が何を手に入れたのかを聞くと、仮面の女は手に入れたトランクを見せる。
「それって……魔道具のトランクじゃない……」
「アナタハシッテイルンデショ? モトハクリスタルオウコク二スンデイタ……」
「住んでいた…というのはやめて。あそこでの生活なんて思い出したくも無いんだから…」
苛立ち気に目の前で息絶えた物体を蹴りつける赤毛の少女。
炙られた人間の柔らかで嫌な感触が蹴り付けた足に伝わる。よく見るとつま先に血が付着していた。
「気持ちワル……」
つま先を地面にこすりつけ付着した血を拭う。
「まあ、その魔道具は役立つかもね。そう考えればこの街に来た意味もあったみたいね」
「エエ、ソレカラキニナルコモイタワ」
「気になる子?」
「エエ…セイキギルドガランニュウシテキテネ。ソノナカニオトコガイタワ」
「! なんですって……」
これまで大きな反応を示さなかった赤毛の少女であったが、仮面の女が〝男〟という単語を出すと眼光が鋭くなり彼女へと振り返る。
「男が居たの? しかもギルド所属……」
「エエ、ワタシモオドロイタワ。シカモカナリノウデダッタワ」
「……戦ったの?」
赤毛の少女が実際に戦闘をしたのかどうかを聞くと、仮面の女は頷いた。
「男がギルドで仕事……このブタみたいな腑抜けばかりではない、ということね……」
世界、国、そして周囲の女性に守られてぬくぬくとしている存在、それが男という生物だと思っていたが、どうやら例外もいる様だ。しかも、唯の雑魚ではない……。
「(まあいいわ…クリスタル王国の魔道具が入手できた。それだけで今は良しとしましょう)」
赤毛の少女は最後に、目の前で転がりもう動く事の無い人間だったものを、もう一度炎で盛大に炙る。その光景を見て仮面の女がぼそっと呟く。
「ネンイリネ…ソイツトナニカアッタノ?」
「別になんでもないわよ」
この同業者は自分がクリスタル王国に居たことは知っているが、目の前の男との関係は知らない。
だが、わざわざこの豚野郎との関係を説明する理由はない。というよりも知られたくも無い自分の汚点なのだ。
仮面の女もそこまで無粋な性格をしておらず、深く詮索してくる気配はなかった。
「トリアエズ、コノマチ二モウヨウモナイシ…モドリマショウカ」
「そうね…」
目の前で激しく燃え盛る、かつての自分の人生の汚点を眺めていた赤毛の少女は踵を返して歩き出す。それに後ろからついて行く仮面の女。
「(ギルドに所属している男…いずれ戦う事になるとすればその時は今回の様にすんなり始末は出来ないでしょうね……)」
自分達の最終目標を達成する為には、今回同業者が戦った男は厄介な存在となる事だろう。確実に始末できるようになるためにも、今はとりあえず自分の実力を高め、ギルド全体の強化も行う必要が出て来るだろう。
「(私を救ってくれたマスターの最終目標、私はそれを必ず実現して見せる…!)」
かつて死の淵を彷徨っていた自分を救い上げてくれたあの御方のためなら自分はどんなことだってして見せる。そして、彼女の目指す理想郷、それを現実のものとして叶えて見せる。
「必ず成し遂げてやる……」
自分に言い聞かせるように、そし奮い立たせるように赤毛に少女は静かに決意を口にする。
自分たちが目指す理想の世界――――女性だけの世界を必ずこの手で………。
イトスギの街での依頼を達成した翌日、ファストはいつもの訓練をしている岩場へとやって来ていた。そして今回はファストだけでなく前もって一緒に特訓をする約束を取り付けていたブレーも同行している。そこは別にいいのだが……。
ブレーの隣にはサクラとクルスの二人も並んで立っている。
「サクラにクルスも来るとは…」
「そんな言い方しなくても…私たちはいたら…ダメ?」
「いや、そういう訳じゃなくてな、一応前もって言っておくが俺は物を教えるわけじゃなく一緒に特訓するだけだ。過度な期待はするなよ」
「分かっているさ。勿論この二人もな…」
ブレーはサクラとクルスの二人を見ながら頷くと、二人も同じく首を縦に振って同意する。
「私は元々クルスちゃんに魔法のコツを教えてあげようと思っていたし…どうせなら皆で強くなりたいなと思って」
イトスギの街での、ファストの死人相手の立ち回りを見て、サクラはファストが自分よりも遥かに上のステージに立っている事を思い知らされた。短期間で魔法主体の戦いをする自分以上に強力な魔法を扱い、格闘センスに至っては天と地ほどの差がある。
今のままではこれから先、自分はファストの足を引っ張り続けることになる。仮にも自分はファストのマスターなのだ。ならばせめて、彼と対等にこの先を戦い続けることが出来る程度の力は身に付ける必要がある。
クルスの方も、ギルドに入るならば戦う為の力を身に付けなければならないと思い、サクラに魔法を教えてほしいと昨日の夜に頼み込んだのだ。
「とりあえず…サクラはまずクルスに魔法を扱うコツでも教えたらどうだ。その間、俺とブレーは模擬戦でもして互いに高め合う…といったところか……」
「私はそれで構わない。正確に今の自分とお前の戦力差を確かめておきたいしな」
「うん。私もまずはクルスちゃんがどんな魔法を習得するのか相談に乗って、それから二人で強くなろうと思う」
クルスを見ながらサクラが一緒に強くなろうと意気込み、それに頷くクルス。
これから先は彼女も自分の身は自分で守れるほどの力は身に付けなければならない。そうでなければギルドではやっていけないだろう。
「じゃあまずは、クルスちゃんがどんな魔法を習得するのか決めようか」
サクラがクルスの腕を引いてファストとブレーの二人から離れた場所に移動する。
二人が離れたことを確認すると、ファストは腰の刀を抜いて構える。もうすでに目の前の女性は待ちくたびれているようだ。
大剣を構えながらブレーはニヤリと笑って戦闘態勢をとった。
「こちらも早速始めていいか?」
ブレーがいつでも飛び出せるよう足に力を籠め、戦闘を始めていいかどうか確認を取る。
それに対し、ファストは静かに応える。
「いつでもいいぞ」
「では……いくっゾッ!!!」
ドンッと凄まじい地面を踏み出す音が周囲に響く。
初手から様子を見る事無く、最大最速で突っ込んでくるブレー。
「ウオォォォォォォォォ!!!」
大剣を構えて突撃する、勇ましい女戦士の雄叫びが響き渡った。
そして勢いよく迫って来る戦士に対し、少年は刀を強く握ると真正面から跳躍して迎え撃った。
互いの持つ武器が火花を散らしながら、激しい金属音を鳴らしてぶつかり合った……。




